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小鳥遊柳、35歳。
特に何か秀でるものはなく、平凡な人生を送っている。
今日も残業続きで家に着いた頃には深夜を回っていた。
そのまま安いベッドへダイブし、軋む音を聞きながら思考回路はショート寸前。
某美少女戦士のオープニングテーマが流れながら、眠りについた。
いや、気絶したと言えば正しいのだろうか。
チュンチュンとスズメのさえずりを聞き、ゆっくりと目を覚ます。
今日も疲れた体にムチを打って出勤か、と考えて痛むであろう体を動かした。
「…あれ?」
柳は目を見開き、素早く起き上がる。
「え、何?痛くない、だと…?」
独り言をブツブツ言いながら、自分の体を見下ろす。
なんだ、この何とも言えない清々しい気分は。
残業続きの半分ブラック会社に入ってから、感じた事のない感覚。
鉛のように重い体が軽く、どこも痛くないのだ。
そして、社会人になってからメタボになった体が、スマートに見える現象。
まるで若い時を思い出すような線の細さ。
「……あ?」
小首を傾げ、声を出しても一目瞭然。
酒やけしてガラガラの声ではなく、思春期独特の声に耳を疑った。
「え、ちょ!?はぁ!?」
慌ててベッドから抜け出し、鏡がある所へ向かう。
部屋は自分が住んでいたもので間違いないのだが、なんとなくだが小綺麗である。
鏡を見た瞬間に思った。
「あ…、高校生の時の俺じゃん…」
20年ぶりの再会、おめでとう。
そう言えたら良かったが、何が何だかよくわからない。
柳は半ばパニックを起こして、体をバタバタと動かした。
すると周りにあるものに当たり、ガシャン、ゴトンと倒れたり、割れたりする大きな音が部屋中に響き渡る。
それにより、更にパニックになれば、隣から壁を破壊するかのような破裂音がした。
え、何、爆弾ですか、なんて柳が考えていれば、部屋のドアが開く。
「うるせぇんだよ、殺すぞ!」
般若のような顔をした褐色肌のイケメンがそこにいた。
金髪なのにキューティクルがきいて、天使の輪たるものがあり、肩まで伸びたストレートの髪は暗い室内なのに廊下の光を浴びてキラキラと輝いているではないか。
「え、美しっ…!?」
柳は罵声よりも何より、目の前の青年の中性的な美貌に衝撃を受けた。
「あ??」
褐色肌の青年は青筋を更に浮き立たせ、目を細めてメンチを切る。
「ちょ、綺麗すぎるって、え、何なん?これ、どういう事!?」
一人パニックになってる柳をまるで汚いゴミのように見下ろす青年、犬神永久。
永久は目を大きく見開き、固まった。
そして、物凄い勢いで凝視するのだ。
「え、何?こわっ…」
柳が怯えて後ろに下がれば、永久が近づく。
「……、あぁ、そうか…。お前、昨日階段から落ちて、記憶喪失になったんだっけな…」
ふーんとアイスブルーの瞳が少しだけ興味を持ったように輝き出す。
「…え?」
(記憶喪失?俺が…?)
柳がポカンとすれば、先程まで怒っていた永久がニコリと微笑む。
何と美しい笑顔だろうか、そして、同時に胡散臭い作り物のそれに、柳の背筋に嫌な汗が流れる。
「こっちとしては好都合か…見つかる前に葬れたもんな」
顎に指を添えて、一人納得する永久。
(え、何だ?葬る?え、ちょっと待て、意味がわからん!!)
柳が目の前の状況を理解出来ずにいれば、永久が肩に手を添えた。
そしてどんどん近づく美しい顔に、柳が顔を青くする。
確かに中性的で綺麗な顔をしているが、目の前にいるのは自分と同じ男。
そんな人間に近づかれて、喜ぶ男色趣味などなく、慌てて後退りすれば、意外そうな顔をする青年。
「……ふーん、やっぱお前、ここに染まってねぇんだな。実際聞いてて半信半疑だったけど、こうも拒絶反応起こされると…」
柳の腕を掴み、永久は勢いよく引き寄せた。
自然と前のめりになり、永久の胸に飛び込む形になる態勢となる。
驚く間もなく、実に愉快だ、と耳元で永久が囁く。
その色気たっぷりの掠れた声に、柳の体がビクリお大きく跳ねた。
「っ…!?」
まるで様子を伺うように瞳を柳に向ける様は、絵になっており、艶っぽい。
「っ…キモ…」
柳の声が静まり返る室内に響いた。
「………」
「え、キモ…!?アニメの中かよ!」
柳が体をブルブルと震わせ、永久の胸元を勢い良く押し返す。
そんな反応、微塵にも考えてなかったのだろう。
言われた永久は固まっていた。
「やべぇって、それ!え、もうさ、ナルシスト!?ナルシストなの!?」
柳はあまりの気持ち悪さに自分の体を抱きしめるように身震いした。
そして永久を部屋から出して鍵を締めたのだ。
バタンと閉まる音と共に、柳はハッと我に返る。
自分は今、初対面の相手に何を言った、と。
2024.03.07
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