君との約束3 刻印


枢木スザクは私の従兄弟で幼馴染みで許嫁で、大切な人だった。

「お前は俺のお嫁さんになるんだからな」

それが幼い頃のスザクの口癖だった。
お嫁さんになるんだから俺と一緒に行動しろと私の腕を掴んで引っ張り、あっちこっちに連れ回した。
枢木神社をくまなく散策し、枢木家の土蔵を秘密基地にしたり、屋根裏部屋で内緒話したり、敷地内にある山や畑を駆け回り、時には木に登って景色を楽しんだ。

スザクの親である枢木玄武叔父さんと私の親である皇の母親は姉弟だったから、物心つく前からお互いの事を知っていた。
親同士が半ば冗談で決めた婚約は本人達はまんざらでもなく、私はスザクと過ごす日々が楽しくて大切だった。
いつまでもそんな日常が続いて、そうしてスザクの言葉通り私はスザクのお嫁さんになれたらどんなに幸せだろうかと思っていた。

それは今だって変わらない。






「スザク、久しぶり。8年ぶり、かな。私の事、覚えてる?」

「──────────桜」

久しぶりに会ったスザクは、当たり前だが記憶にある姿よりも大きく成長していた。
私の方が高かった背丈は優に追い越されて、袖口から見える腕は筋肉がついて太く力強そうだった。
私の名を呼んだその声も低く男性の声をしている。

ただその栗色のあっちこっちに跳ねた髪やその瞳の綺麗な青葉の色はあの時と変わらないままだった。

「…………桜、本当に?」

「うん、スザク。覚えててくれて嬉しい。私ずっと─────」

その続きの言葉は出てこなかった。
口を塞がれたからだ。スザクの胸板によって。

押し付けられた胸板から視線を上げる。
すぐ側にはスザクの首筋が見える。
私の背中にはスザクの手がまわっていて肩にはスザクの顔があった。

私は今スザクに抱きしめられている。

「桜、桜……っ。よかった、いきて、生きていたんだね…………!」

ぎゅぅっと痛いくらいに抱きしめられて少し息が苦しい。
昔から力は強かったけど成長して男の身体になったその腕からは記憶よりもずっと強い力で私を捕らえている。
耳元で聞こえるスザクの声が震えている事に気付いた。

「スザク、…………泣いてるの?」

力強い腕が緩んでゆっくりと身体を離され、肩にあったスザクの顔が見える。
その瞳には涙が溜まっていた。

「ずっと、死んだと思ってた。もう二度と、会えないんだと」

「…………勝手に殺さないで。この通りピンピンしてる」

「うん……!」

再び力強く抱きしめられて。
今度はその温もりをしっかりと実感するために私からもスザクの背中に手を回した。

「ただいま、スザク」






「保護?」

「そう。私持病の治療でブリタニアに渡ったでしょ?けど治療が終わってすぐに戦争始まって日本に帰れなくなっちゃったの。それからずっとブリタニア軍に保護されて。っていっても殆ど軟禁状態で外に出たり誰かと連絡とったりは一切出来なかったんだけど」

「そっか。それで皇家も」

「うん。死んだと思ったんだと思う。だけどユリアナ皇女が副総督になるにあたって私もブリタニア本国から連れて来られたの。それからずっと外出したいってお願いしてて」

「それで僕と一緒に学校へ?」

「スザクは今ブリタニア軍人なんでしょ?軍人と一緒ならいいだろうって事になったの。だからスザクは私と一緒に登下校するんだよ 」

「嬉しそうだね」

「そりゃあだって、限定されてるとはいえ外に出られるんだし。なによりスザクと一緒なんだから嬉しいに決まってるでしょ?スザクは嬉しくないの?」

「まさか!嬉しいよ。また桜と一緒にいられて」

私が生活している部屋のソファに腰掛けて久しぶりに談笑する。
8年間離れ離れになっていた間にあったお互いの事情を話し合った。
と言っても軟禁状態だった私は特に話すことがなくて、殆どスザクの8年間の話ばかり根掘り葉掘り聞いていた。
特に私がブリタニアに渡って暫く後から戦争まで枢木家にいたというブリタニアのルルーシュ皇子とナナリー皇女の話は詳しく聞いた。
スザクも2人の事が本当に好きらしく楽しそうに話してくれた。

「ねぇスザク。明日は一緒に制服とか買いに行けるんでしょ?」

「あ、うん。むしろ一緒に行けって言われてるから。護衛も兼ねて」

「護衛?スザクが?」

「駄目?僕じゃ力不足かな?」

「まさか!嬉しい。旦那様になる前にナイト様になってくれる訳ね」

「…………旦那様」

スザクが私の言葉を復唱する。
そのスザクにはっと我に返る。

「あ、ごめん。昔の、ノリでなんか。あんな親同士が決めた話、もう無効だよね。その、スザクは今、好きな人とか、付き合ってる人とかいるの?」

「…………ううん。いないよ、桜」

スザクがそっと私の手を握る。
それが本当に騎士が主にするみたいに優しくおずおずと控えめに握るから、ぎゅっと胸が苦しくなりそうだった。

「桜、今でも僕のお嫁さんになってくれるの?父さんも死んで、桜の両親も亡くなって、その上僕は今ブリタニア軍人なのに」

控えめに握られたスザクの手を強く握り返す。

「そんなの関係無い!私将来はスザクしか考えてないし軍人とかどうだっていいの!」

怒って言い返すとスザクは目を見開いて、それから瞳にまた涙を浮かべて頷いた

「…………うん。僕も、桜としか考えてない」

スザクがまた私を抱きしめた。






***






「良かったよ、仲睦まじいみたいで」

「…………は、」

「なんだよ。『久しぶりに会うから忘れられてたらどうしようかと思ったけど、杞憂だったし婚約も有効だった』て皇桜からは聞いてるぞ」

「あ、はい。それは……。」

少し頬を染めて恥ずかしそうに目をそらす枢木スザクは年相応の少年の表情をしていた。

私に引っ張られて執務室に入り、デスクに座っている私の前に居心地悪そうに跪いているこの名誉ブリタニア人は、今の表情からはとてもランスロットをいきなりフルスロットルで動かしたデバイサーには見えない。

「あの、ユリアナ殿下。どうして桜はブリタニアに保護をして頂いているんですか」

「保護された詳しい経緯は私も知らん。ただ私がこのエリアの副総督になるにあたって皇帝陛下から秘密裏に預かったんだ。エリア11統治にあたって何か役に立つだろうとな。実際アイツは大いに役に立った。皇コンツェルとの交渉にな」

「皇コンツェルと?」

「お前も親族なら知ってるだろう。皇コンツェルは日本で最大の財閥だ。その力はブリタニアが統治している今も健在だ。桐原産業と共にこの国のサクラダイトの採掘を一手を担っていると言っても良い。つまり皇コンツェルに対して優位的に交渉出来たのなら、サクラダイトを優先的に手に入れる事も可能という訳だ」

「殿下、それは…………」

枢木が言いかけて、言葉を濁した。
濁した言葉の先をこちらから代弁する。

「そうだ。桜を人質に皇と交渉したと言うことだ」

ぐっと細められた目で見上げられる。
先程までのしおらしさは何処へやら随分と反抗的な目だった。

「なんだ。文句でもあるのか」

「いえ、そんな事は」

「ま、私も褒められた手段ではない事は分かっている。ただ私が副総督就任時、このエリアの大きな問題は財政面でな。恥ずかしい話だがクロヴィス兄様の手によって予算の殆どを本国から移住してきた貴族達や文化的な公共事業の為に使われていた。杜撰だったゲットーやイレブン達の統治をやり直す為には金が必要だったんだよ。笑いたきゃ笑え」

「そんな、自分は……」

視線を逸らし、俯いてしまった枢木は文句を言う事はない。
当たり前だ。ただの、しかも名誉ブリタニア人の軍人が皇女殿下の政策に文句を言おうものなら不敬も甚だしい。
そんな事をしてどんな処罰が待っているか想像出来ない程枢木も馬鹿じゃない。

「とはいえ私はもう副総督じゃない。皇桜は皇帝陛下から秘密裏に引き渡されたからコーネリアやユーフェミアは知らない。金を浪費するクロヴィス兄様もいない。あの娘も少し位自由になっても良いだろう。学校に行ったっていいし散々会いたがっていた許嫁に会ったっていい。アイツは自分の妹にも会いたがっていたが、何よりお前に会いたがっていたぞ。お前が軍に入ったと知ったら尚更な。散々ごねられた。宥めるのに苦労したよ」

「それは、…………ご面倒をおかけしました」

皇桜がごねる様子が想像出来るのか、気まずそうに目をそらす。
さっきから視線が全然合わないなコイツ。

「ま、そういう訳だ。お前との通学は財政面で助けて貰ったアイツに対する礼みたいなもんだ。監視と言ったが、別に四六時中一緒にいろと言う訳ではない。学年も違うしな。特派の仕事に差し支えない範囲で登下校とクラブ活動を一緒にして、アイツの学校での様子を偶に報告してくれたらいい。それ以外はお前もアイツも自由だ。それから」

デスクの近くにある小金庫を開ける。
中からクレジットカードを一枚取り出し、枢木にほおり投げる。

「明日制服なんかを買いに行くんだろう。支払いはコレでしろ。アイツとお前2人分な」

「え、でも、コレは殿下のカードではないのですか……?」

枢木は投げられたクレジットカードを優に受け取りはしたが、宝石でも扱うように両の掌の上に大事そうに乗せている。

「お前が学校に行くのは私の指示だ。必要経費は私が払うのが当然だろう。それに、あの皇の娘はかなりの浪費家だからな。軍の経費で出そうものならコーネリア総督にアイツの存在が知れかねない。よろしく頼んだぞ枢木」






***






スザクと学校に行ける。

ベッドに寝転がって、信じがたいその事実に頬が緩む。
ブリタニアに保護されてから勉強はずっと家庭教師だったし、必要時以外で宮廷の敷地から出る事は特に禁止されていた。

だから、今の状況が信じられない。

ぼふっと枕に顔をうずくめる。

「んふふ、ふふふふふ」

端から見たら奇妙なのは分かっていたがこみ上げてくる笑いが止められない。

ずっと、ずっとスザクに会いたかった。
スザクに会う事だけを心の支えに生きていた。
もう会えないんじゃないかと、私だって何度も思った。
それでも、また会えた。
それも会えただけではなく、これから一緒にいられるのだ。
スザクとまた一緒に過ごせる。
それが嬉しくてたまらなかった。

ピーーーーピーーーー

無粋な呼び出し音に意識が引き戻される。

鳴り響いてるモニターを睨み付ける。
数秒間待ってみたが、音が鳴り止む気配は無く、諦めて身体を起こす。
抱きしめていた枕を壁に投げつけてベッドの隣にあるデスクのモニターを付ける。

「…………なに」

『あれ?随分と不機嫌だね』

「別に。何か用、VV」

モニターに表示された淡いクリーム色の髪をした幼い少年を睨み付けるが、相手は気にしたようもなく飄々としている。

『学校、明日からだろう?』

「そうだよ。明日に備えて早く寝たいから用件なら簡潔にして」

『冷たいな。浮き足立ってるのかと思ったんだけど。目的、忘れないでよね、SS』

「…………分かってる。CCを見つけ出して連れ戻す。コードを持ってる私ならギアスも効かないしCCに気付きやすい。ゼロは学生だって情報もあるし、顔の知られてない私なら潜入捜査しやすい。その為のユリアナじゃなくて私なんだから」

『ああ。頼んだよ、SS』

VVは何が楽しいのか、笑いながら目を細めた。

SS。それが私のブリタニアでの名前だった。
いや、正確にはギアス饗団での。
着ていたシャツのボタンを胸元まで開ける。
胸の膨らみの谷間には忌まわしいギアスの赤い刻印があった。

VVとの通信を切る。
ベッドに再度倒れ込む。
先程まであんなに浮き足立っていたのに気分は今やどん底だった。

「……玄武叔父さん、やっぱり私じゃ貴方の意志を継ぐには力不足ですよ」

返事は無かった。

2019.09.25
拍手