誰か嘘だと言ってくれ


嘘だ。
嘘だろう。
誰か嘘だと言ってくれ。
こんな、ドラマみたいなシチュエーションあるわけない。
嘘に決まってる。
こんな、朝起きたら隣に知らない男が寝ていたなんて、そんなの、嘘に決まっている。

顔を覆っていた手をそっとはなして私の隣で健やかに寝ている男を見る。どうやら嘘じゃないらしい。
不幸中の幸いか、その顔面は非常に整っている。酔っても面食いな性格は正常に作動したらしい。そう、昨夜の私は酔っていた。多分。おそらく。
何故なら昨日は久しぶりの仕事で思わぬ額の報酬を手にして、半端なく浮かれていたのだ。
そして、バーに行った。お酒弱いのに。
お酒に弱い私はバーなんて滅多に行かない。友人に連れられて行ったりしたことはあるが1人では行ったことが無い。でも、昨日は浮かれていた。とびっきり。それで、いつもは1人で行かないバーになんて行ったのだ。
行って、弱いのにお酒を飲んで、そこからの記憶が無い。

そう、私には昨夜の記憶が無い。

落ち着こう。服だ。私は服を着ている。決定的な過ちは無い。服を着ているのだから。私はただ知らない男と添い寝をしていただけだ。いい大人の男女が何もなく純粋な添い寝をしたのだ。そうに違いない。
この隣ですやすやと気持ち良さそうに寝息を立てている男と、添い寝。

もう一度男の顔を見る。さっきも思ったが、整っている。年下だろう。見方によっては二十歳前後位に見える。かっこいいいというよりは可愛いタイプだ。やばい。私の好みドンピシャだ。
その整った顔の額の真ん中に十字架の刺青がある。そして、服の上からも分かる程度には筋肉がついていた。それなりに鍛えている。ついでに、オーラがとても滑らかに身体を覆っている。
さて、この少ない手掛かりからこの男の正体を暴かねばならない。

とりあえずオーラが纏の状態にあるから、同業者の可能性が高い。少なくとも、この街に住んでる公務員とかではなさそうだ。こんな可愛い公務員なんて居てたまるか。同業者であればまだマシだ。
一方で、同業者どころか真っ当な身分ではない者の可能性もある。というかその可能性が高い。念を習得している人間で真っ当なやつはあんまりいない。

そして、もう一度言おう。大事なことだから二度言います。男の、額に、十字架の、刺青が、ある。
つまり、この男は、もしかすると、いやまさか、そんなはずはないと信じたいけども。

「……ん」

男がごろりと寝返りをうった。
思わずびくっと肩を竦めて男を見ると男の瞼がゆっくり開いた。
寝起きで焦点の合ってない眼球がゆっくりと部屋を見回して、それから私に焦点が合う。

「……おはよう」

寝起きの擦れた声が妙に色っぽい。
当たり前の様にされた挨拶に私の混乱した頭はついていけず、固まっていると男ゆっくりと起き上がった。

「身体大丈夫?」

「……から、だ?」

シチュエーションのせいで様々な意味に取れてしまう問いかけに完全に思考が止まる。

「飲み過ぎて気持ち悪いってずっと言ってたから」

「あ、ああ……。大丈夫です」

変な意味じゃなくて良かった。ほっと息をつく。

飲み過ぎるとすぐに気分が悪くなるのはいつものことだ。大抵それは寝れば直る。酒には弱いが二日酔いはしたことが無い。

「なら良かった。昨日は飲ませ過ぎたって本当に反省したんだ。瑞樹さん、本気で怒ってるし、嫌われたかと思った」

嫌われたかと思った?
男の言葉の意図を図りかねる。
どうやらこの男は嫌われたくないと思う程度には私に好意を抱いているらしい。

しかし、それよりも、馴れ馴れしく呼ばれた私の名前が気になる。

男の言葉からすると、昨夜の私はこの男と飲んでいたらしい。その間に自己紹介でもしたのだろうか。でも、私はこの男の名前を知らない。
いや、額の十字架を見てからしている嫌な予感が的中しているのなら、私はこの男の名前を知っているけども、

「瑞樹さん?」

目の前の男は、返事をしない私を覗き込んでくる。
咄嗟に身体を引くが、背中には壁があった。今私達がいるベッドは壁際にあり、私が壁際に寝ていたので退路が無い。逃げ場が無い。

「…………ど、どちら様ですか」

逃げ場が無いことに気付いた焦りから絞り出した言葉に、男の目がすっと細められた。

「どちら様って?昨日散々話しただろう。まさか覚えてないのか?」

「…………は、はい」

細められた目が怖くて視線を右往左往させる。
すっと男の手が伸びてきて頬を包むように顔を固定される。右往左往出来なくなった。ぐっと顔を近づけられて強制的に目が合う形になる。

「酔うと記憶無くなるタイプ?」

「え……分かんない、です。そんなに飲んだことないので……」

「そっか。まぁ、飲ませたの俺だしな」

どうしたものかと口元を私の頬を包んでる手と反対の手で覆って考え出した男を目の前にして、頭をフル回転させてこの状況から脱却する方法を考える。

残念ながら、ここは私の家だ。仮にこの場から逃走出来たとしても行く当ては無い。
では、この男を追い出そうか。それこそ無理な話だ。この男に素手で勝てるはずもない。だって、この人は、

「瑞樹さん」

名前を呼ばれてびくっと身体がはねる。
男もそれに気付いたらしく、優しく頬を撫でる。

「そんなに怯えないで。言っとくけど、同じベッドに寝ただけで何もしてないよ。本当に一緒に寝ただけ」

「ほ、本当に?」

「本当に。服乱れてるとかないだろ?覚えてないだろうけど、昨日約束したんだよ。手は出さないって」

そんな約束したのか。酔った私でも警戒心は残っていたらしい。だからといって本当に同じベッドで寝るなんて無防備には変わりない。矛盾している。顔が好みだったからか?

それにしても、この男、そんなラブホに連れ込む常套句みたいな約束を律儀に守ったのか。意外と信用しても良いのかもしれない。

「一晩同じベッドで寝て、手を出さずに我慢出来たら俺と付き合ってくれるって約束」

「へ?」

芽生え始めていた信用が一瞬で消える。
付き合う?約束とは?

「ど、どこに行くのに付き合うんですか……。」

絶対違う。そういう意味じゃない。分かってる。だけど、そう思いたかった。

「そうじゃなくて、俺の恋人になってくれるって意味」

ですよねー。そっちの意味ですよねー。
片手で顔を覆う。昨夜の自分は一体何を考えていたんだ。

「いやいやいや。酔った私が何を言ったかは存じ上げませんが、昨夜初対面の人とはちょっと……」

「覚えてないだろうけど、その話は昨日したよ。初対面じゃないって」

「…………へぇ?」

初対面じゃない?とは?
いやいや。その額の特徴的な十字架を見たら忘れるはずがない。というか、気付くはずだ。この男の正体を。昨夜だって会ったなら気付かないはずがない。一目で気付いて警戒するはずだ。何故なら私は、

ピリリッ

聞き覚えのある音がする。
私の携帯の着信音だ。
男と目を合わせる。
数回の着信音の後、音は途絶えてまた別のメロディが流れる。メールを受信した時になる着信音だ。

「電話出なくて良かったの?」

「……いや、良くないです」

そっと起き上がると男も起き上がって壁際の私がベッドから出やすい様に退いてくれた。親切さが普通過ぎて違和感が半端ない。
ベッドの側に投げ捨ててある鞄を探る。
横で男がベッドに腰掛けていた。

携帯を見ると着信は先日まで共に行動してた仕事仲間のハンターからだった。
メールを開ける。
そのメール読み進めるごとに血の気が引いていくのが分かった。

「仕事のメール?」

背後から男が聞いてくる。
私は携帯を持ったままゆっくりと男に向き直る。

「昨日、私と貴方は一緒に飲んだんですか?」

「そうだよ。覚えてないみたいだけど」

「…………飲んだだけですか?」

「飲んで、体調悪い瑞樹さんを近くの公園で介抱したりはしたけど」

「介抱?」

「ああ、変な意味じゃないよ。水を買ってきてずっと隣で話を聞いてただけ」

「話って?何を話したの」

口調がキツくなってしまう。
それに気付いていたけど、取り繕う余裕は無かった。
ベッドの前で携帯を握りしめて立ち竦んでいる私と、ベッドに腰掛けている男で見つめ合う。
男がくすりと笑った。

「色々話したよ。久しぶりの仕事で思わぬ大金が入ったって事とか」

やばい。それは完全にやばい。
昨夜の私は本当にどういう判断をしたんだ。
男にこの前の仕事の話をしたという事実と、そして今来たメールの内容を合わせると非常にやばい事実しか浮かび上がってこない。
血の気が引きすぎて指先が冷たい。

「瑞樹さんの念の解除の条件とか」

はい、アウトー。アウトでーす。やばいを通り越してまーす。
会ったばかりにの人間に自分の念能力の解除条件を教えるとかプロハンター失格でーす。
まして、今この状況で一番教えてはならない人間に教えてるってどーいうこと。

だって、私は、

プルルッ

先程とは違う着信音がする。
私の携帯じゃない。

男が私の鞄の横に脱ぎ捨ててあった上着に手を突っ込む。
どうやら男の携帯が鳴っていたらしい。
男は私に構わず着信に出て、何かを話している。

男は手短に話を終えて、電話を切った。

「無事、逃げられたみたいだ」

「……誰がですか」

嫌な予感が、止まらない。
誰かなんて、
そんなの、
聞かなくても、分かっている。

「誰って、昨日瑞樹さんが念を解除してくれただろう?」

はい的中!嫌な予感的中だよ!!!!
本当昨日どういう話をしたんだ!!!!!

自分で捕まえた賞金首に!!!!

その賞金首を捕らえ続ける為にかけた念を!!!!!

よりにもよって!!!!!

その賞金首の!!!!

親玉の!!!!!!

目の前で解除するとか!!!!!!

どーいうこと!!!!!!!!!!!!!

「瑞樹さん?」

嫌な予感が的中して一気にパニックになった私が頭を抱えていると男から覗き込まれた。
ぎょっとして身を引く。

「ちょ、ちょっと待って」

「?」

男がきょとんとした顔をする。
いやいやいや。そんな顔しても駄目だから。
可愛いとか思ってないから。
私知ってるから。貴方が何者なのかを。

「貴方は、私が貴方の仲間を捕らえたハンターだから近づいてきたんでしょ?あのノブナガって侍みたいなやつにかけられてる私の念解除しに来たんでしょ?じゃあ、もう昨夜の時点で目的は達成してるでしょう。なんで一晩添い寝なんかしてるの?」

目を覚まして目の前に賞金首が寝ていた私の気持ちも考えて欲しい。
しかも、よりにもよって、とびっきりのA級首の親玉とか。

てか、あの幻影旅団の親玉ってこんな可愛らしい顔してるのか。年齢はいくつだっけ。確か、ブラックリストハンター仲間に聞いた情報では二十代半ば位だっけ?どっちにしろ年下だ。

ぐるぐると巡る思考の中で、男は相変わらずきょとんとした顔で私を見上げて言い放った。

「だから言っただろう。一晩同じベッド手を出さなかったら俺と付き合ってくれるって。瑞樹さん俺と付き合って」

誰か嘘だと言ってくれ!!!!!!!!



2018.02.28
暗黒大陸編で蜘蛛の活躍をずっと待機している。
ちなみにこの夢主はトリップ主という設定があったが、活かせなかった。
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