またお逢いしましたね思えば昔からだった
「何でおまえここにいるんだ」
とある事情で地方へ引っ越した日、慣れない地に放り出された。母は既に仕事先を見つけていたようで、まさに追い出すように家から出された。19時まで帰ってくるなの言葉と共に。
とりあえず歩き回り、しばらくして見付けた公園に入る。遊具や広場では子供達が遊んでいた。何人か私に気付いていたが、ここは警戒心が強いらしい。よそ者と分かった瞬間顔をゆがめ、何事もなかったかのように遊び出す。ここにも、私の居場所はないようだった。
それでも、慣れない土地と数時間の運動という名の散策に体力的にも精神的にも疲れていた私は、その公園を離れることはなかった。時折振り返ってこちらの様子をうかがってくる(同年代だと思う)子供達がうっとうしかったが、行く当てがないので端にあったベンチに座り、ぼーっとしていた。
そして突然言われたのが冒頭の台詞である。
「・・・・・・・・・誰・・・?」
突然のことにビクリと肩を揺らし、振り返る。
そこには、坊主頭の男の子が立っていた。いつからここに立っていたのだろう。感情の読めない顔から発せられた台詞に返せた言葉はとても短いものだった。
いったい誰なのだろう。当然この街には初めて来たので知り合いなんていないし、前いたところの知り合いがここに来ているなんて話も聞いたことがない。彼とは初対面のはずだが、まるで前から私を知っているようだった。
私からの返事に、彼は何故か少し眉をひそめた。
「・・・覚えてないのか」
「え?今なんて?」
彼がぼそっと何かを呟いたが聞き取れなく、私は聞き返した。
「・・・なんでもない。ちょっと知り合いに似てたから間違えた。」
彼はすっと先ほど会った時のような表情をし、突然声をかけてわるかったと謝ってくれた。
「おまえ、名前は?」
「苗字」
「下は」
「・・・名前」
「・・・・・・年は」
「9才」
「・・・そうか」
答えてしまってから、何も知らない男の子に名前と年齢という個人情報を教えるのはまずかっただろうかと思ったが、何故かこの子なら大丈夫という変な確信で考えるのは止めてしまった。
その代わり、こちらからも同じ事を聞くことにした。
どうやら彼は尾形百之助という私と同い年の子で、彼もまた最近引っ越してきたばかりらしい。私より1ヶ月、この街の先輩だった。
妙な親近感を覚えた私は、ここに来て初めて好意的に話しかけられた喜びから彼に色々と質問をした。
あなたは何をしていたのか、好きな食べ物は、趣味は、といった軽いものや、前住んでいた場所は、家族は、あの子達と一緒に遊ばないの、など今にして思えば重たい質問まで。
おれはバアチャンの手伝いで買い物に行く途中だった、あんこう鍋が好き、趣味は射的、前はそこそこ都会に住んでたが、今はジイチャンバアチャンと3人で暮らしてる。おれもおまえと同じでよそ者だから無視されてるし、別にあんなやつらと仲良くしようとは思わない。
彼はきちんと答えてくれた。
無表情だった彼が、ちゃんと私と会話をしてくれるのが嬉しかった。
だから、ついあまり言い慣れない言葉もすらすらと言うことができた。
「わたしと友達になってほしい」と。
彼は少し間を置いて(考えていたのかもしれない)、「もちろん」と答えてくれた。
この街ではじめてできた友達である。
しばらく、2人で行動した。
1ヶ月の間に彼はいろんなところを散策したようで、私たちを不審な目で見てくる子供達から離れ、遊具はないが、町中にある空き地へ案内してくれた。移動するあいだ、彼はたくさんのことを教えてくれた。この街のことや、4月から私たちが通うことになる学校のこと、子供達のこと、そして彼の家庭事情まで。
私の家も大概であったので、彼の話を聞いてどうすればいいのか分からなくなることはなかったが、どうしてそこまで話してくれるのかは疑問に思った。
けど、案外単純な私はきっと自分と同じよそ者だから、そこそこ信頼してもらったのだと思い、特に追求することはく彼の話を聞いていた。
「おどろかないのか」
そう聞かれても、
「わたしも似たような感じだから」
としか答えられなかった。
彼はその言葉に少し悲しそうな顔をした。・・・・・・・・・・・・と思う。
空き地についてからは、彼がこの辺にいる昆虫や草花について教えてくれた。空き地には大きな桜の木が沢山あったり、小さな池、それを囲むかわいい草花があった。空き地は住宅と住宅の間にあったが、正面の入り口はロープが張って入れない様になっていた。けれど彼はためらうことなくロープをくぐって入っていった。もちろんついて行く。
子供なら元気に走り回るものなんだろうけど、彼も私もこうして静かに過ごすのが性に合っていた。
しばらく空き地をみてまわった。彼とは馬が合うらしい。百之助と呼び捨てする許可ももらうことができた。もちろん私も名前と呼ぶことを快諾した。
しかし、楽しい時間はそう続かない。彼はおばあちゃんからお使いを頼まれていたので、そろそろ帰るかという話になった。
少し淋しい気もしたが、彼のおばあちゃんを心配させる訳にはいかないのでその言葉に従うことにした。彼がおばあちゃんっこなのはすでに把握済みだ。一緒に暮らせているのがとても羨ましくなる。
ふと母のことを思い出し少し憂鬱になっていたら、その母からメールが届いた。(何かあっては困るということから携帯電話を持たされていた。)
−−−晩ご飯が用意できないから、どっかで食べてきて−−−
家を出る前に五千円を渡されていた。半年分のお小遣いだと。
そのお金で1人外食をしろということらしい。
今までもこういったことはあったのだが、いつもは母の"お友達"が一緒に連れて行ってくれるので、実は初めて1人で外食することになる。きっとこんな場所で連れ去りだとかは起こらないだろうと考えているのだろう。
とりあえず、子供ながらに感じた不安は頭の片隅に置いておくしかなく、食事に有り付くというミッションを最優先させなければならなくなった。
ケータイを見ながら少し険しい顔つきになった私を訝しみ、どうしたと声をかけてくれた。
「今日、お母さんがご飯作れないって」
「・・・外で食べろってことか?」
「うん」
「じょうしき的に考えておかしいだろ」
彼の言っていることはもっともである。けど、与えられないものはどうしようもない。
諦めきっている私を見て、百之助は名案だとばかりに「うちに来いよ」と言ってくれた。
「いいの?」
「子供が一人増えたくらいバアチャンなら大丈夫だと思う。ジイチャンも気にしない。それに、誰かいた方があんぜんだろ」
少し多めに買い出ししなきゃな、と言って歩き出す。
多少の戸惑い(いきなりだけど、とか。迷惑じゃないか、とか。)はあったが、私が断る選択肢を考えていない彼は、動かない私を振り返り、早く行くぞ。タイムセールが始まる。と言う。軟派な私はお世話になってしまおうと考え、頭の回転を正常に戻そうとしていた。それに伴い、固まっていた体ものろのろと動き出したが、百之助にとってはかなりの時間待ったような感覚、というか本当に急いでいたようで、私の手首を掴んでひっぱりだした。
その後買い物を済ませ、百之助と共に尾形家へと行く。おじいちゃんおばあちゃんはとても優しい人で、百之助が慕ってるのも理解できる。他人の私を快く受け入れてくれた3人と楽しい食事を済ませることができた。
知らぬ間に来ていた、もう帰って来てもよいという母からのメールも気付くのが遅れるぐらいに。
最後は百之助とおじいちゃんに家まで送ってもらい、(ものすごく名残惜しかったけど)母のいる自宅へと帰ってきた。
母はすでに寝ているらしく、中はまっ暗だった。
自分の部屋に入り、今日の出来事を思いだす。
久しぶりの幸福感と心地よい疲労感でそのまま布団の上に横たわり、これからの生活が色づいた希望から安心し、私は夢の中へと旅立っていった。
「俺もお前も、昔から親の愛情ってやつをほしがってたな」