またお逢いしましたね二人の記念日
「今日はあんこう鍋を食べる日だ。」
百之助と知り合ってから3年ほど経った頃、ちょうど中学にあがる前に彼からそう言われた。
朝早く、携帯電話に着信があったと思ったらいきなりこれであった。
寝起きの頭ではなんのことか分からず「よかったね」と返した覚えがある。
彼もたいした返事は期待していなかったようで、すぐに「お前も食べろ」と続ける。
ここらへんの風習なのだろうかと思い、百之助の命令に素直に頷いた。
「じゃあ夕方迎えに行く」と言われ、何が何だか分からぬまま、尾形家であんこう鍋を頂いた。
それ以来、毎年この日は尾形家であんこう鍋を食べる日になっている。
なんでこの日にあんこう鍋を食べるのかと聞いたら、どうもこの日は彼の母親の命日らしい。そして命日に好物だったあんこう鍋をみんなでつつくという。
であれば、他人の私がいるのはおかしいと思うのだが、百之助が絶対に食べろとうるさい。おばあちゃんおじいちゃんも優しい人なので、私がいても良いと言ってくれているのが百之助をいい気にさせているのだが、結局私が折れて毎年ご馳走になっている。
そして今日、三度目のあんこう鍋を頂く日である。
この前尾形家にお邪魔した時、おばあちゃんが「今年のあんこうはとても美味しいみたいよ」とにこにこしていたので、断ることは諦めていた。
夕方に公園で百之助と合流した。
「どうしたんだその荷物」
いつもは手ぶらでお邪魔していたのだが、今年はお土産を用意していた。
「たまには賢い子って思われたいからね」
「十分気に入られてるからいいだろ」
「そう?」
「名前ちゃんも孫みたいなもんだってこの前バアチャン言ってた」
「そっかあ」
むふふと笑い、おばあちゃんが愛おしく思えて、百之助に早く行こうと急かす。うわっという顔をしないでよ笑い方がキモイとかいうのやめて。
寒くて誰も歩いていない道を、他愛ない会話をしながら二人で歩いていく。
家に着くと、おじいちゃんとおばあちゃんが出迎えてくれた。
中からは美味しそうなお鍋のにおいがする。あんこう鍋だ!
「さあさあどうぞ」
いつものようにいらっしゃいと言われ、もうすっかり尾形家の構造を把握している私は迷うことなく居間へと入っていった。
居間の真ん中にあるテーブルに、ふつふつと蓋から湯気を出しているお鍋がのっていた。
二人ずつ向かい合わせるように箸とお椀、座布団が用意されていた。
それぞれが座り、いただきますと手を合わせてご開帳されたあんこう鍋にありつく。
「椀をよこせ」
「ん」
これもいつものことなのだが、いつもは優しさを目立たせない彼が、この時だけは積極的に具材をよそってくれる。ただし、自分の取り分にしいたけが入らない様にするためらしい。抜かりないやつだな。
そんなこんなで、普通のよりもしいたけの多い鍋をいつものように食べ終わり、苦しくなったお腹を休ませる。
動けるようになってから、仏間へと足を運び、線香をあげる。この時、いつも百之助があとをついてきて、私が仏壇に手を合わせている様子をじっと見つめていた。
そして、手が降りると「送っていく」といって家まで送られるのがこの日のルーティーンである。
ごちそうさまでした、ありがとうございました、また来ます、お土産みんなで食べてください、とおじいちゃんおばあちゃんに挨拶をし、百之助と夜道を歩いていく。
「今日も美味しかったねえ」
「バアチャンのつくる料理はうまいからな」
バアチャンっ子の百之助は隠すことなくおばあちゃんを誉めるのでかわいいと思う。相変わらず顔はメジェド様だけど。
彼の言葉に異論はないので、うんうんと頷く。
「来年も絶対来いよ」
「もう断るのも諦めかけてるから多分お邪魔すると思う」
「良い判断だ」
ニヤリと笑う顔が似合ってる。腹が立つ。
そろそろ家に近づいてきた。今日のルーティンが終わろうとしている。
「そういえば、母親から離れたんだったか」
「そうだよ」
「名前も親無しか」
「お父さんはいるよ」
「血の繋がらないな」
「いいんだよ、常識的なひとだから」
「そうかい」
数年前に母と結婚した今のお父さんはとても誠実な人だった。
母のお客さんだった彼はそこそこの収入があった。一応子供を養う必要があった母は、彼をたぶらかして結婚した。もうすぐお金があるお父さんができるよ、と言われたのを覚えている。ほぼネグレクトともいえる状況と母の浮気癖に耐えかねたお父さんは、母に離婚を打診し、親権も自分が持つと主張した。
あろうことか、諸々の主張を全て快諾した母は、あっさりとここを離れ、違う街へと移っていった。
薄情な母を見て、お父さんは「血の繋がりはなくとも、僕は君の父として生涯を捧げる覚悟がある」と言ってくれたので、私も快く今の状況を受け入れている。
百之助も今のお父さんはそれなりに信頼できると思っているのか、最近は家を出てうちにこいとは言わなくなってきた。
それまでのお父さんの時はしょっちゅう言っていたので多分そうだと思う。
「名前が辛くないならそれでいい」
ということらしい。
家に着き、ただいまと声をかけると中からお父さんがでてきて、おかえり、と答えてくれる。お父さんも百之助を信頼しているので、とても良い関係が築けているなと思う。
それじゃあまた明日、と玄関で百之助を見送り、お父さんと今日あったことを話し合いながら一日が終わった。
ああ、これが幸せか。
「今度は殺さずにすんだな」