誰か嘘だと言ってくれ2 真っ先に目に入った。 街中の裏路地にひっそりとあったブックカフェの少ない客の中で、一目で分かる念能力者だったし一般人ではないことは明らかだった。 しかし、目を引いたのはそんな事ではなく。その本を巡る指先や、組まれた脚や、かけられた耳から滑り落ちる髪、伏せられたその瞳だった。 「隣いいですか?」 俺が声をかけた時には既に大分酔っているようだった。 帽子を深く被り、額の十字架を隠して訪れたバーだった。 彼女の顔は赤く染まっていて、眠そうに目をこすっていた。 いつものブックカフェで見る印象は、どちらかというと大人びていて近寄りがたい印象だったが、今いるバーでは幼い少女の様な表情をしていた。 「……はぁ」 眠くて頭が回ってないのか、こすった目を少し赤くしながら彼女は気の無い返事をした。 あからさまな拒絶の言葉が無いことをいいことに、無遠慮に隣に座る。 「この店にはよく来るんですか?」 「いや……、にどめ?くらいです」 少々覚束ない滑舌で答えると同時に彼女は首をこてんと倒す。仕草が随分と幼い。シャルナークから聞いた情報では彼女は俺より年上だったはずだが。 「お酒はあまり強くないんですか?顔が赤いですよ」 「……う〜ん、あんまり。でもきょーはとくべつなので」 「特別?」 「ちょっといいことがあって」 「そうなんですか。じゃあ今日はお祝いなんですね」 「そーです」 えへへとあどけなく笑う彼女は可愛らしい。 ノブナガを捕らえる程のハンターとは、到底思えない。 「お祝いでしたら、一杯奢らせてください」 「えぇ?だめですよ」 「いえ、折角ですし。あと下心もあるんです」 「したごころ……?」 「ええ。俺、この街に引っ越してきたばかりなんです。だから、貴方に色々教えて頂きたいなぁって。なんとなく、貴方とは好みが合いそうな気がするから」 にっこりと笑うと彼女はきょとんとした顔でゆっくりと瞬きをして、何かを考える様に数秒沈黙した後、おかしそうに笑った。 「なんぱってやつですね……!」 閃いた!と言わんばかりに俺を指さしてけらけら笑う彼女は本当にブックカフェでの印象と違う。 自分の頬が緩んだのが分かった。 「そうです。なんぱってやつです。貴方が一目で分る位素敵な女性だったので」 「またまた〜。おじょーずですね〜」 笑い続ける彼女はどうやら本当に酔っているらしい。 笑うと同時に仰け反った背中を支える様に手を腰に伸ばしても拒否する様子は見られなかった。 「大丈夫ですか?」 あの後、何杯かお酒を飲んで一緒に店を出た。 店を出た時から気分悪そうにしていた彼女は駅に辿り着く前にしゃがみ込んでしまった。 なんとか宥めつつ、そっと彼女を抱き抱える。バーでかなりご機嫌を取りながら身体を触っていたおかげか、彼女は抵抗無く身体を預けてきた。 近くの公園のベンチまで運び、座らせる。彼女は口元を抑えながら俯いたままだった。 「…………みず」 「水ですか?待ってください」 彼女が小さく訴えた要望に近くの自動販売機へ走る。我ながら随分と献身的だ。 ミネラルウォーターを2本買って彼女の元に戻る。 ミネラルウォーターを1本渡そうと屈むと俯いたままの彼女の手が伸びてきた。その手はミネラルウォーターを通り越して被っていた帽子に当たり、帽子が落ちた。 「…………あ、ごめんなさい」 「大丈夫ですよ」 構わずミネラルウォーターを差し出すと彼女は小さくお礼を言って、受け取った。 大分滑舌をはっきりしている様だから、酔いは醒めつつあるのかもしれない。 落ちた帽子を拾い、自分も彼女の隣に座ってもう1本のミネラルウォーターを開封して飲んでいく。 「名前5億」 しばらく無言でいると彼女が呟いた。 「顔写真10億」 俯いた彼女の顔は見えない。 「念能力についての情報30億」 彼女のオーラがゆらりと揺らめく。 「生死問わず、捕獲できた場合、一人につき最低500億」 ゆっくりと彼女が顔を上げた。 「貴方達にかけられてる賞金の金額」 「…………酔いは覚めたんですか」 彼女の目は、先程までの酔った様子ではなく、しっかりと俺の目を見据えてきた。 どうやら先程帽子を落としたのはわざとらしい。額の十字架に視線が刺さる。 バーで名乗った時も特に偽名を使ったわけではないから、隠すつもりもないのだが。 彼女がバーで話した時も言っていた、大金が手に入ったという話はノブナガを捕まえた事による賞金だろう。最低500億と言うのだから、それ以上貰っているはずだ。そりゃあ、浮かれて普段行かないバーにも行ったりするだろう。むしろその程度で済んでいる彼女は随分と奥ゆかしい。 「貴方、仲間を解放させる為に私に会いに来たんでしょう」 「それもありますけど」 飲んでいたミネラルウォーターを置いてぐっと彼女に身体を近づける。 「ノブナガが捕まってなくても、俺は貴方に会いに来ましたよ」 「…………なに、を」 彼女の身体が固まる。彼女の手から飲みかけのミネラルウォーターが落ちた。 左手でスキルハンターに栞を挟み込み、ポケットに突っ込む。 俺の念で身体が動かなくなっている彼女の頬をすっとなぞる。 彼女の顔は険しかった。 ブラックリストハンターが賞金首の念能力にかかって身動きが取れないなんて失態以外の何物でもない。 「瑞樹さん」 先程教えてもらったばかりの名前を呼ぶ声は、自分でも驚く程に甘かった。 「ずっと前から好きでした。付き合ってください」 「…………は、何、言って」 身体は動かなくとも首から上は動く。 その顔には警戒心か嫌悪感か区別の付かない感情があらわれていた。 「駅の一つ隣の道から入る裏路地にあるブックカフェによく居たでしょう。あそこ俺もよく行くんです。最初一目惚れでした。その後は読んでる本が、俺の好みとあってて益々惹かれました。何度も話しかけようと思ったんですが、あのカフェはそういう事出来る雰囲気じゃないでしょう。そういうとこが気に入っていたわけでもあるし、ずっと我慢してたんです。だから、仲間からノブナガを捉えたハンターの特徴を聞いた時、驚きましたよ。それに嬉しかった。貴方に会いに行く理由が出来ましたからね。あのカフェ以外で」 饒舌に喋る俺を彼女は信じられないという表情で見ていた。 「何、言ってるの」 「信じられませんか?まぁ、確かにこんなシチュエーションで言って信じろっていう方が無理ですよね」 同じ台詞を繰り返す彼女にどうしたものかと首を捻る。 「本気なんですが、どうしたら信じてくれますか?」 「……念を、解除して」 「分かりました」 「え?」 即答で能力を解除すると、彼女は驚いたようだった。 まさか本当に念を解除するとは思わなかった様だ。当たり前だが。 即座に彼女の身体を引き寄せて、自分の膝の上に向かい合う様に座らせた。 「ちょっと……!」 「念は解除しました。それにこれ以上危害は加える気はありません。でも、こうでもしないと瑞樹さん逃げちゃうでしょ?」 がっちりと腰に手を回して彼女の身体を腕の中に閉じ込める。 ノブナガが捕まる現場に居たマチから聞いた情報では、彼女は体術に長けている訳ではないらしい。実際、マチはノブナガが彼女を殺して事は済むと思っていたそうだ。その油断が徒となった訳だが。 俺の腕を掴んで暴れている彼女の力は予想通り大したことは無い。彼女と話をするだけなら念能力は必要ないようだ。 彼女自身の念能力も、おそらく幾つかの条件をクリアしないと発動しない。隠し球を持っていれば別だが。 至近距離になって彼女の香りがふんわりと漂う。香水ではないと思う。何か香りのあるクリームなんかを付けてるのだろうか。奥ゆかしい彼女の事だから、柔軟剤の香りというのもあるかもしれない。 「瑞樹さん良い匂いしますね。何か付けてますか?」 「なにして……!」 彼女の首筋に顔を近付けて匂いを堪能してると背中を叩かれた。 「せ、セクハラ……!」 「すいません、瑞樹さんが近くにいると思ったら舞い上がっちゃって」 賞金首に対して「セクハラ」なんて倫理的で場違いな言葉が出てきたことに思わず笑みがこぼれる。 「瑞樹さん、さっき俺の顔が好みドンピシャだって言ってくれましたよね」 先程のバーでの会話を思い出す。 彼女は酔っていたとは言え、話も合ったしそういう意味では相性は悪くないと思う。 俺の顔が好みだと笑った酔った彼女はまんざらでも無さそうだった。 「瑞樹さんが俺を好きになってくれる可能性はあるって思ってもいいですか?」 彼女は絶句していた。 仲間の復讐に来たと思っていた賞金首が愛の告白をしてきた訳だから彼女としては予想もしていなかった事だろう。 しかし、俺としてはこの機会は逃したくなかった。 今までも何度か偶然を装って近付けないか試みた事がある。 しかし彼女はブックカフェに立ち寄る以外は殆ど出掛けないことは把握していた。今日まで職業も不明だった位だ。 念能力者であることから、表社会での職ではないだろうと思ってはいたが、まさかブラックリストハンターだったとは。 いっそこれは運命なのかもしれない。 「け、契約」 動揺した彼女の声に引き戻される。 「契約をして。貴方の言ってる事が嘘じゃないって!」 ズズッと彼女の手に念で具現化された本が現れる。マチから聞いたとおりの念能力だった。 念能力の形が自分のものと似ていることに親近感が湧く。 彼女はその本の1ページを破り取った。 「クロロ・ルシルフルは私の能力を盗まない」 はっきりと告げられた言葉に彼女がかなり俺について詳しい事を知る。 俺の念能力を知っているハンターは多くはない。 「クロロ・ルシルフルは真実しか告げられない」 続けられた彼女の言葉と同時に、破り取られたページに言葉と同じ文章が現れる。 「クロロ・ルシルフルが以上を遵守するのなら、ノブナガ・ハザマは解放される」 続けられた言葉に今度はこちらが驚く。 「契約は、私が不利であればある程効力を増す。貴方が私の契約に従うのなら、このページ、ノブナガ・ハザマとの契約書は破棄される」 彼女が本の中の1ページを指しながらの言明した。 こちらが聞く前に教えられたそれは、彼女の念の発動条件でもあるのだろう。 突きつけられたページの形をした契約書には彼女の言葉がしっかりと刻まれている。 「私と契約を交わして」 「……分かった。契約します。俺は貴方の能力を盗まない。そして真実しか言わない」 じんわりと契約書の下部に、俺の筆跡で俺の名前が浮かび上がった。 「貴方は仲間を解放させに来たんじゃないの?」 「それもありますが、それよりも瑞樹さんと話したかったんです」 「仲間は捕まったままでいいの?」 「他の仲間が動いてくれてるんです」 「仲間が?動いてるって何してるの?」 「ノブナガが捕らえられてる牢を建物ごと占拠する予定です。場合によっては、牢ごと奪う事になるかもしれません」 「私がかけてる念は?どうするつもりなの?」 「瑞樹さんが解除してくれたら嬉しいですけど、無理なら除念師を探しますよ」 「……じゃあ、本当に、私に会いたかったの?」 「そうです。会って、話をしたかった」 真っ直ぐ彼女の瞳を見つめる。 「ずっと好きだったから」 契約書を突きつけていた手がゆっくりと降ろされる。 「……貴方、変わってるって言われない?」 「どうだろう。俺の友人達は皆変わり者ばかりだからな」 力が抜けたように彼女はゆっくり俺にもたれかかってきた。肩に彼女が額を乗せる感触を噛み締めて、そっと抱きしめる。 「瑞樹さん、俺と付き合ってください」 抱きしめたまま再度告げると彼女は顔を上げた。 「契約」 「ん?」 「私を家まで送ってって」 「それはOKってこと?」 「そうね、送り狼になられても困るから、それで一晩一緒に過ごして何もせずにいられたら、付き合ってあげる」 そう笑った彼女はやっぱり少女の様だった。 |