前途多難
※差別的な言動あります。決してそんなつもりはありませんが、あくまでストーリー上だと言う事を理解してもらえると光栄です。苦手な方はスルーして下さい。
環がドアの前でうずくまっていれば、背後から気配を感じて海向が振り返る。
高級感溢れる黒のローファーが見え、そこに人が立っている事に気づく。
何も発せない事に苛立ちを含ませ、海向が小さく舌打ちをした。
「何や?無言で突っ立つなや。不快で堪らんわ、ボケェ。見てわからんのか、取り込み中やで」
海向が威嚇を込めてしゃがんだ体勢のまま、睨みつけた。
環に近寄るなと自らの体を前にし、戦闘モードである。
『不快なのはこちらも同じだ。そんな所に蹲って、蹴られたいのか?とっとと道を開けろ、糞野郎。反吐が出る』
日本語でない事に気づき、海向が再び舌打ちする。
独特なイントネーションに彼が日本人でない事を悟る。
言語の違う輩との会話程、嫌なものはない。
今すぐにでも生意気な男を張っ倒したくて堪らなかった。
「日本におるなら日本語話せや、ボケェ…。全くわからんやないかぁ…」
相手の言葉が理解出来ず、海向の眉間にしわが寄った。
拳を交えれば一発で終了するのに、それが出来ないのが悔やまれる。
退学になって、デビューを逃すなどそれこそ本末転倒だ。
『何故お前ら如きに合わせてやる必要がある?俺が日本語話さない時点で察しろ。どいつもこいつも1カ国語しか話せない馬鹿ばかりだな』
流暢な中国語に環が思わず見上げれば、小麦色をした肌の美少年がいた。
日本人でない事は顔つきと服装ですぐにわかる。
きりっとした冷たい印象を与えるつり上がった猫目と薄い唇、ボブウルフヘアをオールバックにセットしたウェットな美しい黒髪。
オーダーメイドであろう豹柄のスーツを着こなせる程のスタイルと長身。
威圧的に他者を普段から見下す事に戸惑いのない視線。
『…ごめんなさい。今すぐ退きます』
環がそう答えた瞬間、少年の瞳が微かに揺れた気がしたが、それどころではなかった。
早く退かなくては。
その一心で必死に立ち上がろうとするも足に力が入らず、ペタンとその場で尻もちをついてしまう。
そして海向も酷く驚いた様子で環へと視線を向けた。
『……いい、気が変わった。お前とそいつ、どっちがこの部屋の住人だ?』
まるで見定めるかのような視線に、環は息をごくりと飲み込んで答える。
『海向は…友達で、隣の住人。俺が…きみと同じ部屋の人間…です』
ハンカチで口元を抑えながら、青白い顔で答えているにも関わらず中国語が上手い。
ここに来て、初めて母国語が通じ、少年は環をじーっと見つめた。
『なら話は早い。初めに伝えておく。俺は時間を無駄にする事が嫌いだ。意味のない会話や、無駄な戯れはよせ。お前等と馴れ合う気は一切ない』
そう淡々と告げ、部屋へと入って行く。
海向は口をぽかーんと開け、2人のやり取りを一部始終見届けた。
「……え?環、韓国語?話せるん…?」
海向の言葉に環がゆっくり頷く。
「うん、けど…、今のは中国語だよ。父親が中国人で母親が日本人だから、実は俺…ハーフだったりすんだよね」
「はぁ!?環、ハーフなんか!?」
「うん、よく生粋の日本人だと思われるんだけどね。こう見えて、実は中国人の血が混じってたりする」
ふふっと楽しそうに笑う。
先程までの青白い顔色は消え失せ、元の色に戻っていた。
どうやら気持ち悪さはなくなったのだろう。
だいぶ臭いも治まって来たから、昂輝辺りが窓を開けてくれたのかもしれない。
「それにしても凄いわ。何話しとるかわからんけど、凄い自然やったな。…ところであいつ、何て言うてたん?」
「あはは…、うーん…」
環は彼の言葉をそのまま伝えるべきか迷う。
海向の事だから多分激怒してしまい、更に関係は悪化するだろう。
ここは互いのこれからを案じて、環なりの解釈で誤魔化す事にした。
「あまり人と話すのが得意じゃない人見知りだから、それなりによろしくって意味かな?」
苦笑いし、先程の光景を思い出す。
あれは完全に誰とも関わりたくない感じだった。
海向にはこう伝えたが、果たして納得してくれるだろうか、
環には老若男女の友達がいるからわかるが、あの若さであれ程になるのは単なる人見知りなんてものじゃなく、過去に何かあったからなんじゃないだろうかと。
町にいる傷ついたおじさんが頭を過る。
他人を拒否し、外部を遮断して生きる姿と重なるのだ。
「俺の同室者も変な奴やけど、こっちのがアカンな…。それにしてもや、……あいつ誰や?」
その言葉に環はぐったりしながら頷くのだった。
パンチが強すぎて、色々追いつけない。
前途多難。
2025.03.27
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