Calm2


「ハンター試験が終わってないとはどういうことだ」

私が元雇用主からの追っ手から逃れていた頃、クラピカから連絡が入った。思ったより早かったなと思うと同時に、漫画ではこれくらいの時期だったっけと記憶を漁った。

「瑞樹?聞いているのか」

「うん。聞いてる。クラピカ今どこにいるの?」

「サヘルタ合衆国だ」

「おー偶然。私もサヘルタにいる。会おう。落ち合う場所決めたいから1回電話切るね」

待て、というクラピカの声を無視して電話を切る。携帯電話の電話帳を開く。

「えーと、イズナビさんの連絡先は……」

漁っていた記憶から引っ張り出した名前を検索する。秘書の仕事をしていた何よりの収穫は、広い人脈を手に入れられたことだろう。





***




「念能力?」

「そう。プロハンターを名乗るなら必要な能力。その能力の性質上危険性が高く、表向きには公表されていない裏のハンター試験として新米ハンター達に習得を課せられている能力でもある。表と裏の両方の試験を通過した物が、真のプロハンターってわけ。逆に表の試験を受けていないが念能力を習得している人もいて、そういうハンターはライセンスは持ってないけど立派なハンターとして活躍してるよ。主に裏社会とかでね」

それなりに栄えた都市の大通りに面したレストランでクラピカと待ち合わせた。追っ手が来たとしてもこんな人の多いところでは襲ってこないだろうと思ってこの店にしたが、ここ数日追っ手の気配はないし、もうちょっといい店行っても良かったかもしれない。クラピカとこんなふうに食事を出来るのもいつ最後になるか分からないだから。
クラピカは既に食事をたいらげ、じっと何かを考えていた。表情は少し沈み気味だ。出鼻を挫かれた衝撃が大きかったのかな。

「その念能力の習得にはどれくらいかかる?」

「人によるからなんともな〜」

「この4年間私を鍛えたのは瑞樹だろう。そこからどの程度か見当はつかないのか」

急かすような問い詰め方に溜息をつきそうになる。

「……単純に基礎の基礎だけなら2〜3ヶ月ってところかな。実践で使えるようになるにはもっとかかる」

ぐっとクラピカの眉間に皺がよった。

「もっと短期間で済まないのか」

「鍛錬や修行なんてものはじっくりやった方がいいのは分かってるでしょ。急いで済ませて中途半端な能力で戦って無駄死になんて目も当てられないよ」

自分の皿に残っていた最後の1つのエビフライを頬張る。先ほど連絡をとったイズナビさんはここから少し離れた山奥に居るらしい。今から行っても辿り着くのは夜中になるので今日はこの街で一泊して明日の朝から向かうつもりだった。

「クラピカ、今日のホテルもう決めてる?」

「……いや。決めてない」

「ホテル探しに行こう。ハンターライセンスもってる?」

「ああ」

「じゃあ駅前の豪華なホテル行こう。クラピカのライセンスあればタダ同然で泊まれるし」

「瑞樹のライセンスはないのか?」

「あるけど、ちょっと使えないんだよね」

ライセンスを利用して交通機関や宿泊施設を使うとハンター協会にどのライセンスが使われたかの情報いってしまう。追っ手に居場所教えちゃうことになっちゃうから使えないのだ。ハンター協会の内部の者を敵に回してからこういう日常的なところで不便を感じるようになった。今までライセンスをフル活用して良い待遇で過ごしてきたからなぁ。でも今日はクラピカがいるし久しぶりに良いホテルに泊まれそう。

会計を済ませて(私の奢りだ)店を出て駅を目指す。後ろからクラピカが着いてきた。

「瑞樹」

「なに?」

「何から何まで世話になって済まない」

ぴたりと足を止めてクラピカを振り返る。クラピカの瞳をまじまじと見つめるとクラピカは真っ直ぐと見つめ返してきた。

「5年前、故郷が襲われた時に、一緒に同胞達の墓を立ててくれたことや、村を周辺の山ごと買取って保護をしてくれていることも、俺を引き取ってくれたことや、生きてく術を、戦う技術を叩き込んでくれたこと。その上、念能力の鍛錬まで面倒かけて、いくら感謝してもし足りない」

クラピカの突然の感謝の言葉に混乱する。この4年間クラピカは非常に反抗的だった。年齢もそういう年齢だし、同胞を失っているのだから穏やかでいれるわけがないので大して気にしていなかったが、なるほど、内心では多大な感謝をしていてくれていたというわけか。しかし、それを素直に伝えてくるとは。どういう風の吹き回しだろう。もしかして、

「え?何、遺言?」

クラピカに殴られた。





***





「言わなければ良かった」

「ごめんって……」

「偶に素直になってみればこれだ」

「いや本当すいません……」

「……座っててくれ。チェックインしてくる」

怒り心頭なクラピカに平謝りしているうちにホテルについた。クラピカの言葉に甘えて受付を任せ、フロント横にあるソファに座った。
クラピカもハンター試験を通して色々思うところがあったんだろう。友人も出来たようだし、尖ってたところが丸くなったのは良いことだ。それを茶化してしまったことは本当申し訳ないと思う。

5年前、幻影旅団に襲われたクルタの村を発見したのが私だった。まさか漫画の中でこんな重大な出来事の第一発見者になるとは思わなかった。本当は幻影旅団に襲われる前に訪れたくて探していたのだけれど。
村にある家々を回って念のため生存者を探していた時に見つけた見覚えのあるメッセージを見たときは頭が痛かった。
すぐに信頼のおけるハンター数人に連絡して、クルタ族滅亡を公表すると同時に村周辺の山ごと買取り警備を配置して部外者の立ち入りを禁じた。それから、襲われた状態の記録をとり、民族文化に詳しいハンターと連絡をとって、既に失われてしまったクルタの文化の保護を手配していた頃に、警備を掻い潜り村に侵入してきた少年がいた。身に着けていた民族衣装と、何より煌々とした緋色の瞳が少年をクルタ族であることを訴えかけていた。もしかして彼がクラピカだろうか、と考える間もなく少年は警備員達を掻い潜ってこちらに向かってきていた。即座に捕らえる。その小さな身体とは不釣合いな力で抵抗された。腕を拘束し力付くで押さえ込む。

『はじめまして』

クルタ語で話しかけた私に、少年は大きく目を見開いた。同時に抵抗が止まる。

『手荒な真似をしてすみません。私は瑞樹といいます。君にお願いがあります』

先ほどまでの抵抗が嘘のように少年の身体から力が抜け無防備になる。

『これ以上クルタが失われるのは避けたいのです。協力してくれませんか?』

少年を抑えていた手を離し、その瞳を覗き込んだ。

『君の名前を教えてください』

『………………クラピカ』

たっぷりと間を空けて教えられた名前はやはり思っていた通りのものだった。

『クラピカ』

確かめるように名前を呼ぶと、緋色の瞳がゆれた。

『生きていてくれてありがとう』

ゆっくりと抱きしめたクラピカから小さな嗚咽がもれだした。



「瑞樹」

目の前に成長した少年、クラピカがいた。

「チェックインは済ませた。部屋に行こう」

「うん」

クラピカと一緒にエレベーターに乗り込む。
エレベータ床のふかふか絨毯を踏みしめる。やっぱり高級なホテルは良い。

「何階の部屋?」

「5階だ」

5のボタンを押すとエレベーターのドアが閉まった。

「チェックインありがと。私の部屋の鍵ちょうだい」

「……鍵はひとつしかない」

「へ?」

「他に空きがなかったらしい。部屋は1つだ」

「ツインかぁ」

「いやダブルだ」

「……え?」

チーンとエレベーターが到着を告げた。

2017.06.29
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