Calm 「手がかりとかあると思う?」 足場の悪い山道を振り返ると木々の隙間から麓の漁港が見えた。小さな島の割りにたくさんの人で賑わっている漁港だった。ただそのほとんどが航海の途中で島に立ち寄った船の船員で、純粋な島民は少ないらしい。聞き込みをした宿屋の主がうちは年中繁忙期だと笑っていた。 「ないだろ」 きっぱりとした答えが返ってきた。進行方向に向き直るとカイトの長い髪が潮風に煽られてゆらゆら揺れた。 師であるジン・フリークスを探す為に彼の故郷であるこんな辺鄙な島へ足を運んだと思っていたが、どうやら目的は他にあるらしい。 宿屋の主に師の名前を出せばあっさりと彼の生家の情報が手に入った。同時に彼がもう何年も帰ってきていないことや息子がいること、その息子の親権は師にはもうなく、師の幼馴染が持っていることまで話してくれた。狭い島だとプライバシーが無いんだなぁと学んだ。この島では騒ぎとか起こさないようにしよう。 「手がかりはなくていいんだ。あの人が育った環境を見てみたい」 「……カイトってジンさんのこと大好きだよね」 「悪いかよ」 むっとしたカイトが普段より幼く見えて思わず笑いながら「別に。悪くないよ」と返したらカイトは拗ねてしまったらしく歩く速度が上がった。ただでさえ歩幅にハンデがあるのに早歩きになってしまっては着いていくのが大変で、私は小走りで後を追った。 スラム街出身のカイトの実年齢は不明で私より年下か年上か分からないのだが、ジンに拾われたのが私より後のこともあって弟のように可愛いがっている。ただここ数年、彼はそれが気に入らないらしく偶にこうやって意地悪をしてくる。反抗期かな。 そういえば、血の繋がった方の弟は元気だろうか。もう何年も会ってない。まぁ、無断で故郷を出たのは私の方だが。 「生まれる前の記憶がある」そう言った私を「そうか」の一言で済ませたのがジンだった。予想以上にあっさりと受け入れられて拍子抜けした。私自身、生まれ変わりなんて信じるタイプではないが、実際この世界に生まれる前の記憶がはっきりあっては信じないわけにもいかず、しかしそれなりに苦悩して受け入れた事実だった。そんな本人がそこそこ悩んだものを一言で済ませられたことは衝撃的だった。 更に「生まれ変わったこの世界は本で読んだことがある。この先何が起こるかも知っている」と続けて言ってもジンは「まぁ、そういうこともあるだろ」返してきただけだった 。普通はないだろ、と言い返しそうになったがやめた。多分何を言ってもジンの態度は変わらないだろうなと思ったからだ。本で読んだ彼は非常に頑固だったし、何より動じない人でもあった。だからこそ、私は彼になら打ち明けられると思って彼についてきたのだ。 ハンターハンターという漫画の世界に生まれてもう25年以上経っていた。 *** カイトを見失った。いや、いくら歩幅が違うからといって早歩きで見失ったわけではなく、獣の咆哮と子供の叫び声がしたのだ。その瞬間カイトが声の方向に走り出してしまったので、見失ったわけである。見失わないよう後を追うこともできたが、この後の展開を私は知っているのでゆっくりと声の方向へ歩いている。 「馬鹿野郎!!こんな時期にヘビブナの群生地に入るヤツがあるか!!!」 カイトの怒鳴り声がした。 *** 「まさか…もしかして……お前の、お前の親父の名はジンっていうんじゃないか!?」 「オジサン親父を知ってるの!?」 オジサンという言葉に吹き出す。背後から私が近づいてきていることに気付いていたカイトがじろりと睨んできたが気にせずザクザクと草木をかき分けて近寄る。 「ジンさんの息子に会えるなんて思わぬ収穫だね?」 カイトの目をのぞき込みながら言うとフンっとそっぽを向かれた。機嫌がなかなか直らない弟分を無視して、目の前の少年、ゴン・フリークスに無遠慮に近付きしゃがんで目線を合わせた。 「はじめまして」 「は、はじめまして……」 きょとんとした顔で私を見つめてくる少年は確かにジンさんに似ている。その瞳の真っ直ぐさも。うん、漫画で見るより可愛い。漫画読んだの25年以上前だからおぼろげだけど。 「私は瑞樹っていいます。あっちのオジサンはカイト。きみは?」 「オジサンはやめろ」とカイトが言っていたが気にしない。 「オレはゴン。ゴン・フリークス」 「ゴンくん。よろしくね」 「よろしく。瑞樹さん」 ゴンくんに手を差し出したらなんの警戒も無く手を握り返してくれた。あまりにも警戒心がなく隙だらけだったので悪戯心が湧いてくる。 握った手を思いっきり引き寄せてゴンくんをぎゅっと胸の中に閉じ込めた。 「かわいー!あのクソ親父の血を引いてるとは思えなーい」 「おい」 何やってんだとカイトの非難がましい声を聞きながら大人しく私の胸に収まっているゴンくんを至近距離で見つめる。可愛い。抵抗されないのをいいことに頬ずりをしてみる。触れ合った肌がすべすべで気持ち良いなぁと思っていたらカイトに力尽くではがされた。 「お前淫行とかで訴えられるぞ」 「いやいやいや。こんなのスキンシップだって。ねぇ、ゴンくん」 少し戸惑っていたゴンくんもにっこり笑いかけると笑い返してくれた。引きつっていたようにも見えたが細かいことは気にしない。 「ほら!」 「ほらじゃない」 ぺしっと頭をはたかれる。そのやり取りを見ていたゴンくんがくすりと笑った。 「お姉さんも俺の親父を知ってるの?」 「うん。知ってるよ。ジンさんは私とカイトのハンターとしての師匠だからね」 「はんたー?」 君の人生を変える職業だよ。ゴンくん。 「瑞樹!」 ハッと我に返る。目の前に如何にも「不機嫌です」と書かれた顔をしたキルアがいた。 「話聞いてた?」 「ごめん、聞いてなかった」 えへへ、と笑いながら謝るとキルアは呆れたようにため息をついた。ゴンくんが心配そうに覗き込んでくる。 「ぼーっとしてたけど大丈夫?体調悪い?」 「へーき。ちょっとゴンくんと初めて会った時のこと思い出してた」 あの頃のゴンくん可愛かったなぁ。今も可愛いけど。と言いながらにっこりとゴンくんに笑いかけるとにっこりと笑みを返される。可愛い。しかし、その頬には痛々しい跡がある。ヒソカに殴られた跡だろう。可愛い顔が台無しだ。思わず抱きしめた。 「なっ、おいゴンを離せよ!」 「なぁに、キルア。キルアも入る?」 ゴンくんを抱きしめるとキルアが慌てて止めてきたので片方の腕を迎えるように彼に向かって広げるが、割りと重めのパンチが脇腹に来ただけだった。痛い。 「入らねぇよ!ゴンもされるがままになってんなよ!」 「いいじゃん減るもんじゃないし」 「瑞樹には言ってねぇ!」 もう一発脇腹に向かってきた拳を片手で受け止める。すると拳を固定されて動けなくなったキルアから無言の抗議という名の殺気がびしばし飛んできた。更に足も踏まれた。痛い。胸の中にいるゴンくんが苦笑するのが分かった。可愛いゴンくんを困らせるのも本位ではないのでしぶしぶ腕を離してゴンくんと開放する。ついでにキルアの拳も。 「で、何の話だったっけ?」 「だから、最終試験の内容知ってるかって聞いたんだよ!」 キルアが詰め寄ってくる。そういえばそんな話だった。私が監督した第4次試験も無事終わり、最終試験まで過ごすこのホテルの食堂で昼食後に詰め寄られていたんだった。 うーん。どうしよっかなぁ。適当にすっとぼけとけばいっか。 「何にも知らないなぁ」 「本当かよ!試験官にも知らされてないわけ!?」 最終試験は意地の悪いトーナメント形式で行われて、且つ君は自分の兄と対戦することになって不合格になります。とかなら知ってますけど。 「試験官だからこそ、知っていたとしても教えられないだろう」 クラピカが近づいてくる。私達のやり取りを見ていたらしい。一週間ぶりくらいに会うが元気そうだ。試験の途中で怪我とかしてるかなと思ったが目立った外傷もない。しかしクラピカは一向に私と目を合わせてくれない。 「クラピカなんで怒ってんの」 「怒ってなどいない」 「怒ってるじゃん。私が今年の試験官なの黙ってたから怒ってるんでしょ」 「怒ってない」 さっきのキルアに負けない程度には思いっきり顔に「怒ってます」って書かれてますけど。 しかし、そんなことを拘ってもしょうがないのでクラピカの隣にいる青年を見た。彼がレオリオだろう。記憶の中の漫画での姿より若々しく見える。十代だったはずだから実際若いのだが。視線を寄越すと手を差し出してくれた。 「レオリオだ。よろしく試験官さん」 「瑞樹です。こちらこそよろしくレオリオ。クラピカがお世話になってるようで」 差し出された手を握り返す。暖かい手だった。 「瑞樹はクラピカと一緒に暮らしてるってのは本当か?」 「クラピカから聞いたの?そうだよ。5年くらい前からクラピカの保護者。クラピカのママみたいなもん」 ママだよーとクラピカに向かって手を広げたら眉間にこれでもかと皺を寄せられ心底嫌そうな顔をされた。少し見ない間に表情豊かになっかなー?しかし目は合わせてくれたので良しとしよう。 「どっちかつーと、クラピカが保護者じゃねー?」 「いやいやいや。キルア少年。私はけっこうちゃんとクラピカの保護者やってますよ」 「そうなの?」 キルアに抗議しするとゴンくんが穢れの無い瞳でクラピカに問いかけていた。なんだね、疑っているのかね。 「まぁ、それなりに、……世話になっている」 苦々しげに答えたクラピカをレオリオが不思議そうに見ていた。 「まあ、何はともあれ第4次試験合格おめでとう。顔見知りが全員私の試験を通過してくれて嬉しいよ」 頑張ったね、とゴンくんの腫れ上がった頬を撫でる。少しだけゴンくんの顔が歪んだ。だが、すぐに平然とした顔に戻る。 「最初びっくりしたよ。瑞樹が試験官なんてさ」 「そうそう。しかも試験の内容すげー性格悪いし」 「キルア少年、そりゃ偏見ってもんですよ。人数ある程度絞らなくちゃいけなくて且つ能力を総合的に審査できる試験方法を考えた結果です」 「ふーん。てか、俺瑞樹がハンターって知らなかったんだけど。親父達と知り合いだったのって、ハンターだから?」 「うん。協会から依頼受けて一緒に仕事したことがあったからね」 「協会から?」 「そう。私は協専ハンターだからね」 「協専ハンター?」 レオリオが聞き返してくる。他の3人も初耳のようだ。協専ハンターって思ったより知名度低いなぁ。 「ハンター協会に仕事を斡旋してもらってる協会専属ハンターのこと」 「協会って仕事の斡旋もしてくれんのか」 「うん。もしプロハンターになった後、安定して仕事が欲しいなら協専ハンターはオススメだよ。それぞれのハンターの能力に合わせてくれたりもするし。何より仕事の成否に関わらず報酬が支払われるし」 「そりゃ魅力的だな」 その代わり副会長の派閥に組み込まれちゃうけど。とまでは言わないでおく。何にせよ、彼らはそれぞれ実力も十分なので協専ハンターにはならないだろう。興味深げにしているレオリオも、派閥問題とかは嫌がりそうだ。 「瑞樹は今までどんな仕事をしたの?」 「んー、一番多いのは護衛かな。政府の要人とかマフィアのお偉いさんとか護衛してた」 「へー」 「今してる仕事は?護衛ではないだろう?」 クラピカまで興味ありげに聞いてくる。そういえば私、クラピカに仕事の話あんまりしたことなかったなぁ。 「今は秘書やってるよ。ハンター協会副会長の秘書。ネテロ会長でいうマーメンだよ」 秘書、という言葉に4人とも少なからず驚いていた。そんなに意外かな。私が秘書ってのが意外なのかな。それともハンターと秘書が結びつかないのかな。秘書の仕事が来たときにお前に秘書とか出来んのかよとジンさんに訝しげに聞かれたことが頭を過ぎった。 「秘書やってるハンターがいるとはな」 「ハンター全員がお宝探ししてるわけじゃないよ。公務員やってるハンターもいるし。私の場合は協専ハンターを管理してるトップが副会長だったからそこからの伝手で秘書になったんだ」 どうやら後者だったようでちょっと安心する。 「意外としっかりしてんだな。ハンター協会って。あんなじじいが会長だから適当なとこだと思ってた」 「あはは。あんなじじいだけど、けっこうちゃんとしてるよ」 「あんなじじいで悪かったのう」 「わあ、会長」 突然背後からかけられた声に振り向くと、ネテロ会長が立っていた。 「フロントへ副会長から電話がきておるぞ。携帯がつながらんとな」 「あーそうですか。最近携帯の調子がおかしくて」 「着信拒否をしとったと思ったがのう」 なんで知ってんだこのじじい。と喉まで出かけたものを飲み込んだ。 「秘書なのに着信拒否とか全然ちゃんとしてねぇじゃん」 「というか職務放棄だろう」 「……大人には色々事情ってものがあるのだよ」 キルアとクラピカの咎めるような声に苦しげな反論をしながら、食堂を出てフロントへ向かう。マーメンではなくわざわざネテロ会長が伝えに来たくらいだ。相当ご立腹なんだろう。 フロントはすぐ側だった。カウンターに古めかしいが高級そうな黒電話が置いてある。受話器は外され横に添えるように置いてある。これ保留機能ないのかな。古めかしいから無いのか。 あー電話に出たくない。黒電話を見つめるが、見つめてもなかったことになるわけではない。 数秒考えた末、受話器をそっと電話機に戻し通話を切断した。 「珍しいのう。喧嘩でもしたのか」 「喧嘩して上司との連絡を拒否するってそれ社会人として失格ですよね」 いつの間にかすぐ側に来ていたネテロ会長の目を見ずに返答をする。 「ただ、ここに来る前に退職届を出してきただけです」 2017.06.27 拍手 |