◆   ◆

 親友だと思っていた同性の子に突然ファーストキスを奪われてしまった。そんなときは、一体どうしたらいいのだろう。
「え、え――え」
「園希、顔真っ赤だよ。かわいい〜」
 押しつけていた唇をはなしたばかりの柚宇ちゃんは、動揺と戸惑いで軽いパニックに陥ってる私をよそに、にこにこ笑っている。ふにふにとした唇のやわらかさを知るのはこれがはじめてで、まだその感触が残っている気がした。
 親友だと思っていた同性の子に突然ファーストキスを奪われてしまった場合は、一体どうしたらいいのだろう。どうするのが正解なのだろう。誰かに教えてほしかった。

 三連休の一日目の土曜日。ボーダーに所属して、毎日いそがしそうにしている柚宇ちゃんがたまたま休みだと言うから、ひさしぶりに外出したのが今朝のはじまりだった。
 午前中から出かけて、ずっと行きたかったカフェでランチセットを頼んだ。それぞれ違うデザートを頼んで一口ずつ交換したのは、私たちのあいだではもう、約束ごとのように自然な流れになっている。
 柚宇ちゃんと外食をするときは、いつもメニューが被らないようにして、一口ずつ分けあう。それはほとんど暗黙の了解のようになり、私たちをつないでいるのだ。
 デザートまで食べてお腹がいっぱいになったあとは、ショッピングモールに行って雑貨を見たり、靴下を買ったり、お互いに似合いそうな服を選んで試着をしてみたりした。結局買うことはしなかったけれど、柚宇ちゃんが選んでくれたワンピースは、自分じゃ手に取ることはないようなデザインで、とても新鮮な気持ちになったのを覚えている。
 それから、歩きつかれたからとまたカフェに入って、紅茶を飲んで、ケーキをつついて、いっぱいいっぱいおしゃべりをした。学校でも顔を合わせているけれど、柚宇ちゃんとはいくら口を動かしても話題がつきることがなくて、とっても楽しかった。
 ――いつもなら、いつも通りのそれでおしまいだったはずなのに。
「ゆ、ゆう、柚宇ちゃん」
「うん? なに?」
 二人並んで座るソファの上、半分迫るような勢いで上半身をよせてくる親友を制するように、名前を呼ぶ。
「え、えと」
 だめだった。頭は混乱したままで、ちっとも思考がまとまらない。はじめて唇に感じたやわらかさが残っていて、はずかしいのと、戸惑いと、疑問と、とにかくいろいろな感情が一緒くたになって、ぐつぐつ煮込まれている。
 顔が、焼けているように熱い。一体、どうしてこうなってしまったのだろう。ここに来るまでは、なにもおかしなことはなかったのに――。
「あ、そ、そうだよ」
 わたしはハッとして、ソファの隣にすわって身を寄せてくる柚宇ちゃんをやんわりと止める。そう、いつもと同じお出かけ、いつもと同じおしゃべりの中で、この場所だけが、いつもと違うものだった。
「あ、会わせたいひと、って、だれ?」
 広がっていくなんだかあやしい空気を濁すように、苦しまぎれにたずねた私に、彼女はぱちりとまばたきをした。

 会わせたい人がいる、と柚宇ちゃんが言い出したのは、休憩で入ったカフェを出てすぐのことだった。解散するにはまだ早く、名残惜しく感じる夕方の時間で、私はもうちょっとお店でも見て回りたいなと考えていた。久しぶりに遊んだものだから、楽しくてうれしくて、さよならをするのがさびしかったのだ。
 どうしよっか、と目的地もなくとりあえず歩き出してすぐ、ぴたりと立ち止まった柚宇ちゃんは「会わせたい人がいるんだ。ボーダーの人なんだけど」と口を開いた。
 少し人見知りの気があるわたしは、渋るような顔をしたのだと思う。柚宇ちゃんは、しょんぼりしたように「……ダメ?」と上目遣いにたずねた。本当は気が重かったけれど、そんな顔をされては断ることもできなくて「いいよ」とうなずいたのが、たぶん一時間ほど前のことだった。
 ぱっと表情を明るくした柚宇ちゃんは、よろこんで私の手をにぎり、そうして恋人のようにつないだまま連れて来られたのが、このマンションだった。
 柚宇ちゃんの家ではない。そもそも方向がちがう。私が来たこともない、住宅街の一角だった。オートロックの玄関に、外から見ただけでもわかるどっしりとした作りのそれは、相応のお家賃がするだろうことが私にもわかった。
 ここはどこ、と困惑する私をよそに、柚宇ちゃんは慣れた手つきでオートロックの自動ドアを開き、エレベーターのボタンを押した。そのあいだも手はつながれたままで、知らない場所へ連れて来られた私の手のひらは、緊張でうっすらと汗ばんでいたと思う。
 たどり着いた五階の角部屋の、重たそうな鉄の扉を開けながら「ただいま〜」と柚宇ちゃんはごく自然にこの部屋と入りこんだ。玄関には靴がたくさん転がっていて、その中に、男性用の大きなサンダルやスニーカーを見つけて、私はますます混乱したのだ。
 柚宇ちゃんは知りつくしている、私の知らない部屋。そこにある、男の人の靴。完成図を見せられないまま、バラバラになったパズルのピースを渡されたような、そんな気持ちになっていた。
 散らばる靴たちを半分踏みつけながら上がりこんだ柚宇ちゃんは、立ちつくしていた私に気がついて、短い廊下の途中で振り返った。どうしたの? と不思議そうに首を傾げられて、それがあまりにも普段通りだったから、上がってと言われるままにパンプスを脱いで、ひんやりとしたフローリングに足を踏み込んでいた。
 それから通されたのは、大きなテレビと大きなソファ、大きなテーブルがある雑然と散らかったリビングだった。
 テレビの前には色んなテレビゲーム機が広げられていて(間違いなくて柚宇ちゃんのものだろう)コードが複雑に絡まり、その隙間にはDVDが積まれていた。
 テーブルの上も、空っぽになったペットボトルが数本と、使ったままと思われるグラスがいくつか、よくポストに入れられるデリバリーのチラシにと、スペースをあますことなくとにかくいろいろなものが置かれていた。
 ソファには、大きめのクッションから、アニメかゲームのキャラクターと思われるぬいぐるみ、部屋着――男性ものの、大きなスウェット――が、背もたれにかかっていた。
 座って待ってて、と言って、リビングから見えるカウンターキッチンへ身を翻した柚宇ちゃんは、やっぱり慣れた手つきで冷蔵庫からオレンジジュースを取り出して、ふるまってくれた。
 戸惑ったままソファにも座れずに立ちつくしていた私の腕を柚宇ちゃんが引っ張って、クッションがやわらかなそこに沈められて、グラスを渡されて、緊張で喉がかわいていたことに気がついたら、一息にオレンジジュースの三分の二を飲み干していて。はあ、と息をついて、乱雑に重なったチラシを少しだけよけて作ったスペースにグラスを置いたところで、柚宇ちゃんが私をじっと見ていたことに気がついた。なんだかはずかしくなって、はにかみながら「なに? 柚宇ちゃん――」と名前を呼んだのと、丸みをおびた手のひらが私の頬を包むのはほとんど同時で、その次の瞬間には、もっとやわらかなものが唇に押しつけられていた。
 そして、今に、至る。
「ねえ、柚宇ちゃん、ここ、どこ」
「大丈夫だから、心配しないでよ〜。会わせたい人っていうのはね、私のいる部隊の人だから」
「柚宇ちゃんの、ぶたい?」
 親指で、私のほっぺたを撫でた柚宇ちゃんが「うん」と頷く。
「私、ボーダーの太刀川隊でオペレーターをやってるんだけどね、この部屋は、その隊長の太刀川さんが借りてる部屋。太刀川さんにしょっちゅう園希の話してたら興味持っちゃったみたいで、会わせろ会わせろってうるさくってさ〜」
「あ、そうなんだ……」
 だから、玄関に男物の履物があったのか、と納得する。柚宇ちゃんが勝手知ったるような振る舞いをするのも、なんてことはない。隊長さんの部屋へしょっちゅう遊びに来ているからなのだろう。
「仲良いって、言ってたもんね」
 柚宇ちゃんから、時々ボーダーのお仕事について話を聞いてはいた。タチカワさん、という人が隊長で、一学年下のイズミくん、さらにその一学年下のユイガくんという子たちと一緒に防衛をしているのだという。私が名前を覚えているくらいには話を効いているのだから、同じように部隊仲間へ私の話をしていてもおかしくはない。
「太刀川さんたちとは仲良いけど、園希が一番仲良いよ! ほんとは、太刀川さんに会わせるのもいやだったんだから」
 ぷく、と頬をふくらませて、柚宇ちゃんが不満顔を作る。子供っぽい表情がかわいくて、思わず笑ってしまった。
「太刀川さん、戦うのは強いけど、勉強できないしちゃらんぽらんだしさ〜」
「そうなんだ」
「園希はかわいいし、会わせたら絶対襲っちゃうもん〜」
 そう言うと、柚宇ちゃんがわっとしがみついてきた。シャンプーか、香水が、柔軟剤のいいにおいが鼻をくすぐる。なだめるように頭を撫でてあげると、もぞりと動いて、
「だから、そうなる前に、園希のハジメテをもらっちゃおうと思ってるんだ〜」
 いつもと同じ、見なれたふにゃふにゃの笑顔を見せて、柚宇ちゃんはまた私にキスをした。――これで、二回目。言うなれば、セカンド・キス。ぎゅっと抱きつかれたまま、私の思考は再び機能停止に追い込まれる。
 ――ハジメテ、とは。ハジメテとは、一体。
「今日の園希の格好、かわいいよね〜。このスカート、新しいやつ?」
「え――あ、うん、先週買ったばっかりで、それで」
「今日私とお出かけするから着てくれたの? うれしい〜」
 少しだけスカートの裾がめくれてあらわになった太ももを、柚宇ちゃんの手のひらが撫でる。普通の会話と、施される行為がかけ離れすぎていて、現実感がない。顔がひどく熱くて、ぼうっとする。
「ねえ、園希」
「――なに、ゆうちゃん――」
 私の半身にぴったりと身体をくっつけながら、柚宇ちゃんが手をにぎってきた。やわらかな胸が、二の腕に押しつけられている。柚宇ちゃんのスキンシップには慣れっこで、普段ならなんとも思わないというのに、ドキドキと心臓の鼓動が速くなる。
「本当に嫌だったら、ちゃんと言ってね。私、園希が嫌がることはしたくないんだ。でもお願い。できたら、私が今からすること全部、受け入れて。――好き。好き、園希――」
 やわらかい柚宇ちゃんの唇が、かわいてかさかさになった私の唇へ押しつけられること、三回目。前開きのブラウスの裾からあたたかな手が滑りこんできて、働くことをやめた脳が「今からされること」を理解した。
「ま、待って、ゆうちゃ――」
 ブラウスの中へ侵入してきた柚宇ちゃんの手は、下に着ていたインナーのキャミソールをスカートから引っ張り出して、直に肌を触れてきた。ぺたりとわき腹に手のひらを押しつけられただけなのに、くすぐったくて身体がはねる。かわいい、と耳元でくすくす笑われると、その吐息もやっぱりくすぐったくて身体が強張る。
「ねえ、待って、ゆうちゃん」
「ん〜、待ってもいいけど、あんまりゆっくりしてると太刀川さん来ちゃうからな〜」
「な、なら、やめようよ」
 ね? と同意を求めると、お腹の横にくっついていた手が後ろへ回り、そのまま這うように背筋を上へとたどっていく。待って、という私の制止の声が弱すぎるのか、ぷつり、とあっけなくブラのホックが外された。
「ゆ、ゆうちゃん、おねがい、まって」
 ほとんど涙声で懇願すると、撤退するように服の中から手が抜けていった。泣いたらきっと困らせてしまうから、必死でこらえる。なにもかもがいきなり過ぎて、完全に私の処理能力を超えている。普通にお出かけして、普通にご飯を食べて、普通にお買い物をしていたはずなのに。どうしてこんなことになってしまったのだろう。
「園希……」
 ぐずりと鼻をすすると、ふいに手をにぎられた。やわらかくてあったかくてまるい、女の子の手。潤む目をそっと隣へ向けると、涙を浮かべた柚宇ちゃんが、不安そうな顔で私を見ていた。
「ごめんね、いやだったよね、こんなことして。……で、でも、おねがい、わたしのこときらいにならないで……」
「ゆ、ゆうちゃ……!」
 ふるえた声であふれたように、ぼろぼろと柚宇ちゃんが泣き出してしまい、私はあわてて親友の女の子を抱きしめる。柚宇ちゃんほど豊かではない私の胸に顔をうずめたまま、園希、好き、となんども繰り返される。熱い涙がブラウスをしめらせていくのがわかって、私まで泣きたくなってくる。
「ごめん、ごめんね、ゆうちゃん――」
「なんで園希があやまるのぉ」
「ゆうちゃんをなかせたかったんじゃないの、ただ、わたし、こういうの、し、したことないから、こわくて」
 ごめんね、ともう一度口にすると、私ももうだめだった。下まぶたの淵から涙がこぼれ落ち、その後は決壊したように涙が流れだす。
「おねがい、ゆうちゃんも、わたしのこと、きらいにならないで――」
「――園希〜!」
 たっぷりと湿った声で懇願すると、がばりと身を起こした柚宇ちゃんが、私の上へ覆いかぶさってきた。ソファに押したおされたと思うと、涙でしょっぱくぬれた唇が、私の唇をふさいだ。
「ん――んん」
 熱くてぬるりとしたものが、口の中へ入りこんでくる。とっさに閉じようとした歯をこじあけたそれは、探るようにうごめいて、縮こまっていた私の舌先をつついた。初めての感覚と感触に戸惑った私の舌は奥へと引っ込もうとして、そうすると、その分だけ柚宇ちゃんの舌が深く潜り込んでくる。
 くらくらする。頭に血がのぼって、それなのに酸素は巡っていない。こらえるのも限界になり、柚宇ちゃんの服を引っ張ったところでようやく解放された。
「園希の口の中、オレンジジュースの味がした……」
 どこか夢見心地でぼうっとつぶやいた柚宇ちゃんも、私と同じくらいに息が上がっていた。ふう、と大きく息をつくと、再び私の上へ重なり「好き……」と甘い声でつぶやく。
「園希、好き……大好き」
「あたしも、柚宇ちゃんのこと、す、すき、だよ」
 なんども言っていた言葉のはずなのに、今でははずかしくて照れくさい。親友の女の子とこういうことをするのは、間違っているのかもしれないし、普通ではないのかもしれない。けれど、私はたしかに柚宇ちゃんのことが好きだし、傷つけたくないし泣いてほしくない。できる限りのことは受け入れて応えてあげたいと思う気持ちにもまた、嘘や偽りといったものは一切ないのだ。
「ねえ、園希……」
 ゆっくりと身を起こした柚宇ちゃんが、ゆるんだブラジャーでごわつく私の胸元に手をあてた。
「おねがい……してもいい?」
 火傷しそうな熱をたたえた、頼りない子犬の瞳が私を見つめる。私はいつだって柚宇ちゃんのこのすがってくるような顔に弱かった。
「……ひどいこと、しない?」
「うん、約束する! 園希が嫌がることは、絶対しない!」
「……本当の本当だよ? 指切り、だよ?」
 立てた右手の小指を持ち上げると、すぐに柚宇ちゃんの小指がからんだ。
「約束する! ありがとう園希〜! 大好き〜!」
 しょんぼりした顔が嘘のように、ぱっと明るさを取り戻した柚宇ちゃんが、ちゅっちゅっと顔中にキスを降らせる。唇はもちろん、涙がかわいてバリバリになりはじめた目尻や頬まで口付けられて、ひたすらにはずかしい。
 好き、好き、と訴えてくるようなキスを施しながら、柚宇ちゃんの手が前開きのブラウスのボタンを外していく。一つ一つ広げられていくたびに、私の秘密も暴かれていくようで、身体が熱くなった。学校の授業の体育で着替える時に下着姿を見たことがあるはずなのに「脱がされている」という状況に羞恥心が焚きつけられる。
 ボタンによるガードを取り払われて、あらわになったキャミソールの裾から、柚宇ちゃんの手がもぐりこむ。慣らすようにわき腹を撫でられると、くすぐったくて仕方がなかった。とがめるように名前を呼ぶと、いたずらっぽい手はするりと上へと進んでいき、肋骨の波を抜けて、胸の膨らみへとたどりついた。すでにゆるんでいたブラジャーを押しのけるようにして、柚宇ちゃんの手のひらが私の胸を包む。
 感触をたしかめるように、やわらかな膨らみに指がうまる。女の子同士のじゃれ合いで胸を揉み合うことはあったけれど、こうやって直に触られるのは初めてのことで、今までにないくらいに心臓が激しく鼓動している。このまま突き破って飛んでいってしまいそうな気さえした。
「園希のおっぱい、やわらか〜い。ね、私のも触って〜」
「えっ、えっ」 投げ出されていた私の手を拾うと、柚宇ちゃんはその豊かな膨らみへと押しつけてきた。
「どう? 私のおっぱい」
「えっ、えっと……や、やわらかい、よ。マシュマロみたいな……」
 戸惑いながら感じたことそのままを口にすると、柚宇ちゃんはうれしそうに笑顔を見せた。ふにゃふにゃの、ゆるんだ顔。私が一番好きな、柚宇ちゃんの笑顔。
「ふふふ〜。いっぱい気持ちよくなろうね、園希」
 ファーストキスを奪われてから、もう何度目になるかもわからない口付けをされて、私の胸を包んでいた柚宇ちゃんの手が動き出した。膨らみを下から上へ寄せるようにしながら、ゆっくりと円を描く。まるでマッサージをするような手つきで、初めての行為でも思っていたほどの恐怖感はなかった。瞼を閉じると、ついばむようなキスが目尻に降ってきた。その間も柚宇ちゃんの手は私の胸に甘い刺激を与え続けていて、膨らみを中心へ寄せるようにぎゅっとされると、唇の隙間から短い吐息がもれてしまった。
「ゆうちゃん……」
「ん〜? おっぱいきもちいい?」
「わかんない……」
「大丈夫、これからきもちよくなるからね〜」
 私を怖がらせないためか、柚宇ちゃんの手つきはどこまでもやさしい。私が息をもらすだび、額や頬に唇が落とされて、無言の「好き」を示してくる。女の子同士でエッチなことをしているはずなのに、背徳感も罪悪感も薄いのは、柚宇ちゃんが私へ与えてくる一つ一つに思いやりがこめられているからかもしれない。
 こういうことを許せるのは、相手が柚宇ちゃんだからなのだ。他の誰かだったら、ここまで受け入れることはできない。そう思うと、胸がきゅうっと苦しくなった。たまらず、あえぐようにつぶやきがこぼれる。
「ゆうちゃん……すき……」
「――私も大好き〜!」
 私の胸を包む手のひらに力がこめられたけれど、その苦しささえ甘く感じられた。唇があわさり、触れたら溶けそうな熱をはらんだ舌が、私の口内をまさぐる。逃げ出しそうになる舌を奮いたたせて、おずおずと絡めると、柚宇ちゃんが喜んだのが伝わってきた。与えられるばかりの一方通行ではないのだと知って、はずかしさからくるものとは違う、じんわりとした熱が全身に広がる。
「すき、園希」
「――んん」
 ぎこちない交感を交わしあって離れると、柚宇ちゃんの指先が胸の天辺にある尖りへと触れた。つつくように刺激されると、微弱な電気が流れるような、むずむずとした感じがする。
「ゆ、ゆうちゃ――」
「痛かったら、ちゃんと言ってね」
「――ひ、あ」
 言うがはやいか、きゅっと先端をつままれて、声が裏返った。一瞬、つねるように力をこめられて痛みが走ったけれど、すぐにゆるんで解放された。詰めていた息を吐くと、柚宇ちゃんの手のひらが胸を包みこんで、また円を描くように動き出す。押し上げるように寄せられたところで胸の飾りをつつかれると荒い息ばかりがもれる。未知の甘いしびれに、逃げ出そうと勝手に身体がよじれる。
「きもちいい? 園希」
「わ、わかんな――あ、ん、ゆうちゃあん……」
 きつくつねられて、じんじんとしているところを触られると、頭がおかしくなりそうでこわかった。目尻に涙が浮かんできて、泣いちゃだめだとわかっているのに、膨らみをゆっくりと揉みしだくやさしい手つきと、先端をきつくつまむひどい手つきの落差に、気丈さがぐずぐずと溶けていく。
「ゆ、ゆう、ゆうちゃん――」
「かわいい、園希、すっごくかわいい……」
「あ――や、ゆう――」 甘やかすささやきとは反対に意地悪くつねられて、胸の先端からしびれが走る。切れかけた蛍光灯がチカチカするように、思考も明滅する。ぽろりと、目尻からこぼれ落ちた涙がこめかみをつたっていった。
「う、う――」
「園希、ごめんね、痛かった? もうしないほうがいい?」
 すすり泣いた私に、柚宇ちゃんがあわてて涙をぬぐってくれた。違うのと、私は首をふる。痛かったわけではないのだ。柚宇ちゃんの気づかいがうれしくて、それなのに、気をつかわせていることが情けなかった。
「だいじょうぶ、いたくてないてるんじゃ、ないの」
「本当? 無理してない?」
「うん、ただ、じんじんして、びりびりして、それで……」
「じゃあ、続き、してもいい?」
 大丈夫だと言っているのに、眉尻を下げた心配そうな顔で、柚宇ちゃんがのぞき込んでくる。私は手の甲で涙をぬぐって、こくりとうなずいた。
「痛かったら、ちゃんと言ってね?」
「うん」
「でも、じんじんしたりびりびりしたりするのはきもちいい証拠だから、我慢してね」
「……うん」
 気持ちがいい証拠、と言われてもまだよくわからなかったけれど、私はとにかく言いつけを守る子供のように首を縦にふった。いつもは私のほうが柚宇ちゃんに言いつけを守らせる側だから、不思議な感じがする。
 柚宇ちゃんはリップノイズを立てたキスを落として、再び私の胸に手を這わせた。やさしくもんでいたと思ったら急に胸の尖りをつねられ、噛みころした悲鳴をもらすと、またやさしい手つきへと戻る。凪と大波を繰り返すような緩急差に翻弄されて、目尻からは涙が伝う。親指と人さし指に挟まれて突起をすられると、抑えきれない裏返った声がもれた。
「あ、ゆうちゃ、ゆうちゃん――」
「きもちいい? 園希」
「ひあ――、あ、や、みみ、だめ――」
 ふう、と耳へ息を吹きかけられると、ぞわぞわとしたものが頭の天辺からうなじ、背筋を通って腰まで一気に駆けぬける。びくびくと身体がふるえて、全身にあまいしびれが広がる。
「耳よわいんだね、きもちよくなってる園希、とってもかわいいよ」
「あ、だめ、ゆうちゃ、みみ――」
 耳たぶをかじりながら胸の尖りをつつかれて、ひときわ大きな声が上がった。――時、だった。
 二人の体温ですっかり熱くなった部屋の空気をかき混ぜるような、鈍く重たい音がガシャンと聞こえた。私はハッと息を詰め、柚宇ちゃんの手もぴたりと止まった。なにかどたどたとする音がしたと思ったら、それはすぐに足音――おそらく男の人の、重たくてはっきりとした歩み――へと変わり、私は一気に青ざめた。冷水を浴びせられたかのように、瞬時に身体中の火照りが冷えに変わる。
「ゆ、ゆうちゃ――」
「太刀川さんッ!」
「――お?」
 三者三様のまったく違う反応だというのに、声はそっくり同じタイミングで重なった。リビングの扉を無造作に開けたそこには、背が高くて顎にヒゲを生やした男の人が立っていて、柚宇ちゃんと私へ順に視線を向けた。
「もしかしなくても、お楽しみ中か?」
 ひょうひょうとした声が緊迫していた空気をびりびりに切り裂いて、柚宇ちゃんはバネ仕掛けのようにソファから飛び降りると、その男の人へと突撃していった。私はというと、まさぐられて衣服を乱した姿を見られたことにショックを受けて、柚宇ちゃんが「太刀川さん」の首を絞めているのを呆然と見ているだけだった。

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