Asirpa×Vampite
遮光カーテンの隙間から漏れた光が瞼を直撃する。祝日の今日は一日外に出なくていい。なんて素敵な日なんだろう。惰眠を貪るべく、布団に潜って光から逃れる。もう一眠りと頭の中を空にしたところで、急に体が外気に触れた。
「名前!何時まで寝てるんだ!!もう昼だぞ!!!」
「ぅえ」
「休みだからって怠けるのは良くない!」
ほらほら動いた動いた、と言って明日子さんが私の掛け布団を剥いだ。昨日は中学校の頃の友人達と飲み明かし、今朝と言っていいほど遅くまで飲んでいたのだ。もう少し寝かせてほしいという意思表示も兼ねて、ベッドの脇に脱ぎ捨ててあった自分の上着をなんとかつかみ、顔を蔽って暗闇を得る。
「む。寝意地がわるいぞ」
「んー」
「・・・・・・おりゃっ!!」
「ぐっ・・・・・・!」
凛としたかけ声と共に私の腹部に来た衝撃。何事か、上着の下から驚きと苦痛を混ぜた顔で衝撃があった箇所に目を向けると、艶のある健康的な黒髪が見えた。どうやらなかなか起きない私に、明日子さんの魚雷が発射されたらしい。「とても重い一撃だった。」さすが、少女に似合わぬ狩猟が趣味の明日子さんである。力が強い。
「そんなに重いか・・・?」
「え、あ、攻撃がね」
「ふふ・・・独り言のクセは治らないみたいだな」
「自分では気付かないからねえ」
「ところで飯だ」
「はあい」
私の上から退いた明日子さんがキッチンへと向かう。少し短めの白いスカートにグレーのタートルネックのニット。セーターなんか着ている癖に寒くはないらしく、足は生足だ。とても若い。紺のエプロンがまた、彼女のしっかりした性格を表していると思う。ただ、ハンペンの絵を可愛いと思う感性はよく分からない。
ふわりと髪を揺らして背を向けた彼女の姿に、結婚したらこういう感じなのかなと心を弾ませる。いや、別にそういう感情はないのだけれど・・・・・・。将来彼女の伴侶となる男が少し羨ましいと思っているだけだ。
空しい妄想を思考から追いだし、ゆっくりとした動作で明日子さんの手料理が並んだテーブルへ向かう。今にも涎の出そうな料理に眠気が一気に覚める。
「今日の献立を聞いても?」
「もちろん!今日は豚のレバーカレー、クラムチャウダー、鶏ささみとパセリ、レタスのサラダ、デザートにミニ抹茶パフェだ!おいしいぞ!!」
寝起きには結構ボリュームのあるメニューであったが、彼女の作る料理は美味しいということを知ってしまった私の脳は「完食」の二文字を体全体に伝達している。唾液腺がすごいことになっている。
「いただきます」
「めしあがれ」
はふはふとカレーを一口。レバーの独特な臭みもなく、ちょうどいいスパイスに辛さを少し抑えたカレーは将に絶品だった。黙々と食べ、カレーと時折サラダ、クラムチャウダーを行き来する。それなりの量があった料理も20分もあれば完食してしまった。抹茶パフェも体にしみる甘さがたまらなかった。
私の向かいに座って食事の様子を見ていた明日子さんはとても満足そうだった。「端にカレー付いてるぞ名前」と言ってティッシュでぬぐってくれたり、チャウダーのおかわりをくれたりしていて、本当明日子さんは良いお母さんになると思う。
「ごちそうさまでした」
「おそまつさまでした・・・・・・・・・・・・じゃあ、今度は私の食事だな」
たらふく食べた私の手を取り、椅子から一度立たされる。食べたばかりで少しお腹が窮屈で動きづらいのだが、明日子さんを待たせるのも悪いので素直に従う。私の胸辺りにある明日子さんのつむじを見ながら待っている。明日子さんは私の座っていた椅子を人一人分テーブルから離して置いた。私を再び座らせると、逃がさないとでも言うかのように私の太ももを跨いで向かい合う形で座った。スカートからのぞく明日子さんの太ももはとても際どい。私が男だったらたまったものではないだろう。
「いただきます」
私が明日子さんの足に意識を取られている隙に、彼女の犬歯が首筋を貫いた。完全に不意打ちだったから、いつもの様に身構える間もなく行われた”食事”。普通の人とは異なる鋭い犬歯で首の血管を突き破った彼女は、たまらないと言わんばかりに溢れ出る血液を啜っている。不思議と痛くはないが、ふわふわとした感覚に襲われるこの行為。もう少ししっかりとした意識で臨みたかったのだが、明日子さんのスカートのせいだ。しがみつきたかった明日子さんの服を握れなかったせいで、私の両腕は力なくぶらぶらと揺れ、背筋を伸ばせなくなった私は椅子の背もたれに体を預けた。
いつも、頭がぼんやりする頃に明日子さんの食事は終わる。満足した風の明日子さんが見れるのは嬉しいが、いかんせん体がうまく動かせない。ぼんやりと椅子に座っていると、明日子さんはその細腕で頭一つ分身長の違う私を軽々と抱えた。所謂お姫様だっこである。まさか自分よりも年下の、小柄な少女に横抱きにされる日々を暮らすなんて、誰が思うだろうか。
私を横抱きにした明日子さんはそのまま、先程まで私が寝ていたベッドへと向かい、優しく私を横たえた。
「今日は祝日だからな。ゆっくり休んでいいぞ」
綺麗な顔で笑顔を作られたら、「はい」としか言えなくなるからずるい。洗濯とかは全部やっておくからな!と言ってるんるんと機嫌良く洗面所に向かう明日子さん。たまたま親戚だったからこうして同居できているけれど、そんなに私と暮らせて嬉しいのかと不思議に思う。小さい頃から父親の後ろに隠れて話しかけてはこないが、あの綺麗な瞳で私を見ていたのは知っていたが、まさかそれが「美味しそうだったから」だなんて誰が思うだろうか。二回目であるが。
人の血液を生存の糧とする彼女のいわば食事兼準保護者として同居してもう2年が経つが、未だに血を吸われる感覚には慣れない。それが普通なんだろうが、可愛い親戚の為なら頑張りたいと思ってしまう私がいるのが少し悔しいところだ。
「あ!名前ー。晩ご飯は手巻き寿司でもいいか−?」
「やったー。いいよおー!」
洗濯機の前から思い出したように声をかけてきた明日子さんの献立は、やはり二人の食事を意識していた。おいしいから良いんだけどね。
少しの大声でくらくらしてきた頭を休ませるべく、明日子さんの言うとおりにベッドに潜ってもう一度寝ることにする。さっき食べたばかりだけど、気にしない気にしない。
素直に降りる瞼に従って夢の世界へと旅立ち始める。
そういえばと明日子さんの言動を振り返り、やっぱりお腹が空いてただけなんだなあと思いながら、私は眠りの世界に落ちて行った。
- 1 -*前次#ページ: