tori


16


「小林、何やってんだ、てめぇ」

ドスの聞いた低い声、決して語尾を強めてないのに、その威圧感は凄まじいものだった。
千尋だけではなく、柳までもがびくりと体を強張らせる。

「!!?っ犬神委員長!!」

千尋が我に返り、永久に視線を向けた。
全く彼の気配がしなかったのだ。
この空間に、柳と2人きりだと思い込んでいたから、いつ入って来たのか衝撃そのもので。
するとその隣にいるのは、殺意にも似た感情を押し殺す事もせず、睨みつける玄心の姿だったのだ。
油断したら、今にも刺されそうな勢いである。

「…あ…、俺…は…っ」

正気に戻った千尋は自らの腕の中にいる柳を目にする。
頬を蒸気させ、目には涙を浮かべ、口は浅い呼吸を何度も繰り返し、体を小刻みに震わせている愛しい存在を。
その艶やかさに一瞬目眩を起こしたが、直後、千尋は顔を真っ青に染めた。
自分が先程まで何をしてたのか。
欲望に負け、遥かに小さな少年に無体を冒したのだ。
無理矢理襲って、口付けをして、逃げられないように羽交い締めにして、胸を何度もしつこくこすり上げて。
柳の痴態が走馬灯のように、脳内に繰り広げられる。

「ぁ、っ…」

甘い吐息を洩らし、小刻みに震え、千尋の腕から必死に抜け出すとする柳を玄心は優しく抱き上げた。
まるでそうするのが当たり前のような動きに、誰もが目を奪われたのだ。

「小鳥遊くん…怖かったですね。…もう、大丈夫ですよ」

そう言って、未だに震える柳の額にキスをする。
親が子供を落ち着かせるような自然な姿に、腕の中にいる少年も当然のように受け入れた。

「ん、っ…」

それさえ刺激になったのか、柳の体がぶるりと震えた。
その様子を玄心が苦しそうに眉間にシワを寄せて堪えるようにやりすごす。
柳に触れる手は優しいのに、握り込んだ拳がギリリと強く握る音が室内に響き渡った。

「犬神委員長…昨日の件は後日でもよろしいでしょうか…?小鳥遊くんをこんな状態にしていたら、もっと危険が及ぶでしょうし、休ませてあげたいのですが…」

永久は少し考え、玄心の言葉に頷く。
もうここは自分が引き受けるとばかりに、あっちへ行けとばかりに手を払った。

「風紀にあってはならねぇ事が起きたからな。織田、悪いが朝まで小鳥遊の方のケアを頼む」

本来なら、風紀で保護しなければならない案件なのに、何せ人出が足りない。
色々あって、メンバーが不足しているのだ。

「小林、お前は帰れると思うなよ」

そう言って、永久は千尋の方に歩いて行った。
しでかした罪に苛まれ、苦悩の表情を浮かべる。

尊敬する永久に暴走した姿を見られ、後悔の念に押し潰されそうになっていた。

「…では、失礼致します」

玄心が一礼して、その場を後にした。
部外者がいなくなると、永久の目つきが更に厳しいものへと変わる。

「小林、お前、どうした?あんな発情した猿みたいな事して、風紀として示しつくと思ってんのか?何の為にてめぇはここにいるんだ?…あ?」

声こそは張っていないが、這うような低い声。
ドスがきいており、冷たい音に空気が揺れる。

「てめぇがやってるのはただの強姦なんだよ。わかるか?そんな奴じゃなかっただろうが、何か喋れや」

強姦、その一言で千尋の目が大きく見開かれる。
自分がしたのは許された行為ではない。
強姦、そう言われて頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けたのだった。

「っ…俺は…」

隣の部屋から騒ぎを聞きつけた、ほとりが出て来た。

「…犬神委員長…、発情、強姦…とかじゃ…無い、っす…。……こいつのは…あのチビ…に、惚れてる、やつ…っす…」

ほとりが見たのは、千尋が柳に心底惚れている様子である。
そのラブラブモードに我慢出来ず、消えたのは自分の落ち度なので、申し訳ないとバツの悪い顔をしていた。
普段は庇うなどしない姿に、永久の方が鳩が豆鉄砲喰らうような顔をしたのである。
そんな両者の姿が珍しいのか、千尋までも驚きを隠せずにいた。

「………。あぁ…、まぁ、そうか。そう言う事か…。いや…悪かったな、小林。勝手に強姦扱いにして…」

歯切りの悪そうな謝罪。
遊びや、性欲だけなら、風紀の最も嫌う敵であるが、それが恋心から来るものなら、少しだが同情の余地はある。
ただ、相手が悪い。
見ての通り平凡だが、柳には玄心と言うハイスペック騎士がついているのだ。
あれに目をつけられたら、風紀だろうが、堅物と呼ばれていようがもう逃げられないだろう。
権力や自身のスペックを駆使し、潰しに来る。
千尋は目をつけられてしまったのだ。
そしてあの少年の事を思うと不憫で堪らない。
この学園生活を無事終えたとしても、卒業後は監禁、または良くて軟禁、囲われるだろう事は想像出来た。
あの織田家の力を使えば、柳の未来など造作も無く奪えるのだ。

「大変な男に目をつけられたな…」

永久は今朝会ったばかりの、純情無垢の少年に同情するのだった。
そして、可愛い後輩の恋心が散る事にほんの少しだけ、残念に思うのである。


2024.07.13

- 18 -

*前次#


ページ: