5
「久々に、瑠璃城にはいってみよっか」
すみれがそういうと平太もうなずく。そのまま丘を上ると以前見た瑠璃城の崩壊した門が見えてきた。あのとき冷たかった風は今は暖かく、やわらかになっている。二人はそのまま瑠璃城を登り芝生になっている石垣跡で二人は腰かけた。小高い上から見える景色は遠くまで見渡せて見晴らしがよかった。
「うーん、良い景色〜」
「うん。忍術学園も見えるよ」
二人は風に髪をなびかせて目を細める。息をついて沈黙していたが、すみれが平太をみて口を開いた。
「あのね・・・平太くん、私はあなたに言いたいことがあるんだけど」
「なあに?」
平太はこちらを見返す。さわさわと辺りの草木の草が揺れる音がする。
「あの・・・じつは私、旅に出るかもしれないの。源四郎師匠の先生の元光先生って言う方と、日本中を旅しなさいって。目利きのきく鑑定士になるにはいろんなものをみなきゃいけないって言うの」
「──うん。じつは知ってるんだ」
平太の言葉にすみれは驚く。平太はすこし悲しげに眉を下げた。そして山を眺めながら続ける。
「さっき川村堂にきたときに、源四郎さんから聞いたんだ」
「じゃあ、川村堂をたたむって話も聞いてるのね・・・」
すみれの声は小さくなっていく。いつも明るい彼女だが、こういう話は苦手だ。すみれは今考えている自分の考えを素直に平太に伝えた。
「私、迷ってるの。旅に出るか、ここに残るか・・・。いろんなものを見たい気持ちもあるし、川村堂がなくなるのは嫌だし・・・ねえ、どうしよう。平太くん」
すみれは膝を腕で抱えてうつむいている。孫次郎に、平太ならすみれのことを一番理解していると言った。きっと正しい答えを教えてくれるだろうと。平太はすみれに向き直る。
「旅にいってきなよ。君は鑑定士になるためにいままでやって来たんだから」
「・・・っ」
平太の言葉に泣きそうになるすみれ。しかし平太はかまわず続けた。
「川村堂は、僕が守るから」
「え・・・」
平太の言葉にすみれは顔をあげる。一筋の涙がすっとすみれの頬を伝った。平太はそれに気づいてそっと包帯のした手でなぞる。
「んと、ちゃんと言えば、僕と源四郎さんで。僕、源四郎さんにお願いしたんだ。川村堂はすみれちゃんの帰る所だから、無くさないで欲しいって。そしたらね、源四郎さんと僕で川村堂を支えていかないかって言われたんだ」
「平太くん、それって・・・!」
すみれは身を乗り出して平太を見つめる。平太はすみれに笑顔を向けた。
「うん。僕、すみれちゃんがいない間、川村堂でお手伝いすることにしたんだ」
平太の言葉にすみれは感極まり言葉を失う。さきほどとは別の意味で涙を潤ませ、勢いよく平太の首へとだきついた。平太は抱きついてきたすみれにびっくりしたが、喜んでいるすみれをみてそっと肩を添えた。
「ありがとう!へーたくん大好き!」
「だだだ、だいすき・・・」
平太はその言葉にぽっと頬を染めた。深い意味はないだろうと思っても身体が反応してしまう。
「ああ、あぅ・・・ぼっぼく・・・」
顔を真っ赤にしたままどもる平太。胸の中にあったしおりを思いだし、平太は一呼吸して落ち着こうとする。すみれは平太がなにか言いたげな様子を察して黙っていた。
「きみに、渡したいものがあってここまで来たんだ」
「わたしに?なんだろう?」
平太は胸に納めていたしおりが入った包みをすみれに渡す。受け取ったすみれはその包み紙を丁寧にはずして押し花が押されたしおりを見てまばたきした。
「わあ!すてきな押し花ね・・・。きれいな菫の花」
「えっと、すみれちゃんに、わ、渡したくて・・・。あの、その」
すみれに気持ちを伝えようとして平太は勇気が出ず言葉をつまらせてしまう。すみれはしばらくそのしおりを見ていたがふと裏返してその裏にかかれた文字をみる。裏返したのをみた平太はあっと声をあげた。すみれその文字に目を通してつぶやくように読み上げている。
「あさぢふの
をののしのはら
しのぶれど、
あまりてなどか
ひとのこひしき」
すみれはその歌を読んで少し考えたようにしおりを眺める。平太は緊張した様子ですみれをみつめていた。
「これ、平太君が書いたの?」
「う、ん・・・みんなが、気持ちを伝えるなら和歌がいいって・・・そ、その歌は、ぼっ、僕の気持ち!!」
平太は真っ赤になってそう言い切る。すみれはもう一度その和歌を読んだ。
「これは恋の歌だよ?」
「うん」
「平太くん、本当にこれ、わたしがもらっても、いいの・・・?」
すみれはその和歌の意味は知っていた。その歌の意味を理解したすみれは恐る恐る平太に確認する。平太はもう言葉がだせないようで黙ってこくこくと必死に頷いていた。
すみれはこの歌の意味を知った上で平太の気持ちを伝えてきたのだとわかり、どきどきした。
「そっか。これが平太くんの気持ちなんだね」
「ぼっぼく・・・」
平太はやっと声を出した。何度も口をぱくぱくさせているがなんとか声を絞り出す。
「だっ、だいじなの。きみのことが、すごく。すみれちゃんと離れるのは・・・辛いけど。あのね、待っててもいい?」
平太はなんとかすみれに気持ちを伝える。すみれは大事そうにしおりを抱いて平太を見つめた。
「うん。私、これを持って旅に出る。旅先でも平太くんのことを1日も忘れないようにするの。・・・だからまっててほしいな」
「待ってる。ずっと待ってるから」
平太とすみれは微笑み合う。互いの想いは恋と呼ぶには幼かったが、強い気持ちで繋がっていた。二人は約束を交わして、再び遠くを眺める。どこまでも連なる山々は、奥にいくほど霞がかっていた。
──そして二人が約束してから、数日が過ぎた。今日はすみれが川村堂から旅立つ日だ。忍術学園の放課後、平太は委員会の仕事があったが事情を説明すると「会いに行ってこい」と言われ川村堂に来ていた。そこで、平太と源四郎は旅支度をしたすみれを見送っている。
「そろそろ元光先生が来られると思うのだが」
源四郎がそう呟くとすみれの後ろの方から袴姿に笠をかぶり、荷物を持った背の高い女性がやって来た。源四郎はその姿をみると手をあげた。平太とすみれは源四郎の視線の先をみる。
「あの方が元光先生だよ。おーい、元光先生!」
源四郎が名前を呼ぶと女性も手を振る。近づいてきた女性はにこりと皆に笑かけた。
「源。元気そうでよかった」
「元光先生もおかわりなく」
源四郎が頭を下げる。すみれは呆然と元光をみた。色白の目元がはっきりした美しい女性だ。年齢のわからない神秘さを持つ人物だった。元光はきょとんとしているすみれをみる。
「この子が源の弟子か。かわいいじゃないの〜。源四郎ったらいい思いしてるわね」
「何をいってるんですか。弟子ですから」
元光はすみれをみてウインクする。
すみれは聞こうかためらっていたが、好奇心が勝ってしまう。
「源四郎師匠の先生って聞いてましたから、男の人でもっとおじいちゃんなのかと思ってました。おいくつ・・・なんでしょう?」
「ふふ。こう見えても私は源四郎よりふたまわり上だわよ。」
「ええー!」
ちなみに源四郎は今年26になるがそのふた周りということは・・・と考えてすみれは考えるのをやめた。女性に年などは関係ないのだ。すみれは元光に頭を下げた。
「元光先生、はじめまして。これからよろしくお願いします」
「ええ。わたしと一緒に行けばすごいものがみられるわよ。世の中の見識を広げるにも良いと思うわ。女の子二人旅を楽しみましょ〜」
「あ、ははは・・・」
元光のお気楽ぶりにあっけにとられるすみれ。鑑定士には変わり者が多いとはきくが、元光はそんな雰囲気にあてはまるような気がする。すみれは元光のそばへより、源四郎と平太と向かい合った。
「道中気を付けるんだよ。元光先生の言うことをよく聞くようにしなさい」
「すみれちゃん・・・」
平太は名残惜しそうにすみれをみつめる。すみれも平太を見た。
「平太くん。約束だからね」
「うん!すみれちゃんいってらっしゃい!」
二人の様子を見た元光はにこりと笑う。
「あら、ボーイフレンドが見送ってくれるなんて、いいわねぇ。まあ、3年ぐらいの辛抱よ」
「じゃあ、いってきます!源四郎師匠!平太くん!」
元光とすみれは二人に挨拶して旅立っていく。その背中姿が見えなくなるまで平太と源四郎は見送っていた。
二人を見送って静かになった川村堂。ふと源四郎が平太をみた。
「平太くんは、骨董品には興味があるかい?」
「え?骨董品・・・ですか?」
「うん。せっかくなら川村堂のことやすみれのことを話したいとおもって」
源四郎は微笑む。これからは源四郎と平太と一緒にいる機会も増えていく。彼女が旅を終えて帰ってくるまで、平太はこの川村堂のことを知りたいと思った。平太も笑顔で源四郎に答えた。
「はい」
「じゃあ、そうだな、まずは僕とすみれが出会った時の話からしようかな」
そうして二人は店の中に戻っていく。
その日から平太は忍術学園に通いながら、合間に川村堂へいくことが日課になっていた。彼自信も店の中でいろんな物をみる機会も増え、見識を広げていった。たまには学級の仲間を連れて店を手伝ったこともあった。春夏秋冬、いくつもの四季を過ぎて平太は変わることなく生活を続けていく。その間も幼い頃に出会ったすみれの顔を忘れることはしなかった。彼女に送った和歌のように、篠竹が忍び延びていくように、平太の気持ちは色褪せることはなく募っていくのだった。
平太が忍術学園に通ってから四度目の夏。梅雨も明けた初夏の日差しが照りつけるある日。辺りは夕方になろうとしている時、川村堂に来ていた平太が骨董の埃取りをしていた。すると町から戻ってきた源四郎が帰ってきた。平太は13才になり、すっかり身体は大きくなっていた。学級の中でも平太は身体が大きい生徒だ。しかしどこか気弱なところは相変わらずだった。
「平太くん、さっきここに来る道中に同じ鑑定士の仲間から聞いたんだけど」
源四郎は腕を組んでその聞いた話の意味を自分でも整理するように語る。
「元光先生が近々もどられるって話を聞いたんだ。どうやら旅を終えて帰ってくるようなんだが・・・なぜ僕たちにはなにも言ってこないのだろう?」
「・・・川村堂のこと、わ、忘れてるとか?」
平太はまさか、と思いながら信じたくない可能性を考える。その言葉を聞いて源四郎は真顔になって答えた。
「元光先生も、すみれも、二人とも結構呑気だからね・・・。ありえるかも・・・」
「そんな。すみれちゃん僕たちのことわすれちゃうなんて」
平太は源四郎の予想にがっくりと肩を落とす。たしかに交わした約束。すみれは必ずこの川村堂に帰ってくる、そして自分はすみれを迎えるといった。そのことを昨日のように思い出す約束の思い出。
「ははは、女性なんてそんなもんさ平太くん。落ち込むことはない」
過去になにかあったのかと聞いてしまいたくなる源四郎のフォローに平太はため息をついた。
─その時透き通った女性の声がした。はたと平太は顔をあげる。夕方に差し掛かる時間帯に客が来るのは珍しいと思った。平太は「どうぞおはいりください」と声をかける。小さな足音がして、その女性が姿を現した。
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