「う〜ん、原作ってのは何なのか分かんないけど…多分死んでなきゃ云々ってのは、アレのことだろうな」と肩を竦めた萩原さんにサァッと血の気が引いた。萩原さんと出会った、あの恐怖の日を忘れるはずも無い。
帰宅途中に攫われてマンションの一室に閉じ込められた私を見つけてくれたのが萩原さんだった。そのマンションに仕掛けられた爆弾を解体しに来ていた萩原さんが、部屋に閉じ込められて逃げ遅れていた私を見つけてくれた。
「もう大丈夫だよ。一緒に帰ろうね」と優しく抱き上げてくれた萩原さんにしがみついて泣きじゃくってしまったことを、今でもはっきり覚えている。萩原さんに抱えられてマンションの階段を降りている最中に上層階で爆弾が爆発。
萩原さんと一緒に階段から転がり落ちたものの、萩原さんが私を庇うように抱えてくれたお陰で命に別状はなかった。それをきっかけに萩原さんとは交流が続いていて、萩原さん繋がりで松田さんとも仲良くなった。だからこそ、あの女の子の言葉が頭から離れない。
「香澄ちゃん。手、握り締めすぎ」と萩原さんが私の手にそっと触れる。ハッとして握り締めていた拳から力を抜けば、その手をぎゅっと握られる。「大丈夫だよ。だから、ゆっくり息しよっか」と握った手をゆらゆらと揺らされて、ぼんやりと萩原さんを見る。
萩原さんの呼吸に合わせるようにして、息を吸って、吐いて、を繰り返す。「ちゃんと生きてるし、この後もまだまだ死ぬつもりは無いから。大丈夫だよ」と笑う萩原さんにホッと息を吐いて、こくりと頷けば「僕の方でも、少し調べてみます。だから、そんなに気負わないでください」と横から安室さんからホットミルクを差し出されて、甘い香りが鼻をくすぐる。
「すぐに止められなくて、すみませんでした。僕も驚いてしまって…香澄さんには、怖い思いをさせてしまいましたね」と眉を下げた安室さんに、ふるふると首を横に振る。
「そ、そんな…!私こそ、お店の中で騒がしくしちゃってすみません…!」と謝る私に安室さんは優しく笑って「香澄さんは何もしてないでしょう。大きな声を上げていたのは、あの方だけですから」と私の頭にぽん、と手を置く。「また何か言われたりした時には、すぐ教えてくださいね」と微笑む安室さんにこくりと頷いた。
◆◆◆
「はぁ?何だソイツ」と怪訝な顔をした松田さんに、私はへらりと曖昧に笑って返すことしかできなかった。だって私にも何が何だか分からないんだもの。きゅっと目の前のグラスを握り締めた私の頭を萩原さんが優しく撫でる。
「安室さんが言うには尋常じゃなかった、らしいよ。一応調べてみるって言ってたから、一先ず任せてきた」と安心させるように私の頭を撫でながら萩原さんが言えば、松田さんは「ならそっちはほっといていいな。香澄、何かあったらすぐ言えよ」と私を見る。
こくりと頷いたものの、まだ心はザワついている。あんなにも、憎悪に塗れた目で見られたのは初めてだった。明確に向けられた悪意と、掴まれた肩の痛みが、消えない。きゅっと喉が狭まる感覚がして気持ちが悪い。堪らず、目を閉じてしまいそうになった瞬間だった。
「香澄、こっち向け」と松田さんの手が私の手に重なって、ハッと顔を上げる。「大丈夫だから。ゆっくり息しろ」と松田さんに言われて初めて気が付いた。知らない間に呼吸が浅くなっていたようで、ぐらりと視界が揺れる。
「死なねぇよ。大丈夫だ」と笑った松田さんの手からじわりと熱が伝わってきて「死ななきゃいけない人なんて、いるはずないじゃんね」と萩原さんがおどけたように肩を竦めて笑う。「そ、う…ですよね、」と震える声で呟いて、ぎゅっと目を閉じる。
ゆっくりと深呼吸をしてから目を開いて2人を見つめる。大丈夫。生きてる。ここに、いる。「だいじょうぶ、ですよね」と肩の力を抜いて、へにゃりと笑った私を見て2人が優しく笑う。
「大丈夫大丈夫。俺たち悪運強いから」と笑った萩原さんに「ふふ、確かに」と笑みを零せば「お前もだぞ」と松田さんが私を見てくつくつ喉を鳴らす。「わたしも?」と驚きながら尋ねれば「どっちかっつーとお前の方が強いだろ」と松田さんが笑うから首を傾げてしまう。
「まあ香澄ちゃんの場合、本当に取り返しが付かなくなる一歩手前で何とかなってることが多いからヒヤヒヤさせられっぱなしだけど」と苦笑いを浮かべる萩原さんの言葉に思うところが無いことも無くて、へらりと笑って誤魔化してしまう。
「何か憑いてんじゃねーの、マジで」と言いながらスマホの画面を私に向けた松田さんが「お祓いでも行くか?」とけたけた笑う。画面に映し出された厄祓いで有名なお寺に「そこまでしなくても…」と苦笑いを零せば「いや〜…アリじゃない?今日のアレもあるし、旅行がてら行く?」と萩原さんが笑いながら松田さんのスマホの画面を覗き込む。
「ちょっと遠いけど行けなくもないよね。車出そうか?」と割と乗り気の萩原さんに「あはは、大丈夫ですって。せっかく旅行に行くならそう言うの抜きで行きたいです。温泉とかでゆっくりしたいなぁ」とスマホを取り出して過去に見ていたサイトをいくつか表示する。
「こことか、こことか。良い感じじゃないですか?」とスマホの画面を2人に見せれば「へぇ、いいじゃねぇか」「え、めっちゃいいじゃん。ここ行こうよ」と2人が楽しそうに笑ってくれる。
「ご飯もですけど、お酒が美味しいらしくて。食べて飲んで、そのまま寝れちゃうの、最高じゃないですか?」と笑った私に2人は「マジで良い」「それ最高」と笑い返してくれる。ついでにここに行きたい、あれが食べたい、なんて言いながら3人でスマホを覗き込んでは、声を上げて笑う。
けれど、頭の片隅で考えずにはいられない。原作通りに進まなかったら、どうするの。と、そう言って私を睨み付けたあの子の言葉が何度も繰り返される。あの子が知っている何か。それが、私の平和な生活を一変させてしまう気がして、怖かった。