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「いらっしゃ・・・」
源四郎と平太は現れた女性の姿に釘付けになる。その少女は旅衣装姿に杖を持っていた。二人の顔を見て面影のある明るい笑みを二人に向けた。
「今私がここを忘れたっていってたでしょ?」
「え・・・ま、まさか・・・君は」
平太は目の前に現れた少女をまじまじと見る。3年前、約束をして別れたすみれにそっくりだった。その少女は平太の前に寄り、胸から一枚のしおりをとりだした。
「これ、覚えてる?」
「うん…」
そのしおりには菫が押されてあった。裏には一年生の時分であった頃に書いた和歌がある。大切に扱われていたのか、色あせや折れの様子もなくあの記憶のままだった。
「毎日大事に持ってたの。だから寂しくなかったよ。・・・ただいま」
「すみれちゃん、お帰り」
そのまますみれは平太に飛びついた。平太は驚いたがすぐにその肩にやさしく手を添える。当時は彼女の方が体は大きかったが今では自分の方が大きく、すっぽり収まってしまう。すみれは平太の肩越しからひょっこり顔を出し平太の後ろにいた源四郎を見る。
「源四郎師匠もただいま」
「私はおまけかい?」
源四郎は呆れた笑みを見せていたが、元気そうな彼女を見て安心したようだった。しかし、なぜ帰ってきたのは彼女だけなのか、連絡もなく突然帰ってきたのはどうしてなのか。平太と源四郎は疑問そうにしているとすみれが答える。
「元光先生は堺に着いた時に別れたの。個人的に行きたいところがあるからって。自由な人だから…。連絡をださなかったのは…驚かそうと思って!」
「驚いたよ。一瞬誰なのかわからなかった」
平太がそういうとすみれはすこしはにかんだ笑顔ををみせる。
「それは私も。だっておっきくなってるんだもん。背も高いし」
「僕もびっくり。でも、まだ気が弱いのは変わってないんだけどね…」
平太はこの年で普通の男性よりも大柄に成長しており、町でも逆に相手を威圧するほどだがその反対に気は弱く、誰に対しても優しかった。その言葉を聞いてすみれは腰に手を当てて得意げに言った。
「やっぱり平太君には私がいないとねー」
平太は微笑みすみれをみつめる。
「うん。僕には君がいないとダメみたい」
「あ、えっとその…えへへ」
平太の率直な言葉にすみれは照れてしまう。平太は過去にすみれに好きだと言ったことや歌を送ったこともあり、すでにすみれにたいして気持ちを向けることに抵抗がないようだった。すみれは、当時まだまだ子どもで恋心など理解できずにいたが、平太にもらったしおりや旅を続けるごとに平太への想いは思慕のようなものへと変わっていった。
源四郎は二人のなにか言いたげな雰囲気を感じ、黙って奥の部屋へと戻っていく。二人きりになったすみれと平太。沈黙が流れたが先に口を開いたのはすみれだった。
「平太くん。あの歌の気持ち、今も変わってない?」
平太はすみれへ送った歌の内容を思い出す。秘めたる熱い恋の気持ち。平太はうなずいた。そしてなにかを伝えようと平太はどもる。すみれは平太の様子が変わったことを感じで黙ってみていた。平太の頬はほんのりと赤い。
「変わってないよ。むしろどんどん大きくなって・・・その度に会えないことが辛かったりしたけど。そ、その・・・きちんと伝えたくてっ」
すみれは平太の瞳をまっすぐ見ていた。平太も見返して互いにみつめあう。
「すみれちゃん。好きです。僕と・・・」
「・・・」
平太の言葉をすみれが待っている。えいやっと平太は続けた。
「僕とずっと日陰ぼっこしてください!」
「・・・はい?」
再び沈黙が流れる。すみれに聞き返された平太はおどおどした様子ですみれをみた。すみれは期待していた言葉とは違うものを聞いてとっさに聞き返してしまった。なぜ、日陰ぼっこなのか?日向ぼっこのことではないのか、いやそもそも伝えるべきところはそこなのだろうか─。
意図がわからず聞き返したすみれの反応を平太は拒否と思ったらしく、がっくり肩をおとした。
「や、やっぱりぼくみたいな暗くて、気の弱い男なんて・・・うぅ」
「ち、違うわよ!なんで日陰ぼっこなのかなーってそっちが気になったのよ!」
じつはこの言葉は学級のみんなで考えた告白の台詞だった。再会したときに告白することは決めていた平太。単純に好きと言う告白では伝わらない。ここは決め台詞を用意しておくべきだとろ組が考えたのがこの台詞だった。
「ぼく、日陰が好きだから・・・そばに君がいたら日陰ぼっこもきっと最高だろうなって・・・」
「あら、そうなんだ?そうだなあ〜、平太くんがいるならいいよ!」
明るい太陽が大好きなすみれには平太の気持ちはわからなかったが、自分は平太がいるならどこでも幸せだろうなと思った。すみれの返事に平太の顔がぱっと明るくなる。
「ほんと?」
「うん。ほんと」
平太は子どもがするように万歳して喜ぶ。そしてそのまま手をすみれの腕に回した。
「やった!すみれちゃんだいすき!」
「わたしも〜」
平太もすみれも抱き締めあって喜ぶ。その姿はまるでこどものようにじゃれあっている男女だった。等身大の姿で愛情表現をする二人。ずっと想いあっていた気持ちが繋がった時だった。ひとしきり喜びあってすみれは平太から離れる。
「これからはわたしが待つ番だね」
「どういうこと?僕は旅にはでないけど」
すみれが放った一言に平太は首をかしげた。
「えっと、平太くんが学園を卒業するまで待ってるってことなんだけど」
平太はすみれの言った意味を一瞬考えて、固まった。気持ちが重いのではと思ったすみれは失言だったと慌てて、手を前に振った。
「あっ、いいのよ。聞き流して・・・」
「いいの?」
平太は真剣な顔ですみれを見つめた。添えていた手がわずかに震えていた。
「僕のものに、なってくれるの?」
その言葉は冗談で聞き返してるようでもなかった。すみれがうなずくと、平太は目を細めた。
「うれしい。こんなに幸せでいいのかな。こわくなっちゃう」
「曰く付きの川村堂には似合わないかもね・・・」
胸がいっぱいになった平太は、自然とすみれの額に唇をあてた。それは心の底からいとおしいとおもう気持ちの表れだった。突然大人のようなことをする平太にすみれはどきりとしたが、嫌ではなかった。そっと顔をあげて平太の顔をみつめる。
「ぼくにとっては、幸せの川村堂だよ」
視線があうと平太は微笑む。彼と出会った頃は自分がいないとおぼつかなかったというのに、今ではすっかり翻弄されてしまった。二人はしばらくの間、手をつなぎあって話していた。
(僕はいつになったら出れるんだろう)
奥でそ知らぬふりしているのも辛くなった源四郎は、やれやれと肩をすくめる。
─すみれが川村堂に帰ってきてからしばらくの時が経った。曰く付きの川村堂はすみれがいない間も曰く付きの名は変わらなかった。しかし不思議なことにここ最近の川村堂は昔ほど悪評がたつことがなくなっていたのだ。
それは女性らしくなって華やかになったすみれの明るい笑顔をみた客がすみれを気に入っていくのだ。源四郎が曰く付きの品を引き取りすみれが笑顔を客にふるまう事で円満に商談が進み謎の相殺効果を産み出していた。
引き取りを終えた一人の客が店から出ていく。その入れ違いで入ってきたのは平太をはじめとしたろ組の面々だった。彼らは一年生だった頃とは違い年相応に大きくなっていたが、相変わらず暗い雰囲気は変わっていない。
「すみれちゃん、やっほー・・・」
「お久しぶりだね・・・」
「ふふふ・・・おじゃましますぅ・・・」
一気に川村堂のおどろおどろしい空気が濃くなったがすみれはそれをものともせずに微笑みをみんなに向ける。
「平太くん!・・・と、伏木蔵くん、怪士丸くん、孫次郎くんいらっしゃーい!」
「おおっ、眩しい・・・」
すみれの太陽のような笑顔に思わずみんなは目を細める。彼らにとってすみれの明るさは実技担当教師の日向墨男に匹敵するものがあった。
「本当に旅からかえってきたんだねえ・・・」
孫次郎が嬉しそうにそういって平太をちらりとみた。
「待ってる間、忍術の勉強しながら健気に川村堂に通ってた平太をみてたからさあ、うれしいよ・・・」
「わかるう。たまに大人っぽくぼんやり空とか見ちゃってたりもしてたよね・・・センチメンタルぅ」
「恋は人を成長させるって言うのは本当かもね」
次々と感想をいうろ組に平太は顔を真っ赤にさせる。慌てて三人の前にたちはばかり「いうなよ!」と弁解していた。
「それよりさっきのお客さんみた?」
伏木蔵がそんな平太を無視して三人にいう。彼らは伏木蔵の言葉にうなずいた。先程の客の姿を思い出す。どこか浮かれているような足取りでありその表情はしまりのない表情であった。
「みたみた。でれっでれだったよね」
「すみれちゃんかわいいから、男のお客さんはあーなっちゃうかも」
その言葉に平太は勢いよく振り返る。その眼差しはまるでにらむようだった。視線を向けられた伏木蔵と孫次郎はたじろぐ。
「それってすみれちゃんをみて男の人がでれでれしてるってこと?」
「ま、まあ、そーゆーこと・・・平太怒ってるの?」
「だ、だってそれってすみれちゃんに気があるってことじゃないか。ぐぐぐ・・・」
好きな子が他の男性に意識を向けられていることにふつふつとなにか黒い感情が湧き出る平太。いつもは気が弱く、地面を列で並ぶ蟻にだって気を使う平太が男性に敵意を向けている一面を見て三人はめずらしがる。
「平太が怒ってる。めずらしー・・・」
「もう、へーたくんったら。私には平太くんしかいないから安心してよ!」
そういって平太の腕によりかかるすみれ。瞬間平太は怒りの感情はふっとび照れたようにうつむいて手を握った。その二人の様子を見て三人は視線をそらす。孫次郎だけは二人の様子を見て笑顔でぽつりと呟く。
「わあらぶらぶ」
「もう・・・からかわないで」
かってに雰囲気をつくったのはそちらだと思ったが、三人はぐっとこらえてあきれて黙っていた。その時、川村堂に駆け込んできた人物が一人。それはここでは意外な人物─忍術学園六年生の富松作兵衛の姿だった。
川村堂は忍術学園とも繋がりのある店であり、平太も通っていることは知っていた富松。彼は川村堂を知っていたのだ。しかし彼の目的は平太に会うことではなかった。富松はひとつの手裏剣を取り出してすみれへとつきだした。
「たのむ!なにも言わずこの手裏剣を引き取ってくれ!」
「えぇ?富松先輩・・・どうしたんですか?」
わなわなと富松はその引き取ってほしいという手裏剣を平太にみせる。彼はその手裏剣について怯えたように語り始める。
「そ、その手裏剣はな、用具倉庫にあったんだが・・・その手裏剣を投げると・・・」
「投げると・・・?」
蒼白した富松の表情にろ組は固唾をのみ続きを待つ。
「その夜絶対に合戦の夢をみるんだ・・・!」
富松の言葉に彼らはなんだ・・・と脱力する。戸惑うのは富松だ。
「おまえら、冷静に考えてみろ!特定の手裏剣を投げるとその晩、絶対に合戦の夢をみるんだぞ?ぶきみだろ!これは手裏剣になんらかの怨念が・・・おそろしい!ひきとってくださいっ!」
再びつきだされた手裏剣。すみれはおもむろにそれを受けとる。彼らは受け取った手裏剣とすみれをみた。まさか本当に引き取るつもりなのだろうかとみんなはおもう。
「んーと、そうねえ。じゃあ・・・みんなでこの手裏剣の曰くを解決しよー!」
『えーっ!?』
平太を含めたろ組全員がおどろく。
「ほんとうか!助かるぜ。俺たち用具委員も道具は極力大切にしたいんだ。たのむ!」
「富松先輩・・・」
彼らは経験上、これから起こりうるであろう事件を想像して身震いした。それを知らない富松はなにもしらない笑顔を向ける。すみれはその手裏剣をみんなにみせた。
「手伝ってくれるよね?」
「しょーがないなあ・・・」
「事件なら大歓迎だよ」
それぞれが手を貸すことを決めるなか、みんなの視線は平太へと向けられた。怖いものが苦手な平太。あの頃と違い多少は強くなったものの、気は弱いところは相変わらずだ。しかし平太はなにもいわずその手裏剣をすみれから取り出した。
「すみれちゃんが言うなら、頑張るよ・・・」
そういって、うすら笑いを彼は浮かべた。
─どこからか冷たい風が川村堂の中を吹き抜ける。そんな空気が彼らはお気に入りだ。丘からのぞむ落城跡の瑠璃城には薄い霧が立ち込め鴉が何羽も飛び交う。どこまでも陰気ただようその骨董屋にはそれを吹き飛ばすほどの少女と、気弱な少年がいた。そんな彼らが織り成す不思議な物語はまだまだこれからも続くのだった。
平太のしおり ―完―
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