◆   ◆

 柚宇ちゃんが、なにかとんでもないことを言った気がする。手をにぎられたまま、私は呆然と親友の顔を見つめる。
「やっぱりだめ……?」
「え――あ――その、えっと」
 しょんぼりとする柚宇ちゃんを見て、なにか返事をしなければと思ったけれど、混乱を極めている私は要領をえない言葉をつむぐばかりだった。
「え、えと、柚宇ちゃん、いま、なんていった?」
「続きしてもいい? って言ったよ」
 ――つづき。続き。一文字ずつ確認するように言葉をのみこんで、かっと全身の血が沸騰するのがわかった。
「ねえ園希、お願い、続きしよ?」
 私の手をにぎる力がきゅ、と強くなって、柚宇ちゃんが顔を寄せてくる。いつもやわらかな目つきをしているのに、いまだけは私を溶かそうとするかのようにひどく熱っぽかった。
「園希、すき……」
 うわごとのように言うなり、やわらかな唇が押しつけられる。マシュマロのような感触をした熱いそれが、なんどもなんども私の唇に触れる。そこから熱がうつるようだった。頭の芯がじんとして、くらくらする。
「ゆ、ゆうちゃ――」
 口づけの隙をみはからってかけた声は、唇よりもっともっと熱いものでふさがれてしまった。
「――……!」
 熱くて、なんだかぐにぐにと動く弾力のあるものが、私の口の中をまさぐる。逃げまどう私の舌をおいかけるのもまた、おなじ舌だった。どうしたらいいのかわからない私にはおかまいなしで、柚宇ちゃんの舌は好き勝手に動く。ゆっくりと円を描くように舌をなぞられ、そうかと思えば並んだ歯をたしかめるようにたどる。
 上手く息ができなくて苦しい。喉の奥でうめいて柚宇ちゃんを押し返すと、ようやく深いキスから解放された。
「はッ――はあ――」
「園希、ちゃんと息吸わないとくるしいよ」
「そん、なこと――いわれて、も――」
 まさしく息も絶え絶えだ。ぐったりとソファに身体をあずけて呼吸を整える。頭の先からつま先まで気だるくて熱い。心臓はずっと駆け足をしたままだ。
「うんうん、これから一緒に覚えていこうね」
 ちゅ、と触れるだけのキスが額に落ちる。「柚宇ちゃん」と目を開けたところで――リビングの扉にもたれて立っている太刀川さんが、目に飛びこんできた。
「――!?」
 声にならない叫び声をあげて、ソファの上で後ずさる。どうしているの? いなくなったんじゃなかったの? いやでもここは太刀川さんの部屋だというし、それよりわたしはどうして――。怒涛のように押し寄せる思考で頭が真っ白になる。唇をわななかせると、気づいた柚宇ちゃんが後ろを振り返った。
「ああ、太刀川さんのことは気にしなくていいよ〜。園希には指一本さわらせないから。ね?」
「そ――」
 ――そういう問題じゃない! そう返したいのに、喉も舌も唇も機能を停止している。太刀川さんはじっと私のほうを見つめて目をそらさない。最初に向けられた、値踏みをするような目つき。いまのキスを見られていたのかと思うと、はずかしくて死んでしまいそうだった。
「――え、あ、やっ、まって、ゆうちゃん!」
 羞恥心にさいなまれていた隙に、キャミソールの裾から柚宇ちゃんの手が侵入していた。くすぐったさをこらえながら、あわてて阻止する。
「た、たちっかわさん、たちかわさんっ、いるっ」
「見てるだけだから大丈夫だってー」
「そんな――あっ」
 はい上がるのを止められた手に脇腹をなでられて、身をよじる。指先がすすすと動くたびに、身体がはねて呼吸が切れる。
「くすぐった、だめ、ゆうちゃん――」
 ぞわぞわとしたこそばゆさは、そこから腰や背筋へ電流のように流れてゆく。
 甘ったるい痺れに力が抜け、抵抗が弱くなったのを柚宇ちゃんは見逃さなかった。やわらかい女の子の手のひらは、脇腹から肋骨をなでるようにしながら、あっという間に私の胸までたどりつく。
「ふふふ、園希のおっぱ〜い」
 ホックがはずされたままだったブラジャーを押し上げて、柚宇ちゃんの手が私の胸をつつんだ。
「だめ、ゆうちゃん、だめ――あっ」
 形をたしかめるようにうごめいていた指先が、おもむろに先端を引っかいた。そこからびり、とした刺激が走って、身体がふるえる。
「気持ちいい? 園希」
 吐息まじりに耳元でささやかれれて、全身を鳥肌がおおう。
「みみ、だめ、だめ」
「そっかあ。園希は耳が弱いんだねー。かわいー」
「ひぁ――」
 ふう、と息を吹きこまれて、ひっくり返った声があがる。
「やだ、だめ、ゆうちゃん」
 耳のなかへ息を吹きかけられるたびに、ぞくぞくとしたものが背筋を駆けぬける。それだけでなく、柚宇ちゃんの手は私の胸の飾りをつねったりはじいたりなでたりする。あちらこちらから与えられる刺激に、もう、わけがわからなかった。
「あ、あ、やだ、やだ」
 ぬるりとしたものが耳の中をなめて、私はほとんど泣きながら身体をふるわせた。
「――国近。園希チャン半泣きだぞ。ちょっとやりすぎじゃないか?」
 いよいよ泣く寸前まで追いつめられた私を救ったのは、思いもよらない声だった。
 私の親友にストップをかけた太刀川さんは、笑っているような、そうでないような、私にはよくわからない表情だった。人となりを知らないから、なにを考えているのかわからないだろう。
 身を起こした柚宇ちゃんは、不機嫌そうに答える。
「……太刀川さんはだまってて」
「だってかわいそうだろ。処女なんだろ、園希チャン。もうちょっとやさしくしてやれよ」
「――……!」
 太刀川さんの言葉に、涙が引っ込み体温が上がる。
 ――なんで、会ったばかりのよく知らない男の人に処女と言われなければいけないのか。たしかにその通りだけれど、あまりにもためらいなく言い切られて、心に引っかき傷をつけられたような気持ちになる。
 経験豊富な女の子もたくさんいるだろうけれど、普通に生まれて普通に育って今にいたる私には、処女をあげるような相手も機会もなかったのだ。「したことがない」ことのなにがいけないのだ。
「なに言ってるの太刀川さん、私が園希にやさしくないわけないもん。ね、園希!」
「う、うん、柚宇ちゃんはやさしいよ」
 めくれ上がったキャミソールの裾をさりげなくもどしながら、うなずく。
「ほらねー!」
 太刀川さんのほうを振り返って、柚宇ちゃんが自慢気に胸を張る。こういう子供っぽいところが柚宇ちゃんのかわいいところだと思う。
「だーかーらー」
「……え?」
 また、柚宇ちゃんが私に覆いかぶさる。いやな予感がする。私の目をしっかりととらえるその瞳の奥は、まだずくずくとした熱がくすぶっているようだった。
 いやな予感がする。いや――これはもう、いやな「確信」だ。
「園希はあ、なーんにもこわがらなくて、いいからねえ」
 にっこりと、うっとりと微笑んで、柚宇ちゃんの手が――私のスカートをめくった。
「ちょっ、柚宇ちゃん!」
「うんとやさしくするからね、園希」
「待って、まってそこはだめ……!」
 今日の服装を後悔してもあまりに遅い。簡単にめくれてしまうスカートは、当然簡単に下着を見せてしまう。柚宇ちゃんの手はあっさりと私のショーツにたどり着き、布の上から恥骨をなでた。
 だれにもさわらせたことのない場所をまさぐられて、恥ずかしさに息もできない。
「おねがい、おねがいゆうちゃん、やめて」
 懇願した声は、自分でもわかるほど追いつめられていた。だって、だって――こわい。簡単に見抜かれてしまうくらいわかりやすく、私は「処女」なのだから。
「……どうして?」
 柚宇ちゃんが悲しそうな声でたずねた。
「私とえっちなことするの、いや?」
 私よりも泣きそうな顔を浮かべる柚宇ちゃんに、ちがう、ちがうと首を振る。
「こわい、の――」
 ――口にしたらもう、だめだった。目尻から涙がこぼれる。鼻をすするたびに、情けなさや恥ずかしさや申し訳なさやおそろしさ、さまざまな感情が混ざりあっていき、涙に変わる。
「――園希〜! ごめんね〜!」
「っわ……!」
 べそべそと泣いていると、体当たりするように柚宇ちゃんが抱きついてきた。涙で湿る頬に、ぬれた目尻に、何度も何度も口付けられる。
「私があせりすぎたよ、ごめんね、次はもっとゆっくりやるから、ゆるして〜泣かないで〜!」
「わかった、わかったから柚宇ちゃん、ちょっとどいて……!」
 いくら柚宇ちゃんがやわらかな女の子だとしても、力いっぱいに抱きしめられては苦しい。どうにか手を背中に回して、なだめるようにさする。
「……わたしのこと、きらいになってない?」
 私の首すじに顔をうずめながら、柚宇ちゃんが尋ねた。その声は涙がにじんでいて、私の肩から力が抜ける。
「嫌いになんて、ならないよ。柚宇ちゃんのほうこそ、私のこと、嫌いになってない?」
 こわいからと、泣きだすような意気地なしだ。がっかりされていてもおかしくはない。
「嫌いになるわけないよ! 私が園希のこと嫌いになるなんて、絶対絶対、ぜーったいないよ!」
 ようやく顔を上げた柚宇ちゃんが、力いっぱい否定する。親友の女の子の顔も涙にぬれていて、二人目を合わせて、おもわず笑ってしまった。
「よかった〜」
「うん、私も」
「大好き園希〜」
「あたしも大好きだよ、柚宇ちゃん」
 お互いにお互いを確かめるように、抱きしめ合う。布ごしに伝わってくる体温が、強張っていた身体をじんわりとほぐしていく。
 とんでもないことになりかけていた気がするけれど、今は深く考えないでおくことにする。柚宇ちゃんがいつもの柚宇ちゃんに戻っているのだから、今はこれでいいのだ。――多分。
「結局最後まではしねーの? これで終わりか?」
 ほっと一息つこうとした、まさにその瞬間、鼓膜を震わせた男の人の声に私の身体は再び硬直した。
 私と柚宇ちゃんが二人で抱き合っているソファ。ソファがあるリビング。リビングへ出入りをするためのドア。ドアの前に立つ――男の人。
 太刀川さんは、私と目を合わせてにやりと笑った。


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