A little2




「リース」

「レジー」

図書館で名前を呼ばれて顔を上げると従兄弟のレギュラスがいた。授業が始まる前の朝食の時間に図書館に来るなんて珍しい。
私が机の上に広げていた魔法薬学関連の本達をレジーが見回す。

「こんな朝から何してるの?課題?」

「ちょっとね……」

スライム状の縮み薬の解毒剤の作り方を調べてるのとは流石に言えない。通常の縮み薬の解毒剤を作って(自分一人では不安だったのでシリウスに手伝ってもらった)リーマスに飲んでもらったが効き目がなかったのだ。

「小さくなったグリフィンドール生のため?」

「えっ。なんで知ってるの」

「あんなに小さな子がホグワーツを歩き回ってたら、そりゃ目立つよ。どうしてそうなったかも噂になってるし」

言われてみればごもっともだ。あんな子供が校内をうろうろしていて噂にならないわけがない。リーマスを元に戻す方法を探すのに必死になってそこまで考えてなかった。そういえば最近ナルシッサが何か言いたげな顔をしていたがそれが原因だろうか。
スラグホーン先生が数日で戻るだろうと言っていた私の"ちょっと"失敗した縮み薬は1週間以上経っても効力が続いていた。思わずスラグホーン先生に数日ってのは何日のことなんですかっと問い詰めてしまった。シリウスは「"ちょっと"失敗したから効力も"ちょっと"長いんだろ」と笑っていた。笑い事じゃないのに!
リーマスは「いつかは戻るだろうし、気にしなくていいよ」と子供特有の舌足らずな滑舌と美しいボーイソプラノで言ってくれたけど、そんなわけにもいかない。幼いリーマスはいつもの美しさと違った可憐さがあって私はとっても好きだけど、彼の日常生活に支障が出ていることをシリウスから聞いて私は知っているのだ。早くリーマスを元に戻さなきゃと魔法薬学の本を読み漁っているが、元々魔法薬学は苦手なので正直本を読んでもちんぷんかんぷんだ。

「それで、何か解決策は見つかったの?」

「全然……。」

ぐええと潰れたカエルのような声が思わず漏れる。レジーがちょっと同情の眼差しを向けてきた。私の隣の席に腰かけて、心配そうに覗き込んでくる。レジーは本当に優しい子だなぁ。シリウスとは大違い。

「リースが作った縮み薬が原因なんでしょ?どんな調合したの?」

「教科書に載ってる通りに調合した、つもり……」

教科書通りならスライム状にはならないが。
堪え切れない溜息が漏れる。

「スラグホーン先生はなんて?」

「解毒剤とかを試してくれたんだけど、一通り駄目だったから、今老け薬を作ってくれてる。ただ、材料を揃えるのに時間かかってるみたい」

ぱたんと開いていた本を閉じる。私が下手な薬を作るより、スラグホーン先生が老け薬を作ってくれるのを待つのが最善な気がしてきた。また"ちょっと"失敗した薬を作って悪化させたら元も子もない。机の上に広がった本をかき集める。また溜息が漏れた。

「そんなに溜息つくほど、気にしてるの?」

「そりゃ、私のせいだし」

「グリフィンドールのことなんて放っておけばいいのに」

「……寮は関係ないよ」

しまった。レジーだから油断してたけど、グリフィンドール生の為に必死になるスリザリン生なんて奇異の目で見られてもおかしくない。
気づいた途端に気まずくなって集めた本を抱えて立ち上がる。

「じゃあね、レジー」

「あ、リース」

「何?」

「今年のクリスマスパーティーのことなんだけど、」

「リース!」

聞き覚えのあるボーイソプラノで呼ばれて振り返るとリーマスがいた。服や靴は魔法で縮められたサイズを身に着けている。私を見つめる顔にとびっきりの笑顔が広がっていた。ただ隣にいたレジーを見つけると少しだけその可愛い笑顔が曇った。

「ああ、ごめん。取り込み中だったかな……」

「ううん。そんなことない。何かあった?」

「ああ、うん。ちょっと、言いたいことがあって。場所を移動してもいいかな?」

少し興奮気味に話しながら普段より大きな幼くそれでも美しい目で見上げられてNOと言えるはずもない。

「レジー、またあとでもいい?」

「……うん。また寮で話そう。本は僕が戻しておくよ」

そっとレジーが本を私から取り上げる。レジーは本当に優しい。ありがとうとお礼を言ってリーマスと一緒に図書館を出た。幼いリーマスに連いていくように廊下を人気のない方へ進んでいく。大した距離ではなかったがすれ違う生徒達の注目の的になっていた。これだけ注目を集めていれば確かに噂になってもおかしくないか。グリフィンドール生と歩く姿を寮ではなんて言われているかは想像したくない。ナルシッサになんて言い訳しよう。
そのうち城の中にある小さな庭に出て、リーマスが設置してあるベンチに腰かけた。たしたしと小さな手で自分の隣のスペースを叩く。その姿が可愛くて眩暈がしたが必死で平静を装ってリーマスの隣にそっと座った。こんなに近くに座ったの、入学時のホグワーツ特急以来かもしれない。

「それで?何か身体に不調でもあったの?リーマス」

「いや、そうじゃないんだ。お礼を言いたくて」

「お礼?」

「そうなんだ!リースのおかげで久しぶりに……!」

そこではっと何かに気付いてリーマスが固まった。

「リーマス?」

固まったリーマスを見ると、何を考えているのか、先ほどまで明るかった表情がみるみる曇っていく。

「リーマス?大丈夫?『久しぶりに』どうしたの?何かあった?」

「……久しぶりに、」

リーマスがゆっくりと動き出す。私の顔を見上げる幼くて可憐な顔が力無く微笑んだ。

「久しぶりに、夜に城の外に出れたんだ」

「城の外?」

「そう。ジェームズやシリウスはしょっちゅう抜け出してるけど、僕は彼らほど身軽じゃないからね。でも身体が小さくなったからシリウスが僕を脇に抱えて連れたしてくれたんだ」

抱え方が荷物みたいだったけどね。と肩をすくめるリーマス。どうやらいつもの調子が戻ってきたようだ。

「リーマスって意外と不良だったんだね。だからさっき言うの躊躇したの?」

「うん。僕が校則違反しているってリースが知ったら幻滅しちゃうかなってしばらく考えこんじゃった。僕はあの2人と一緒にいるから真面目に見られるけど、別にとびきり模範生ってわけじゃないんだよ」

困ったように笑うリーマスに胸が苦しくなる。私がリーマスに幻滅なんてするはずないのに。ましてちょっと校則違反したくらいで。

「それでね、城の外で見た月が、満月がとっても綺麗だったんだ」

「満月?」

「そう。あんなに綺麗な満月を見たのは久しぶりだよ。だから、リースにはお礼をいいたかったんだ。ありがとう」

「とんでもない!それはむしろ連れ出したシリウスに言うべきだよ!」

「でもリースの薬がなかったら無理だったし、リースに言いたかったから」

さわさわと風が吹いてリーマスの鳶色の髪を揺らす。その髪に、すぐにでも触れそうな距離にいるのが信じられなかった。

「ねえ、リーマス」

揺れる鳶色にそっと手を伸ばすと、思っていたよりあっさり触れることが出来た。撫でるように髪に触れてもリーマスは嫌がる素振りがなかった。

「こんなふうにゆっくりお話ししたの、久しぶりだよね」

気が付くと心臓がやたらうるさかった。

「私、薬の効き目が切れても、また、リーマスとお話ししたい」

リーマスの髪から手を放して感触を逃がさないようにぎゅっと手を握る。

「奇遇だね」

そっと握った手に小さな手が添えられる。

「僕もそう思ってた」

前よりも"ちょっと"だけリーマスとの距離が縮められた気がした。

2017.07.20
拍手