「変なこと聞いてもいい?」

夕陽が眩しかった。
窓を背もたれにして立ち、目の前のクラスメイトを見る。すぐ側の席に座っているクラスメイトは頬杖をついて、じっとこちらを見ていた。
夕陽が私の背中をじりじりと焼いた。

「どうして人間に紛れて暮らしてるの」

彼は私の背後の夕日を少し眩しそうに目を細めた。

「色々あってね」

「……ふーん」

答える気のない答えに、あからさまに不満気な相槌を打つとクラスメイトの南野秀一はくすりと笑った。
余裕綽々な態度がむかつく。

「西園寺さんこそ、どうしてそんなことしてるの」

「……色々あってね」

南野秀一を真似て返答する。
話したくないことがあるのは彼も私も同じだ。まして、私と彼は大して仲良くもない、ただのクラスメイトだ。
目の前のただのクラスメイトは、私が返答を真似たのが面白いのか、頬杖をつきながらくすくすと笑った。
乱れた衣服をのろのろと整えていく。丸見えだった胸をブラの中にしまう。セーラー服のチャックを上げて、解かれたリボンを結び直す。ていうか、こいつ無遠慮に人の身体をじろじろ見てくるな。こいつが邪魔をしてくれたせいで、私の中の熱は不発のままだ。身体の中が暑いのか、背中の夕陽が暑いのかよく分からなくなってくる。

「それ、返り血?」

それ、と南野秀一が指差した私の足元を見ると、靴下に少しだけ赤い血がついていた。最近は返り血が付かないように気を付けているのだがいつの間にかついていたらしい。
以前は、他の人には見えない血だから、と返り血を浴びたり服に付いても気にしなかったのだが、高校に入ってからこの南野秀一が返り血を凝視してくるようになった。それが鬱陶しくて気を付けるようになったのだ。
にしても、靴下についている僅かな血まで見逃さないとは目敏いやつだ。本当に鬱陶しい。

「気になる?」

「気になるというか、」

言葉を切られて視線を上げる。視界いっぱいに南野秀一がいてぎょっとする。いつの間に近づいていたのだろう。足音どころか机から立ち上がる音さえしなかった。
そういえばこの前もそうだった。気が付いたら目の前にいた。その時は目の前のクラスメイトではなく、全身黒い服の三白眼の少年だったけど。いつものように妖怪に襲われて返り討ちにしてた時だった。通りがかった三白眼少年もてっきり襲ってきたのかと思って、首をはねようとしたらあっさりと避けられて、あっという間に距離を詰められ腹を強く殴られて気絶させられた。基本的に私は接近戦は苦手なのだ。殺気を感じたら近づかれる前に一撃で殺すのが常だった。それなりに戦闘経験もあるし、弱くはないつもりだったが、あの時はあっさりとやられた。殺されてもおかしくはなかったのに、あの三白眼少年はおそらくかなり手加減してくれたのだろう。青痣が出来た程度で済んだ。攻撃してきた人間に手加減するなんて変な妖怪だ。

「西園寺さんって返り血浴びてきたと時は、いつもこういうことしてるよね」

飛んでいた思考が引き戻される。こいつも変な妖怪だった。人間に紛れて暮らしている妖怪なんて、こいつ以外知らない。

「……南野くんって、ストーカー?」

「人聞きが悪いなぁ。においで分かるんだ。俺は人間より鼻が利くからね」

「ふーん。そりゃ、不愉快な思いさせまして失礼」

心にもない謝罪が癇に障ったのか、南野秀一がぐっと身体を近づけてきた。咄嗟に離れようと身を引くと、背中が窓を揺らした。退路がない。

「そうだね。不愉快だったよ。君から俺以外の男のにおいがするのは」

言ってる意味がよく分からない。

「西園寺さんは特定の相手作らないの?」

「……べ、つに」

「誰でもいいの?」

「選んでは、いる、よ」

うまくしゃべれない。声が掠れている。殺気とは違う何かが私に迫ってくる。そっと顔の横に手を置かれた。南野秀一の顔が近い。というか、身体も近い。視線も。息も。
逃げ出したい衝動に駆られるが逃げ場がなかった。仕方ないので視線だけ下に落とした。

「……俺は?」

問いかけに視線を上げられなかった。
上げてはいけないと本能が訴えていた。
こういう時の本能に従って命を救われたことが何度もある。
主に妖怪に襲われている時に。

「俺は選ばれる対象に入らない?」

「は、いらない」

「どうして?」

「どうして?」

鸚鵡返しをした私の思考は完全に混乱していた。
似たようなことを聞かれたことが前もあった。
隣のクラスの男子だった。彼は最終的に「付き合ってくれ」と言い出した。そういうところが、選ばれる対象に入らないのだと、教えるほど私は親切じゃなかった。
でも、彼とは違う。目の前にいる南野秀一という男は。そんなはずが、ないのだ。

「どうして、そんなこと聞くの?からかうなら、もっと反応が良い子にしたら」

ファンクラブの子とか。
そうだ。南野秀一は、ファンクラブなんてものが存在している男だ。成績は常に学年トップで人当たりも良く、顔立ちも下手な芸能人に負けてない。学年どころか学校一の美男子だ。そんな南野秀一が「付き合ってくれ」と言った隣のクラスの男子と同じはずがない。
思い切って視線を上げた。飲み込まれそうなんて錯覚だ。南野秀一は学校一の美男子だ。それから、変な妖怪でもある。変な妖怪だから人間に紛れて暮らしているし、他の妖怪みたいに私を襲ってきたりはしない。隣のクラスの男子と同じでもない。まして、私を飲み込むだなんて。
そう自分に言い聞かせた。

「からかう?」

地を這うような声だった。視線を上げたことを即座に後悔した。

「からかってるわけじゃない。分かってるだろ」

ゆっくりと手が伸びてくる。私の頭の横に置いた手とは反対の手だ。手は、先ほどしまったばかりの私の胸をゆっくりと撫でた。そのままわき腹を伝い、腰を通り抜け、私の太股に辿り着いた頃、じりじりと私を焦がす熱が、その手に応えるように芯から震えた。

夕陽はもう落ちていた。

2017.06.01
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