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一通りの薬をすべて孫兵に渡し、すっかり軽くなった風呂敷をもってなのかは立ち上がる。
「じゃぁ、私はこれで帰ります。・・・その、他にもいろんな薬があるんです。動物が好む薬草とか・・・あの」
なのかは孫兵の事を考える。こんな山奥で変わり者と嫌われ、人と避けて暮らしている城の兵士。こうして少しの間一緒にいたが、彼は価値観こそ根本から違うものの、悪い人には見えない。むしろ気持ちにとても敏感な優しい人に見えたのだった。なのかが言いかけようとして孫兵がうなずく。
「動物が好む薬草か。生き物は自分で薬草をみわける力があるんだ。あればみんなも喜ぶかもしれない・・・そうだな」
孫兵はぱっと笑顔を向けてぽんと手をたたく。
「ここの山には珍しい薬草もなるんだ。君が良ければ採取場所を案内するよ。なのかさんの薬草作りがはかどれば僕も生き物も助かるわけだし!」
名案とばかりに孫兵はそうなのかに言う。彼女はこんな山のなかで薬草摘みは心細く猛獣も恐れていたが、孫兵のような生き物に詳しいものがいれば百人力である。
「じゃあ、私またここに来て・・・いいんでしょうか?」
なのかはもしかしたら彼は人である自分がやってくるのは嫌なのかもしれないと思っていたのでなんとなく、その不安を伝えてみると彼は首をかしげた。
「なんでためらうんだい?」
「わ、私、虫や蛇じゃないから・・・」
なのかの返答に彼はきょとんとしてしていたが、すぐにその意味を察して微笑む。
「なのかさんってかわいいね」
「へっ!?なんですかいきなり・・・」
孫兵の言葉に顔を赤くする。美しい彼にかわいいと言われて心臓が跳び跳ねた。きっと女性ならみんなそうだろう。
「うん。なんかちいさなヤモリみたいで」
「なにそれ・・・」
かっこいい男性にかわいいと言われた後に爬虫類のヤモリのようだと言われて思わず崩れ落ちるなのか。上げて落とすとはまさにこのことと思っていたが孫兵は落としたつもりは毛頭無いようだった。
「あれ?ヤモリきらいかい?」
「好きでもないし嫌いでもないけど・・・」
「ぼくは好きだけどね。まぁいいや。また次も頼む」
そういって孫兵は家の外まで出た。なのかが一礼してその場を去ろうとしたが、それを黙ってみていた孫兵が小走りで駆け寄る。
「まってくれ・・・その・・・」
彼は顔をふとうつむかせて少し息を飲んだあと、顔をあげた。その表情は少しぎこちなく、少し怯えた表情にも見えた。
「あの、送るよ」
「え?」
なのかはその言葉の意味がわからず、反射的に聞き返したつもりだった。しかしその返しは彼にとってとても恐れていた反応だった。孫兵は彼女の気持ちを知るのを恐れて一歩下がった。
「ごめん、嫌だよな。毒虫ばっかりつれてる僕なんかがついていっても」
その孫兵の表情をみてなのかは首をぶんぶんと横に振る。まさか自分に気をつかっているなどとは思わなかったなのかは孫兵の言葉に気持ちが暖かくなる。やはり彼はとても変わっているが気持ちは優しい人なのだ。なのかはむしろ嬉しい気持ちが込み上げてきて笑顔を見せた。その笑顔に孫兵ははっとする。
「嫌なんかじゃないよ!孫兵さんがいると山道も心強いですし。お願いします」
なのかが頭を下げると孫兵は少し照れたようになのかのそばへとよった。
「なんか・・・君といると懐かしい気持ちになる。なのかさんって不思議な人だね」
「その最後の言葉、そのままお返ししますけど」
「そお?僕は昔からこうだから。じゃ、いこう」
そういって孫兵はゆっくりと山を下り始めた。なのかもそれについてく。二人は他愛もない会話をしながらほほえましく山を降りていった。
山の麓までおりると、そこには人だかりができていた。なのかはその人だかりに何事かとよっていく。すると行く途中にみた老人と二人は目があった。老人はなのかをみると声をあげた。
「お嬢さん、無事だったかね!」
「はい。無事に山を降りましたけど」
「大層心配したよ・・・大蛇の使いと山に入るなどと命知らずな子だとこのあたり皆で集まってたんだ」
「やだ、まだそんなこといって・・・」
なのかは少し困ったように言う。この時代に大蛇などという存在はいないだろうし、孫兵のことを悪く言おうとしているこの辺りの人々になのかは疑念を覚える。隣にいる孫兵は無表情でそれをみていた。
「この男!お前さん、この男は化け物使いじゃ。男の美貌に化かされておるかもしれん」
「あのね・・・孫兵さんを悪くいわないでくださ・・・」
最後までいい終えずなのかは孫兵の手に遮られる。彼を見上げるとそれは背筋がすっとつめたくかんじられるほどの冷たい視線がなのかを刺した。
「・・・いいんだ。もうそれ以上いわないで」
それはなのかに言ったのか、老人に言ったのか、彼女にはわからなかった。そのまま孫兵は足音を殺して踵を返して去っていく。徐々に山へ遠退いていくその孤独な背中になのかは胸を痛めた。
「おじいさん、本気でいってるの?」
そんな彼の姿を見たくなかったなのかはつい人だかりのなかでその老人に詰め寄った。老人はそのなのかの言葉にも耳をかたむけず言いたいことをいっている。
「お嬢さん、あの男は一見美しいが、毒のあるものを操る怪しい奴じゃ。心を奪われてはいかんよ」
「・・・」
それ以上なにをいっても腹が立つだけで無駄だと悟ったなのかはその人だかりからさっと離れていく。周りはなのかが戻ってきたことに安心してそれぞれ散っていくようだった。
帰路をたどりながら、なのかは先程の孫兵の冷たい視線を思い出す。彼はただ毒虫を愛している優しい人だ。確かに変わり者かもしれないが生き物にたいしての気持ちは本物だ。それなのにへんなことを言われ続けて山へ追いやるなど、理不尽だ。しばらく歩き続けて遠くなった孫兵のすむ山をなのかは見上げる。彼女の気持ちはこの場所なく、あの山にすむ一人の男の元にあった。
憂き世別れ―完―
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