知らぬ間に染めて


どんっと衝撃音がした。

音の出どころは下の廊下らしい。
そばの吹き抜けを覗き込み下の階を見ると、かの有名な悪戯仕掛け人のジェームズ・ポッターが杖を振り回していた。
すぐ側にはシリウス・ブラックもいる。

「またあいつ等かよ。誰か先生呼んで来い。グリフィンドールから減点させようぜ」

隣で身を乗り出しているのはスリザリンの上級生だ。なんというか、考えが隅々まで狡猾というか、いちいち姑息で嫌になる。スリザリン生と反りが合わないのは、私もグリフィンドール生の端くれということだ。

どんっとまた衝撃音がする。
その音と同時に騒ぎの中心からはじき出された生徒がいた。緑のネクタイをしている。嫌な予感がして目を凝らす。
緑のネクタイを締めた生徒は私の弟のセブルスだった。

吹き抜けを覗き込む他の生徒達の間を小走りで抜ける。
もっと下の階がよく見えて、且つ人目のないところを探す。
あった。
廊下の隅にあった大きな騎士の銅像と柱の間に身体を滑り込ませた。
杖を取り出す。その間にセブルスの元へジェームズ・ポッターが近づいていた。
シリウス・ブラックはそれを傍観している。
ポッターが杖を振り上げたと同時に私は杖をふるった。

ひゅっと風を切るような音がしてポッターの杖が飛ぶのを確認し、すぐに柱の陰に隠れた。
ジェームズ・ポッターが何かを叫んでいる。大方セブルスを罵っているのだろう。ため息が漏れた。

間もなくマクゴナガル先生の声が聞こえた。
柱の陰から覗くとジェームズ・ポッターとシリウス・ブラックが説教をされていた。
セブルスを見るとグリフィンドールの女生徒が駆け寄っていた。リリーだ。
もう安心だろう。そっとその場を離れて当初の予定通り図書館に向かった。






「リース!」

私が図書館についてしばらくした後、リリーがやって来た。私を見つけてパッと顔を輝かせた美しい赤毛の少女、リリー・エバンスは幼馴染でもあり、弟の想い人でもある。

「聞いてよ!さっきもポッターやブラックがセブルスに嫌がらせをしていたのよ!すぐに先生が来てくれたから良かったけど、テスト期間位大人しくしていて欲しいわ!本当あの二人が同じ寮だなんて嫌になる!」

「そうね。私もそう思うわ。いつもセブルスを助けてくれてありがとう。リリー」

「お礼を言われるような事じゃないわ」

そういったリリーはどこか誇らしげだ。正義感の強いグリフィンドール生らしいなと微笑ましく思う。

「ところでリリー、今日のテストはどうだった?」

「ばっちりよ。この調子で最終日まで行きたいところだけど明日の変身術だけはどうしても不安なの」

「リリーなら大丈夫だよ。この前見せてくれた木の枝を万年筆に変える変身術は完璧だったじゃない」

「本当?学年主席のリースにそう言われると嬉しいわ。でも筆記はやっぱり心配だから、ちょっと勉強付き合ってくれる?」

「勿論。お安い御用よ」

ありがとうと微笑むリリーは本当に可愛らしい。
我が弟も女の子の見る目があって何よりだ。






寄り道するからとリリーと図書館で別れた頃には日はどっぷりと沈んでいた。
校内を歩く人はほとんど居らず、消灯時間が迫っていることを示していた。

ゆらりと視界の端で誰かが動いた。
振り向くとスラリとした長身の憎たらしい男が立っていた。
声を上げる前に手を引かれて手近な教室に連れ込まれる。
どんっと閉めた扉に背中を押しつけられる。

「昼間、邪魔したのアンタだろ」

「だったら何」

「別に。そうだろうなって思っただけ」

言い終わる前にその手が瞬く間にローブを掻い潜って胸の下着をずり上げた。
早急な動きに舌打ちする。

「アンタって本当、弟と似てねえよな」

舌打ちした私を見下ろしてニヤリと笑った男に苛ついて平手でも食らわせてやろうかと思ったが、手を振り上げようとした時には口を塞がれていた。

先程の動きとは打って変わってゆっくりとした動きで唇を甘噛みされて眉間に皺が寄る。
優しくされるのは好きじゃない。コイツに関しては。

「ちょっと……!」

キスの合間に唇が離れた瞬間に顔を背ける。
手を伸ばして目の前の男のズボンを強引にずり下げる。

「さっさと終わらせなさいよ……!」

掌で額を押して男の顔を遠ざける。
すると、今度は男が舌打ちした。

「アンタのそういうとこ、本当ムカつく」

そう吐き捨てたシリウス・ブラックは、数ヶ月前赤面しながら私に告白してきた男だった。





シリウス・ブラックとは、ほとんど話したことが無かった。

私の弟に嫌がらせをしている成績優秀な問題児達の事は勿論知っていた。
しかし、セブルスは私に庇われたり助けられたりする事を、少なくとも公衆の場では嫌がっていたので表立って関わることはしなかった。陰ながら悪戯を邪魔した事は何度かあったが。

セブルスが二年生になった頃、私はジェームズ・ポッターと関わりを持つことになる。
同じクディッチのチームメイトとして。

私はキーパー。
ポッターはシーカー。

「皆、新しいチームメイトを紹介しよう。ジェームズ・ポッターだ」

新年度最初の練習でそう話したチームのリーダーはポッターを皆に紹介し皆は順々に握手をしていった。

「リース・スネイプよ。よろしく」

「スネイプ?」

先程まで自信に満ちたポッターの笑顔が一瞬で消え去った。

「弟が世話になってる様で」

悪戯心で少し嫌味っぽく微笑むとポッターは信じられないと言わんばかりに口を開けていた。まさかあのスニベルスの身内にグリフィンドールがいるとは思わなかったらしい。

その後、大嫌いなスニベルスの姉がチームメイトであることをポッターがどう心の整理をつけたかは分からないが、特に必要以上の接触を持つことは無く、ただのチームメイトとして普通に過ごしている。






「……っ」

挿入の感覚に息を詰める。この感覚が何度経験しても慣れない。
躰の下から内臓を押し上げられるような圧迫感。気持ち悪い。

「……ふ」

漏れ出した声に視線を上げるとシリウス・ブラックが眉をひそめていた。
一見苦しそうにも見える表情だが、頬が上気しているので、何かしらの快楽は得ているのだろう。
じっとその表情を見ていると伏せていた瞼が開き、目が合う。

「何?見惚れてんの」

「死ね」

反射的に出てきた私の罵倒に何がおかしいのか、シリウスは楽しそうに笑った。






ポッターがチームに入って、数年間は特に何も変わらなかった。
セブルスは相変わらず嫌がらせを受けていたし、リリーはいつもそれに憤慨していた。変化と言えば、クディッチの試合の観戦に、シリウス・ブラック達が来るようになったくらいだ。

ある日、クディッチの練習後に、突然ポッターに呼び出されるまでは。





「起きろよ」

身体を揺すられて意識が浮上する。
行為が終わってうとうとしていたらしい。
シリウスを見ると既に自分の衣服は整えており、甲斐甲斐しく私のシャツのボタンを留めていた。

「大丈夫か?」

妙な優しさを始めの頃は何か企みでもあるのかと疑ったりもしたが、結局は不器用故なのだという結論に達した。

私のシャツのボタンをきっちり上まで留めると、シリウスは首筋に唇を寄せて、シャツでは隠せない位置に吸い付く。なんで隠せない位置に跡なんか、と思ったが、見える位置につけるのが狙いなのだとすぐに気付いた。

彼が言うには、私がクディッチをしている姿はとびっきり魅力的で、観戦している男達は皆、私に釘付けらしい。

ポッターに呼び出されて行った先で待ち受けていた赤面顔のシリウス・ブラックの話を思い出して、私はまたうとうとし始めていた。

2017.12.28
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