02
小平太は演習場の塀の隅でぼんやりと外を見上げていた。あんずが近づくと小平太は罰が悪そうに微笑んだ。
「…すまんな。突然こんなことをして」
「あの、どうしたんですか?もしかして、怪我とか」
「怪我はしていない。文次郎に勝てる勝算も、まぁ、あったな」
小平太はゆっくりとあんずに歩み寄り、あんずの視線に屈んで真剣な眼差しを向けた。
「なぁ、今も私が怖いか?あんず」
「え?」
小平太はそっとあんずの肩に触れた。あんずは小平太のどこか自信なげな眼差しに戸惑った。
「私はお前を守るためにいるのだ。そんなあんずに、怖いと怯えられたくない。戦うのが嫌なら、私はお前の前では戦わないことにする」
「あの、もしかして棄権したのも私のせい?」
「違う。あんずのせいではない。私の判断さ。私にとっては武闘大会の勝利などよりあんずの方が大事だからな」
小平太の言葉にあんずは彼の胸に飛び込んだ。こんなにも自分を大切にしてくれる人をなぜ自分は怖がったりしたのだろうか。小平太はあんずを抱きかかえて立ち上がった。
「とはいえ、久々に身体を動かしたぞ。楽しかったな!」
「私、もう怖がらないようにするから。小平太さんは、小平太さんらしくしててほしいな」
そう言うと小平太は満面の笑みで笑った。
「ありがとう。やはりあんずは私の誇れる主だ」
二人で笑い合ってると荒い足音が聞こえた。二人が足音のする方へ顔を向けると文次郎が不機嫌そうにこちらにやってくるのがわかった。
「なんだ、まだ私と戦うつもりなのか?」
「いや、俺が優勝者になった」
どうやらこの武闘大会の優勝者はこの文次郎という男になったらしい。その言葉を聞いても特に興味もなさそうに小平太は一言、そうか、と言った。一方で文次郎は歯をむき出しにして怒りを露わにした。
「小平太、なぜ棄権した?」
「お前にそれを言う必要はないだろう」
「いーや!大いにある。なぜなら俺は強いやつと手合わせしたいんだ。だからお前と戦うのを楽しみにしてたんだぞ!」
「ふーん」
なぜか塩対応をする小平太が気に食わない文次郎だが怒るのも面倒になったのかため息をついた。
「はぁ、変わったな小平太…小娘なぞ抱きかかえて。そいつは誰だ?お前に妹さんがいたのか?」
「違う。あんずは私の主だ」
その言葉にあんずは顔を引きつらせる。文次郎はぽかんとしてあんずの顔を見ていた。
「はぁ?主…って、まだ子どもだろう?冗談か?」
「冗談ではない。私が仕えてるのはこのあんずで、あんずは私の主人なのだ」
「ちがっ…これには訳がありまして…!」
「違わない」
慌てて訂正をしようとしたが小平太はそれを遮る。文次郎はそんなやり取りを見てやれやれと肩をすくめた。
「まったく。おい、お前が主なら小平太にこの潮江文次郎と戦えと命令することはできんか」
「わたし、戦いはあんまり好きじゃないので、言えないです」
「というわけだ。残念だな文次郎」
その言葉に悔しそうな文次郎。大股であんずと小平太の前を通り過ぎたと思うと振り返り言った。
「小平太、勝負は預かったぞ!そのうち手合わせしろ!!…あとだな!……その、お前が無事でよかった」
最後の方は聞き逃しそうなほど小さな声だったが小平太には聞こえたらしく大きく頷いた。
「ああ、そのうちな!」
そのままどこかへ立ち去っていく文次郎を見送ってあんずはポツリと言った。
「潮江さんて、おっかないけど、なんとなく優しそうですね」
「おっ、さすがあんずだ。なかなか鋭い」
笑いながら小平太はあんずを抱えたままナメコ城の門前まで戻っていく。決勝戦は棄権したものの、思う存分身体を動かした小平太は満足していた。また、あんずも初めて城に入ることができてその場を楽しんだようだった。
「さぁて、ナメコ領の町にでも言ってみるか!どうだあんず」
「…でもお昼ゴハンも買えないし、旅籠屋に行くにしても宿賃払えないですよ?」
「ま、なんとかなるだろう」
相変わらず小平太はとても楽天的だ。あんずはいくら小平太が後先を考えない性格と言えど、やはり自分が考えたほうがいいのではないかと思い始めていた。彼におんぶにだっこではいけない。自分の力で生活をしなければ。そんなことを考え始めていた。
「七松どの!」
陣幕から武士が出てきて小平太の前まで来ると片手がどっしりと埋まるほどの袋を渡してきた。
「準優勝者の賞金です。あの、良ければ殿が貴方を城に招待したいとおっしゃっておりますが」
「ナメコ城の殿が私を?」
小平太はふとあんずを見た。あんずは思わず見返すと、小平太は武士に向き直り首を横に振った。
「ありがたいお言葉だが、お断りする」
「え、いいんですか?小平太さん」
小平太は頷いた。そして持っていた賞金を武士の前に戻した。
「賞金も返す。私は戦えればそれで十分だったからな」
「そんな!賞金も返されたら殿へ私の面目が立ちません。せめてお金だけはお受け取りください」
差し出された小平太の手をそっと押し返す武士。小平太は不本意そうにしてその賞金袋を黙ってみていた。
「いらないというのに。そうだ、これは文次郎にやってくれ」
そう言って小平太は賞金の入った袋を投げた。武士は慌ててその袋を掴む。その隙に小平太はあんずを抱えたまま、走り去ってしまった。
「まいったなぁ。殿になんと申せばよいやら…」
置いていった賞金を手に、城主の元へ行くのを躊躇っている武士の元に、ナメコ城の本丸へ向かう途中であった文次郎がその背中を見つけた。
「小平太のやつは、帰ったのか?」
「はい。賞金も貰わずに去っていきました。あの方向は、おそらく城下町へ行ったのだとは思うのですが」
「ふうむ」
文次郎は少し考える。あの小平太の事だ。あの小平太の寂れた身なりでは二人は一文無しなのだろうと。ナメコ城の城下町は自分も滞在している。
「…あそこで一番デカい旅籠屋があるだろう?そこの部屋を取ってこい」
「…は?私が…?」
「俺に行けというのか?別に構わんが…ナメコ城城主様に小平太に逃げられ、賞金も渡し損ねたなどとわかると、あんたの肩身が狭いんじゃないか?」
武士は小平太に痛いところを突かれ、痛そう表情をする。小さくため息をついて、決心した。
「わかりました。これから馬で向かいます」
「あぁ、頼んだぞ。…それにしても、相変わらず無鉄砲な男だ」
すでに見えなくなった小平太が去った跡を見て、文次郎は懐かしむように微笑んでいた。
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