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─ある日、さくらは椿悟朗の残した着物を身にまとい、両手で持てるほどの大きな風呂敷を背中に背負った。ここは椿亭の正面入口前。そこには間宮を始め、女中や世話人の男達が集まっていた。間宮が一歩、さくらに近づく。

「本当に椿亭を出ていっちゃうんだねぇ…」

その一言で周りの人々が少し陰気な雰囲気になる。そんな中、女将がにこりと笑う。

「なにいってるんです。私は小さい頃から貴女をみてきたわ。椿悟朗さんもきっと喜んでいますよ。立派になって…」

女将は悟郎がさくらを連れてきた時のことを思い出す。あの頃のさくらはぼろぼろの服で、世間を知らない孤独な子どもだった。生きるためにと女中にさせていたが、それが今では一人で自分の道を決めることが出来るぐらい大人になったのだ。

「まぁ、椿亭のことは心配するな。俺達がついてるからこの宿に下手なことはさせない」
「忍者宿は我々が守りますからぁ」

すっかり馴染んだ元暗殺教忍者の豪雷と瞬雷もいる。

「皆さん、見送ってくれてありがとうございます」

ふと、さくらは昔のことを思い出す。悟郎が病に伏せる前にいった一言だ。

"君も、きっといつか私以外の誰かに大事にされる日が来る。その時は、自分の幸せを選ぶんだよ"

あの頃は意味もわからず、悟郎以外に自分を想ってくれる相手などいないと思っていた。

「では私、行きますね」

そうやって皆に背を向けて一歩一歩歩いていく。椿亭の女中ではなく、一人のさくらとして初めてこの町を歩くのだ。

「いつでも帰っておいでよー」

その間宮の声を最後に、さくらは通いなれた町の通りを歩く。目的の黒木屋の暖簾が見えた。その前に、人だかりができている。

「なにかしら?」

ゆっくり近づいてみると、一人がこちらに気づき、さくらさんだ!と叫んだ。その顔は、以前共に働いた金吾だった。するとわらわらとさくらは囲まれてしまう。

「お久しぶりーさくらさん。堺のしんべヱです」
「よ、例の話を聞いてきたぜ。タダ飯食えると思って」
「私もさくらさんに会いに来たよー仁地寺の時はどーも!」
「僕もさくらさんに挨拶したい!折角風魔の里から来たんだし」
「だったら僕も喜三太と同じ相模から来たんだから!」
「やっほー。からくりの間、活躍してる?」
「兵太夫とその新作も考えてるんだ」
「またそんな恐ろしいことを…よぉ、さくらさん馬借の帰りついでに来たんだ」
「どーも虎子です!なーんちゃって」
「あーもー…みんな言いたい放題で収集がつかなくなってるよ。庄左ヱ門が迷惑するだろ〜」

皆がわらわらと一斉に話すのでどうしたらいいのかわからない。そんな戸惑いの最中に暖簾が開き黒木屋の旦那庄左ヱ門が出てきた。

「まったく店の中まで筒抜けだよ…皆一応忍者だろ」

『庄左ヱ門!!』

「ほら、とりあえず、は組は二列に並んで!そのまま店に黙って入ること!」

『はーい』

庄左ヱ門の謎の号令でふにゃふにゃと雑な二列になり店の中に入る。さくらも中には行った。

「…で、皆が来るの僕聞いてないんだけど?なんで集まってきたの」

にっこり!と10人が笑う。しんべヱがどんと前に出て背負っていたとても大きな風呂敷を開けた。それを開くと何重にも重ねられた重箱が姿を現した。開くと鯛、黒豆の煮付け、赤飯などびっしりと詰め込んである。

「何?なんかのお祝いごと?」

「庄左ヱ門!」

乱太郎がせーの、と言うと全員が声を合わせて

『結婚おめでとー!』

そこですかさず虎若がどこからともなく紙吹雪を撒く。黒木屋中に舞う紙吹雪を被りながら、庄左ヱ門はきょとんとして黙っていた。

「なんだよ、せっかく昔なじみの同級生がお祝いしてるんだぜ?嬉しくないの?」

団蔵の言葉に庄左ヱ門は違うよ!と叫ぶ。

「なんか勘違いしてるけど僕は結婚はしてないよ。今日から黒木屋にさくらさんが住み込むって話なんだけど」

一瞬の沈黙。その言葉に全員が戸惑う。すぐにざわざわと彼らは話し始めた。

「おい、だれが聞き間違えたんだよ」「だって、一緒に住むって言うからてっきり庄左ヱ門結婚するんだと思って…」「どうすんだよこの微妙な空気…」

そう、今日からさくらは黒木屋の店員になる。その提案は、先日庄左ヱ門の相談からだった。

『君さえよかったら、黒木屋で一緒に暮らして働かない?うちは二人でやってるから忙しくて…椿亭で働いてる君なら、気が利くし…ありがたいし、その』

消え入りそうな声で庄左ヱ門は続ける。

『僕も嬉しいな…なんて』

さくらは悩んだ。恩人である悟郎の店を一生務め続けるのが自分の役目だと思っていたなかで、庄左ヱ門のように大事な人が出来た。さくらは庄左ヱ門のことをもっと知りたいし、ずっと一緒にいたいと思っている。重要な選択に、さくらは決心できず女将に相談をした。

『それは、貴女のしたいようにするべきよ。椿亭の事は気にせず、本当にやりたいことをやりなさい』

それを聞いて以前、似たような事を悟郎に言われたと思い出す。こうして相談をしていながら、本当は自分の答えは出ていたのだ。これは他人任せでなく自分で決めなきゃいけないとさくらは決心した。

『私、黒木屋で働きます。女将さん…』
『止めませんよ。…応援してるからね』

と、そんなことがあって今こうして黒木屋に荷物をまとめて来たわけだ。

「じゃぁ庄左ヱ門とさくらさんのお祝い記念にしよう!」

喜三太がそう言って庄左ヱ門がどういう意味かと聞くとヒューヒューというひやかしが入った。

「二人が良い仲になった記念!」

その後はわいわいと黒木屋は大騒ぎだった。やれ出逢いはいつだの、どちらから告白しただのと冷やかしの入った恥ずかしい質問をしてくる。ふと乱太郎がみんなを見て呟いた。

「でも不思議だよね。椿亭が忍者宿にしても、こうも忍術学園のは組がそろう?三治郎だって同窓会で会えなかったんだよ?」
「みんなさくらさんのことを知ってるしね」

その会話を聞いて庄左ヱ門とさくらはくすくすと笑う。そして二人でお守りを取り出した。

「きっとこれのおかげだと思うよ」

「白波神社のお守り?」

きり丸がそうか、と笑う。白波神社のご利益は良縁。つまり二人はこのお守りのご利益ではないかと思うことにしたのだ。

「じゃ、皆であとからお参りに行こうよ」

そうしよう、と彼らは再び騒ぎ出す。そんな彼らを見て、庄左ヱ門はさくらに寄り添いの手をそっと包んだ。

「お参りしたらまた変な忍者に巻き込まれたりして」
「あはは、もう仕方ないことかもな」

さくらさん、と庄左ヱ門は愛する人の名を呼ぶ。

「幸せになろうね」

微笑む庄左ヱ門を見つめ、さくらも笑みを返す。
 この街は秋の装いも終わり、からりとした冷たい風が吹き付ける、冬がやってくる季節になった。そんな中で黒木屋は暖かくふわりと香りの良い茶の香りが町に流れてくる。

─そしてさくらの言うとおり、皆で白波神社のお参りをしに行った時、新たな忍者と出会い二人は事件に巻き込まれるのだが、それはまた別のお話である。


幸せのご利益 後編 -完-


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