大蛇の遣い1
「いやぁ、悪いななのかさん。君の店の台車を借りちゃって」
「いいですよ。お店は定休日ですし、使ってください」
場所は山道の途中。竹谷は食材や米俵、日用品などを詰んだ台車を引いている。その隣をなのかが歩いていた。
それはなのかが朝、町の市場を歩いていると一際目についた大荷物の男を見た。背中に米俵を担ぎ、その上にもたくさんの食材をのせてぎゅうぎゅうにくくりつけてそれを担いでいる。ふとどんな人だろうと顔を見るとそれは以前一度山を降りる帰り道を案内してくれた竹谷という男性であった。
見知った顔に小走りで駆け寄り、なのかは笑顔で挨拶する。竹谷は振り返りなのかと目を合わせるとまたあの爽やかな笑顔を向けてよっ、と片手を上げる。
「なのかさん、おはよう」
「竹谷さん、おはようございます。町の市場であうなんて・・・大量に買ってるんですね」
二人は市場の通りの端へ寄り、話す。彼はその大量に積み上げた荷物を下ろして一息付いた。
「あぁ。これ全部孫兵の分だ」
「孫兵さんの?」
竹谷の言葉に改めて荷物を眺める。なぜ孫兵の分を竹谷が買い付けているのだろうと思っていると竹谷が答えた。
「あいつ、放っておくと猪や鹿の干し肉とかそこらへんになってる芋しか食わなくなるんだよ・・・。それじゃあ力がつかないだろ?町へ行けって言っても嫌がるから俺が買い付けにいってるんだ・・・」
そう苦笑いして言う竹谷。人と会うことを嫌がる孫兵は、町に行こうとしないのでそこらへんにある食材で済まそうとしていたのだろう。それを見かねた竹谷がこうやって定期的に代わりに買い出しをしているのだそうだ。
「でも、こんな量を山に運ぶなんて大丈夫ですか?」
「大変だけど出来なくない。それに俺がどうにかして届けないとあいつの生活が心配だ」
真面目にそう言う竹谷をみて、責任感というか、世話好きというか・・・彼は根っからの善人なのだと思った。なのかはふとこれを運ぶならなにかないかと考える。すると実家にある屋台用の台車が浮かんだ。今日は店は定休日。だれも台車を使うものはいないだろう。
「なら、うちの店の台車を使ってください。今日は誰も使わないと思いますので」
なのかの言葉に彼はぱっと嬉しそうに笑顔を向けた。
「いいの!?ありがとう!本当に助かるよ〜あっ、そうだ。なのかさんも一緒に行かないか?」
「私も?」
「うん。俺が毎回来てもあいつ全然喜ばないけど、なのかさんなら喜ぶだろうし」
意外な竹谷の言葉になのかは首をかしげる。自分が来たらなぜ孫兵が喜ぶのだろうか。その時以前聞いた孫兵の言葉が浮かんだ。
"僕はもしかしたらこの山の大蛇を呼び出して君を餌にしようとしてるかもよ"
「そんなわけないでしょ!」
「・・・?そうか?」
思わずツッコミが声に出てしまう。竹谷はそれをキョトンとして見ていた。
「いえっ、違うんです!そ、そうですね・・・私も孫兵さんを心配してましたし、ついていきます!」
「よし!じゃぁ一緒にいこう!」
そんなこんなで竹谷が買い出した品をなのかの店の台車に積んで孫兵のいる山を目指しているのだった。大きな岩がある細い道の坂を登る。すると平坦な道へ出て孫兵のすむ小さな家が見えた。
そこでは孫兵が薪を集めたものを薪置き場に積んでいるところだった。隣には以前見た犬が大人しく側に立っている。孫兵はやって来た二人の方を見て、手をあげ、犬と共に二人の元へ行く。
「やぁ、孫兵。米と食材持ってきたよ」
「竹谷先輩・・・ありがとうございます。でも本当にいいんですよ?僕はそこらへんの物で生きていけますし・・・あ、なのかさん。君も来たんだ」
孫兵がなのかをみて微笑む。その笑顔が自分に向けられてなのかはどきりと脈を打つ。
「私は何も持ってきてないんだけど、ごめんね」
「いいよ。また会いに来てくれてありがとう」
「なんだよ、なのかさんには優しいんだ」
竹谷が横で茶々を入れるのを孫兵はばつが悪そうにみる。彼はひとつ咳払いをして竹谷に向き直った。
「竹谷先輩、少し話が・・・。それと荷降ろししますから」
孫兵の顔は真剣だった。それをみた竹谷も黙って頷く。なのかさんはくつろいでていいから、と一言言われてそのまま二人は台車を引いて奥のほうへ行ってしまう。
くつろいでいい、と言われても・・・となのかは孫兵の部屋を思い出す。毒虫だらけのその部屋はくつろげる場とは思えない。なのかは孫兵の家のあたりをみると彼がやり残した薪割りを見つけた。そこにはずっと孫兵の帰りを待つ犬がいる。
「うん、薪割りぐらいなら私もできる」
そういって無造作に置かれた鉈を持つ。家でも大きな薪はこのように鉈を使って割っていたのでお手のものだ。無心に薪を割っていると犬が興味深げにやってきた。なのかはその犬をまじまじとみる。野犬には間違いないのだが、その姿は多少泥がついてるものの、身綺麗だった。目を会わせると犬はなぜか嬉しそうになのかの傍へよる。人になれた、懐こい性格のようだった。優しく背中に触れる。ごわごわしているがしっとりした毛並みだった。
「あ、孫兵さんに、きれいにしてもらってるのねぇ」
持っている薪をぽいと投げると嬉しそうに犬は追っていく。それを加えて跳ねながらこちらに戻ってきた。もう一度、その薪を投げる。そんな遊びを2、3度繰返しなのかははっと我に返る。
「つい遊んじゃったわ・・・」
なのかがそんなのんびりした時を過ごしている間、孫兵の家の裏、林の近くで竹谷と孫兵は身を潜めた。そして小さな声でやり取りをする。
「仕事の話か?」
「はい・・・最近、僕が勤めている城で事件が起こっているんです」
「事件?」
その不穏な言葉に竹谷は胸がざわつく。孫兵は頷き、続けた。
「僕があの城を去ってから、あの城の兵士や忍者が・・・食われるんです」
「なんだそれは?熊か?」
人を食うなど、自分より体が大きな熊や強いて言えど猪ぐらいしか思い浮かばない。それになぜそれが孫兵に結び付くのだろう。
「いえ。被害にあった兵士の遺体には首が食いちぎられてたそうです。生きて帰ってきた者が言うには、大蛇に襲われたってうわごとのように言っているようです」
「大蛇?人を襲うほどの?」
その竹谷の言葉に孫兵は歯切れの悪い返事をする。
「おそらく・・・、僕はまだみたことはありませんが・・・でもそんな話を信じることもできません。そんな妖怪まがいなもの・・・」
「そうだな。忍者として化け物を信じることはできんな・・・」
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