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明け方、朝日の昇る前に綺羅は胸元が露になるくらい深く入ったVネックの白のセーターに、体のラインを強調させる黒のパンツを履き、身支度を整える。
それを悠斗は複雑な表情で見つめていた。
「どうしても行くのか?」
壁によりかかり、まるで行かせたくないと言うように綺羅の進路を遮る。
「…うん、仕事だからね。今日はお店の定休日だし、このお客は常連だからキャンセル出来ないんだ」
綺羅が答えれば、悠斗の眉間の皺が深くなった。
「常連って、フェイロンだろ?」
その名前を聞き、綺羅の胸が高鳴る。
彼を思い出すだけで、幸福感に包まれた。
早く会いたい、会って乱暴に抱かれたい、と。
そう思えば、綺羅の後孔がズクンと熱く疼いた。
「あ…、うん、僕なんかを買ってくれるの、彼くらいだし…それに…」
綺羅がその先の言葉を口にしようとすれば、悠斗が舌打ちをした。
「っ、こんな仕事なんか辞めろ!俺がお前を買うから、だからフェイロンには近づくな」
綺羅の手首を掴み、壁に縫い付けた。
グッと近づく二人の距離。
キスが出来るんじゃないかと思う程、悠斗の息が顔にかかった。
「っ、仕事辞めたら…斗真の仇がとれない…。そんなの、僕、絶対に嫌だよ」
綺羅は怒りを露にする悠斗から視線を逸らし、ぎゅっと目を瞑った。
本当は自分でもわかっている。
こんな事は不毛であり、復讐しても何も生まれない事も。
それでも斗真の事を思うと、そしてこの胸に燻る感情を認めてしまったら、何も無かったようにのうのうと暮らしていけなかったのだ。
「だから、俺が綺羅の客になるから、もう他の男に抱かれるなよっ!なぁ、いくら必要なんだよ、全部俺が払うから、こんな事止めてくれ…っ!」
悠斗は綺羅が切なくなるくらいに、顔を苦しそうに歪める。
まるで自分を愛してると錯覚させるような、そんな愛情さえ感じた。
そんな筈ないのに、悠斗が綺羅を大切なのは幼馴染みとしてなのだから。
期待するな、お前は誰からも好かれてなどいないんだと、もう一人の自分が綺羅に言い聞かせた。
「悠斗の給料じゃ、僕を買うなんて出来ないよ…。僕は男娼の中では平凡で、確かに何の取り柄もなければテクニックも持ち合わせてない。
それでも体を商売にしてる限り、値段を下げるなんて事は体力的にも金銭的にも無理だから…。それに僕を抱いて、悠斗に何の得があるの?付き合ってた時は一度も抱こうとしなかった癖に…っ!僕に欲情すらしなかった悠斗に、ナニが出来るって言うの!?いくら客がフェイロンしかいないからって、人気がないからって、同情なんか欲しくない」
綺羅は普段からずっと思っている事を息もつかない程早くまくしたて、悠斗を泣きながら睨み付けた。
そして離せと言わんばかりに、バタバタと暴れる。
「っ、…それは…」
悠斗が動揺し、手の力を緩めた瞬間を見計らって、綺羅は思いきり体当たりして玄関へと走って行った。
「綺羅っ!!」
待つように大声で呼び掛けるも、背中を殴打した悠斗は目眩を起こし、立ち上がる事さえ出来なかった。
「そうじゃ、ないんだ…」
まるで懺悔でもするような悲痛な声をあげる。
そして綺羅がいなくなった室内では、悠斗が頭を抱え、床にズルリと座り込んだ。
「誤解だ…、抱こうとしなかったんじゃない。
あまりにもお前が綺麗過ぎて、汚したくなかっただけなんだ…」
誰もいない空間で、一人言い訳をしたのだった。
「同情なんかじゃない、今でも愛してるんだ…。抱きたい、綺羅の一番になりたい…」
どこで間違えたのだろうか。
綺羅を大切にするあまり、今までの女みたいに軽い気持ちで手なんか出せなかった。
心の中に他の男が住み着いているのに、体だけを求めるなんてそんな事、したくなかったし、付け入るような真似が出来なかったのだ。
「兄貴…、ふざけんなよ。死んでもまだ、俺の邪魔をしたいのか。いつまで、そうやって綺羅を縛るつもりだよ…っ!」
悠斗は唇を噛み締め、この世にいない斗真へと恨みの言葉を吐いたのだった。
死んだ人間には勝てない。
それは身をもって経験していた。
2024.08.01
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