迎えにいくよ
りんが里に戻って、5度目の春がやってきた。里には月がのぼり、満開になった桜が白くあたりを照らす。
彼女はあれから忍術にはげみ、里でも指折りの忍びと評価されるまでの腕前になった。髷も昔以上に長くなり女性も見とれる美しい姿になっていた。役職も担い、いまでは里の小部隊の頭になっている。先程も一仕事を終え、里の屋敷に帰ってきた所だった。
「りんどのの腕前は小柴様を思い浮かべるほどだと、引退した小頭も言っておりました。今のあなたはこの里にいなくてはならない存在です」
「そうか?私は別にそうとも思わないけどな。里には人手がいないからじゃないか?」
部隊の一人にそう声をかけられたがりんは特に浮かれる様子もなく答える。実際そうだと思っていたし、りんはいまの自分に満足をしている訳でもなかった。屋敷の庭の縁側に座り、りんは一息つく。仕事を終える度に彼女は毎日思いだす事がある。瞳を閉じると浮かび上がる赤い装束。
「りん、ここにいたか。帰ってきた所わるいが見回りを頼まれてくれないか?」
「隊長・・・どうしましたか?」
部屋から走ってやってきたのは西の部隊を任されている隊長の男だった。いつも冷静で動じることのない男だが、なぜかその時は少し息をきらして困惑ぎみにりんのもとまでやってきた。
「里に曲者が入った。相手は誰なのかもわからない。いまのところ目立った動きはないが、時期になにをするかもしれない。その曲者をお前も探してくれないか」
「貴方ですら見つけられないのですか?」
男は気まずそうに頷く。相手は手練れのようだ。りんはそっと立ち上がった。身体は疲れているが、里になにかあってはいけない。見回りにいくことを伝えると彼はそのまま別の部隊にも伝えると去っていった。
りんは庭に出て夜空を見上げる。丸い月がこちらを見返していた。庭に咲く満開の桜と相まって、心地よい夜だった。そういえば、あのときも春だったなと思いだす。
「・・・あれ?」
りんはその桜に違和感を感じる。赤い装束が見えた気がした。自分の見間違いかとその桜に近寄る。
──久しぶりに聞く声がした。
「やっと見つけたぜ。春鬼」
もうしばらく聞いていなかった名前だ。驚いて声もでないりん。呆然と桜を見ているとその影はゆっくりと地面に降り立ち、月光が彼を照らす。赤い装束に赤いサングラスが光によってぼんやりとその姿を浮かび上がらせた。
「・・・ドクタケ、忍者」
りんはただ一言そう漏らした。彼はそっとそのサングラスを外すとあの頃見た相棒の顔と面影か重なる。
それは一度も忘れたことのない人だった。彼はそっとりんに近づいた。
「しぶ鬼」
「よっ、待たせたな」
あの頃と変わらない無邪気な笑みを見て、りんはただ黙って笑みを浮かべた。懐かしい相棒の姿に、言葉にならない感情がせりあがってくる。
「ずっと待ってたよ。お前がくるのを」
やっと一言そう返すと、しぶ鬼はけろっとした笑顔であの頃と変わらない様子で答える。
「いやぁ、ほんとーはすぐ行きたかったんだけどさぁ。山ぶ鬼がもっと男を磨いてからってうるさくって。あいつ妙なとこお節介だよな」
それで、としぶ鬼は続ける。そっとりんの手をとった。
「言われた通り磨いて来たって訳。どお?」
「いいんじゃない?わかんないけど・・・」
「わかんないのかよ!ったく変わんないなお前も」
相変わらずの彼らの様子にりんも安心する。二人して笑いあっていたがふと、しぶ鬼の顔が真剣になる。あの頃とは違うりりしい顔つきに、りんは胸が高鳴り、戸惑った。わからないとはいったもののりんをおおえるほど大きくなった体や、落ち着いた佇まいに、やはり彼は男性なのだとりんは思った。
「約束どおり迎えに来たんだ。わかってるよな?」
「うん」
しぶ鬼は手を引き寄せてりんをそっと抱き締める。あの頃と同じく暖かさだった。
そして静かに離れて彼は行こう、と歩き始める。りんは少し考えてしぶ鬼を呼び止めた。勝手に姿を消しては皆困るのではないかと思ったのだ。
「長の小柴さんに伝えないと」
その言葉を聞いてえぇ?と面倒くさそうに答えるしぶ鬼。
「なにいってんだよ。僕はドクタケ忍者だぞ。一応悪役なんだからいーんだよそんなの」
「・・・みんな心配するし」
「んじゃ僕がお前を拐ったってことにしとこ」
彼はサングラスを取りだし縁側においた。これでいいでしょ、と言う。なにがいいのかわからないが、きっと小柴は自分の考えなどとうに見すかしているだろうと思い、それ以上考えないことにした。しぶ鬼は彼女の手を引き、走り出す。
「ばれないうちにいくぞ。りん!」
「・・・ああ!」
そのまま里を出ていく二人。
消えていく闇の中にぶわりと春風が舞う。桜の花びらが渦をまき、散った時にはその気配は消え去っていった。彼らの行く先は、里におかれた赤いサングラスが知るのみである。
迎えにいくよ ─完─
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