03


夕方前、あんずと小平太はナメコ城の城下町にたどり着いていた。ナメコ領一番の栄える町らしく、今も人通りは多い。夕飯時の町にはどこからともなく香ばしい香りがしてくる。

「堺とは違った賑やかさですね」
「うん。ここは平和な町だからな。住む人も、皆親切だ」
「小平太さん、この町を知っているのですか?」

あんずがそう尋ねると、小平太は視線を合わさず一言「あぁ」と言っただけだった。

「お腹空いちゃったな…て言っても、私達お金ないのよね…」

あんずはナメコ城の賞金を思い出す。あの時もらっておいても良かったかも、と考えがかすめたが、小平太がそれでもいらないといったのだ。あんずは口に出すのはやめておこうと思った。…しかし、食べるものも寝るところもないのは変わらない。

「ここで一番でかそうな旅籠屋を目指すのはどうだ?」
「え?でも私達お金、ないですよ?」
「あぁ、だから行くのさ」
「えぇ…と?」

あんずが理解できずにいると小平太はぽかんとしているあんずの手を取り引いていく。この町で一番大きな旅籠屋を、小平太は知っているのだろうか?とにかく、小平太に引かれるがまま、あんずはついていくしかできなかった。

あんずは街でも目立つ門構えの旅籠屋を見つけた。異様に人が出入りしている。旅籠屋で人がこんなにあふれることなどあるのだろうか。あんずが疑問に思っていると、小平太があんずを見た。

「どうやら大盛況らしいな。ここは私に任せろあんず」
「は、はい」

その門を通ろうと小平太が一歩前に出た時だった。長身の若い男性が旅籠屋の入口前にひょっこりと現れた。

「どもども!ナメコ屋へおいでくださいましてありがとうございまーす!この度はお泊りですか?湯浴みでしょーか!」

小平太とその男性との視線が合う。そして、お互いにあっと声を上げた。相手の男性はとても驚いた様子だ。

「七松、先輩?」
「お、あの威勢のいい声はもしかしてきり丸か?」
「やっぱり!七松先輩だ!」

きり丸と呼ばれた男性は嬉しそうに小平太の側へと駆け寄った。小平太も笑顔できり丸の肩を叩いていた。

「相変わらず、アルバイトしてるのか」
「はい。学費まだ稼いでるもんで。こんなとこで会えるなんて…あ、そこの女の子は?妹さんですか?」

きり丸と目が合う。あんずはいけないと思った時には小平太が言ってしまっていた。

「妹ではない。私の主だ」
「主…って、えぇ?まだ小さいじゃないですか。どこかの城のお姫様には見えませんけど」
「城の姫じゃないぞ。まぁ、とにかく私の主人なのだ。ちょうどよかった!きり丸、ここで私も日雇いしてもらえるように口ぎきしてくれないか」

日雇いと聞いてきり丸は腕を組んだ。なにか考えている。

「そうっすねぇ。ここは旅籠屋でさらに温泉もあるから、いろんな輩がくるんですよ。…うん、変な客の厄介払いにはいいかもんしんない!」

ちょっと待っててください、ときり丸は旅籠屋の中へ行ってしまう。あんずは不安そうに小平太を見上げた。小平太はにこりと笑みを返す。

「大丈夫さ。きり丸はアルバイトの天才なんだ。うまく口ぎきしてくれる。そこで私が働けば、宿賃にはなるだろ?飯は難しいかもだが…」

小平太は、自分が働いて宿賃を稼ごうとしていたらしい。笑顔の表情の小平太とは裏腹に、あんずは黙り込んでしまった。…小平太ばかりに頼りきっている自分が嫌だったのだ。あんずは自分にも何かできないかと口を開いた。

「私も働きます」
「なにをいう。主を働かせる部下がどこにいるか。あんずはどしっと構えていればいいのだ」
「構えるって…」

自分も小平太の役に立ちたい、そう口を開きかけたとき、にっこりとしたきり丸が戻ってきた。

「七松先輩、猫の手も借りたいってさ。働きぶり次第では俺に紹介料もでるって!儲け儲け!」
「おお、そうか!助かったきり丸!さすがだな。では、ここの者と話をしてこよう」

そのまま小平太が旅籠屋へと向かっていく。置いて行かれたあんずは途方に暮れそうになっていた所を、残ったきり丸がみていた。

「俺、きり丸。君は?」
「あんずです。あの、小平太さんが言ってた、主とかじゃ、ないですから」
「ははは、冗談言には聞こえなかったけどな。…なぁ、あんずちゃんがよければだけど、風呂屋の方が忙しいんだ。手伝ってくれないかな?」 
「お風呂?」

あんずは風呂屋と聞いてふとカンカン寺が浮かんだ。いつも入っていたお風呂。それがどんなふうに仕事がされているのかが、気になったのだ。あんずの反応にきり丸は手応えを感じたようだ。

「うん。特に女湯に人手が足りなくってさ…」
「や、やります。小平太さんだけ働かせるなんて、いやだもの」
「よっし!決まり!じゃ、あんずちゃんは俺が案内するよ!」

紹介料紹介料!と口に出てしまっているきり丸に手を引かれつつあんずは温泉に心をときめかせていた。自分はどうやら温泉が好きらしい。ほんの一日前だというのに、カンカン寺が懐かしく思えた。

【2】

辺りはすっかり夜が更けていた。あれからあんずは女湯の清掃や手ぬぐいの洗濯、見回りなどたくさんの仕事を託された。夕方から今までの短い時間がとても濃密だったが、やりがいのある仕事ばかりだった。なにより、湯に浸かって癒やされている人たちを見ると嬉しくなってしまうのだ。

「よ、お疲れさん。風呂屋の仕事、どうだった?」

風呂屋の管理者に給金を貰い、風呂屋から旅籠屋に続く廊下を歩いていると、同じく仕事を終えたらしい作業着姿のきり丸がやってきた。

「楽しかったです!お風呂屋の仕事」
「へぇ。嫌がる人も多いけどなぁ。あんずちゃんは風呂屋が好きなんだな!」  

きり丸が感心していると後ろから禍々しい気配を感じた。きり丸もそれに気づいたようで素早く自分の後ろを振り返ると、睨みを効かせた小平太がずんずんとこちらに歩いてきた。

「わっ、な、七松先輩!そんな殺気だててどうしたんですか!」

きり丸の胸ぐらを掴みそうな勢いで小平太はきり丸に詰め寄った。

「お前!紹介料欲しさにあんずを働かせただろう!」
「ぎく…じゃ、じゃなくて!ほんとに人手不足だったんですよ!」
「私の主に手を出すな!」
「出してませんってば!」

言い合いを始めた二人の間にあんずは慌てて入る。小平太の方を押しのけ、腰に手をやった。

「小平太さん!これは私がやりたくてやったのよ。きり丸さんを責めちゃだめ!」

あんずにピシャリと言い放たれた小平太は唖然としてあんずを見つめている。真っ直ぐに見つめるあんずに、小平太が唸った。

「ううむ。あんずがそう言うなら…いいのだが…」

しゅんと落ち着く小平太に、ほっときり丸が息をついた。

「あんずのやさしさに感謝するのだな」
「勘弁してくださいよ。ほんと、あんずちゃんは七松先輩のご主人様なんだな〜」

ご主人様と言われてあんずはぶんぶんと顔を横に振るがきり丸はにこにこしていた。彼は改めて小平太の方をまじまじと見て、目を細くして温かみの込めた眼差しを向けていた。

「でも、七松先輩に会えて僕、嬉しいです。卒業してからは、会ってませんし」

そして視線をゆっくりと下におろして、沈んだ声でつぶやいた。

「"噂"を聞いて、もう二度と会えないって、思ってましたから…」

沈んだ様子のきり丸とは裏腹に小平太は豪快に笑いきり丸の背中をバシバシと叩いた。

「なはは、そう落ち込むな!私は今ここにいるではないか!」
「…はい!皆にも伝えなきゃ!」

そんな二人の会話を聞いていると小平太があんずの隣へとやってくる。手には小銭袋を握っていた。

「あんず、これで安い旅籠屋くらいは泊まれるさ。まぁ、今日は飯は抜きだがな」
「ううん、寝れる場所があるだけでも、ありがたいよ」

少し申し訳なさそうな小平太にあんずは笑顔で返す。そういえば自分も給金をもらったはずだ。あんずもお金を出そうとして、懐に手を入れた時、どこからか男の声がした。振り向くと旅籠屋の方から早足でこちらへ向かってくる人影が見えた。廊下に出て月光にその姿が照らされる。

「やっとみつけましたよ!!」

刀を帯刀した鎧姿の兵士の身なり。鎧にはナメコ城でみた家紋が縫い付けられていた。

「…誰だっけ?」

早足でやってきた男は小平太の前でつんのめる。体制を直して小平太に詰め寄った。

「城でお会いしたナメコ城の兵士です!夕方からあなた達をずーーっと探していたのですよ!」
「私達をですか?」

兵士は腰元の袋から紐に通した銭束を取り出し、あんずの手を取った。そしてその銭束をあんずの手に握らせた。

「これは、武闘大会の賞金です」
「え、え、でもこれ」

あんずが戸惑っているが兵士は強めの口調であんずに説明した。

「賞金を渡し損ねたとあらば殿に向けての面目が立ちません。どうかもらってください。…あと、ここの宿の個室を取ってあります。殿のご招待ということですので宿賃は結構です」
「あ、あの、なんで私に言うのですか?」

兵士はあんずの隣でじっとして刺すような視線を送り続けている小平太を一瞥した。

「君に伝えたほうが、話は通りそうでしたので」
「あんず、どうするのだ?私はお前に従う」

決定権を渡されたあんずはじっと小銭を見る。後先もあまり考えず、見返りを求めない小平太に聞けばきっと突き返すだろう。しかしそれでは生活は困難だ。ここは私がしっかりせねばとあんずは意を決した。

「わかりました。ありがたくいただきますね」
「助かります!これで私も殿に顔合わせができます」

あんずの判断に小平太も素直に従うようで頷いた。

「うむ、なんとか飯も食えそうだしな!ははは」
「七松先輩、そのマイペースさは相変わらずそうですねぇ」

でも、ときり丸はあんずを尊敬の眼差しで見つめた。

「あんずちゃんすごい!あの豪快で猛然としている七松先輩を従えてるなんて…学園の皆が聞いても信じないと思うよ!」
「学園…ですか…」

再び出た「学園」という言葉。やはりきり丸も、しんべヱと同じく学校の先輩らしい。あの潮江という人もそうなのだろうか。

「さ、部屋を聞いてこよう。今日はたくさん動いたぞ」
「は、はい。あの、きり丸さんは?」

自分のことを呼ばれたきり丸はニコリと笑って返した。

「俺?へーきへーき。この町には知り合いもいるからさ、泊まらせてもらうよ。もちろん、タダで!」
「まったく、相変わらず金になると図々しいのは変わらんな!」

そのままきり丸とは別れを告げて、あんずと小平太は部屋へ案内される。ナメコ城城主の招待とあってか、周りは一層腰が低い。通された部屋も茶室のようにとてもきれいな場所だった。あんずはその場に座り込み足を伸ばして今日一日を振り返った。小平太もその隣に座り込んだ。視線がちかくなる。

「今日は武闘大会へいって、小平太さんがとっても強くて…」
「あぁ。私は強い!」
「温泉のお仕事して…」
「温泉で仕事をしていたのか?どうだった?」

小平太が厄介な客や酔っ払いを相手にしている間にあんずが温泉で働いているのは知らなかったらしい。あんずは自然と笑顔になった。

「あのね、お風呂や桶の掃除したり、手ぬぐいをきれいに干したりしたの。楽しかったわ」
「そうなのか?私は飽きてしまうな。それが楽しいということは、あんずは温泉のしごとが好きなのだな」
「うん、そうかも…」

あんずが頷くと、小平太はその場に大の字になる。大きな胸板が盛り上がっていた。こうしてみると、小平太はやはりどこかの戦士なのではないかと思う。

「ここに帰ってこれたのは、あんずのおかげだ」
「え?」

あんずが小平太の顔を見る。小平太もこちらを見ていた。

「本来、私はあそこで朽ちていたからさ。あんずのおかげで友にも、後輩にも会えた。ありがたいことだ」
「小平太さん?」

突然小平太はがばりと身体を起こしあんずの肩を掴んだ。その瞳は真剣である。

「あんず、私はお前のものだ。お前が望むものは何でも掴んでやるぞ。こんな宿どころのものではない。土地も、城も、権力も、私はお前のために取ってくる」
「わ、私は、そんなのいらないよ。その、今は小平太さんと旅がしたいな」
「私と?私でいいのか?」

予想していない返しが返ってきたのか、少し戸惑ったような表情の小平太に、あんずは微笑んだ。

「うん。べつに、お殿様になりたいわけじゃないのよ。私も小平太さんのおかげで色んなものを見せてもらってるの。それで、十分すぎるよ」
「無欲なのだな、あんずは。だが…」

小平太はあんずの頭をわしゃわしゃと荒く撫でた。

「そんなところに惚れる!さすがは私の主だ」
「あぁ、もう、頭ボサボサ」

そんなことを言いつつも、あんずも自然と笑顔になっていた。小平太の言葉には裏がない。あんずはそんな彼の明るさに、生かされていると感じた。

なめこ城で武闘大会 完

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