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少し月の欠けた夜。二人は暗くなった道をゆっくりと歩いている。前の景色にはちらほらと明かりの灯る自分たちの住む町が見えていた。 きり丸とあやめはしばし無言で歩いており、あやめは屋敷を出た時の事を思い出していた。
二人が帰るとき、屋敷の門の前で草之助が出ていくあやめを見送るためにやってきた。その表情は少し名残惜しそうだ。そんな草之助を励ますようにあやめは弟の肩に手をのせた。
「草之助、ここで頑張るのよ。ねえちゃんもたまにはあなたに会いに行くから…」
「ねえちゃんはきり丸さんと、喧嘩しないようにね」
「やっぱり弟の方がしっかりしてらあ」
姉弟のやりとりを横目でみていたきり丸がぼやくとあやめは隣にあったきり丸の手を軽くつねった。いてぇな、ときり丸はあやめをにらむ。
草之助はきり丸を見て憧れのまなざしを向けた。彼にとってきり丸は忍者と言う尊敬の対象だった。
「ぼく、ここで稼いだら忍術学園で忍術を習いに行きたいんです。昌鷹様をお守りできるように!」
「そっか、じゃ俺の後輩だな」
「はい!頑張ります」
きり丸がちいさな草之助の頭をなでると彼は嬉しそうにほほ笑んだ。そろそろいくぞ、ときり丸はあやめを見る。あやめも頷いて二人は代官屋敷の門を出た。
二人は歩幅を合わせて並んで歩く。あやめは屋敷をでたものの、本当にこれでよかったのかと不安になった。なぜならきり丸が500文を昌鷹に返したことで 借金が返せなくなり、また彼に負担をかけさせてしまうからだ。
「ねえきり丸…本当にいいの?」 「ん、なんだよ」
きり丸を見ると彼はいつもと変わらないすんとした様子であやめを見た。あやめの浮かない表情に彼はあやめがなにかためらっているのだと察した。
「また借金返済生活に逆戻りだし…きり丸嫌でしょ?」
きり丸は黙ってあやめの腕を引っ張り寄せる。暖かい感覚がお互い伝わってなんとなく安心する。その体温を確かめて、彼はにこりと笑った。
「なにいってんの。むしろ得してるんだよ」
「そうなの?どうして?」
あやめが首を傾げて聞くときり丸はなぜがそっぽを向いてしまう。取り繕うように軽くせき込み、淡々という。
「どけちな俺がなんも得もなしにあんな大金返すわけねえだろ〜。お前といると掃除も飯も分担できるし、おまけにおばちゃんたちに差し入れがもらえる。長い目で見りゃこっちのが得だ」
「やっぱりそんなことだと思った」
あやめはいつも通りのきり丸のどけちぶりに呆れてため息をついた。もしかしたらきり丸の特別なのかも、という淡い恋心のような気持ちがあったためにあやめは落胆する。 落胆ついでにあやめもそっぽ向いていつもの悪態をついた。
「きり丸がそんなんじゃいつか来るお嫁さんが苦労しそうね」
「・・・嫁さんなんて贅沢したがるし銭がかかるし・・・」
いらない、とそう言おうとしてきり丸は黙り込む。なにか考えが浮かんだきり丸は立ち止まりがばっとあやめの肩を寄せた。突然距離が近くなりきり丸の整った顔を間近で見てあやめはほんのりと頬が熱くなった。
「お前がお嫁さんになれば銭はかかんないかも!お互いどケチ生活には慣れてるよな!?」
「・・・そんな理由じゃいやなんだけど!」
「じゃあどんな理由ならいいの」
乙女心など毛頭頭にないきり丸は面倒くさそうに聞いてくる。あやめは少し躊躇ったがもじもじしながら答えた。
「そりゃ、あ、相手のこと好きじゃないと…ねぇ」
なんだそんなことか、ときり丸は再び歩きはじめた。乙女心を軽く蹴られたあやめは思わずムッと眉間にしわを寄せた。しかしきり丸はそんなあやめにも知らん顔だ。
「そんなことあたりまえだってぇの」
眠たげにあくびしながらぼやいたきり丸のその言葉の意味は、はっきりとしておらずあやめにはわからなかった。
町に着いた二人はおりんばあの元へ行く。きり丸が約束の期限に遅れたことに詫びをして頭を下げた。
「重ね重ねすみません!おりんさんこれ、滞納した分!」
きり丸はきっちり不在で滞納した金額をまとめておりんばあに払う。おりんは遅れた事にぶつぶつ不満を言いながらもその金を受け取ると満足したようだった。きり丸の隣にいるあやめをみておりんは笑顔を向けた。
「おお、あやめ。帰ってきたんだね。あんたと離れた時のきり丸の顔を見せてやりたかったよ」
「わっ!おりんさん、なに言ってんだよ!」
慌てるきり丸におりんばあは悪そうな笑みを浮かべる。
「子どもみたいだったよ。あやめ、きり丸のことこれからも頼むよ」
おりんは長年きり丸と師弟の関係だった。いつも表立っては気丈な素振りを見せるきり丸が珍しく銭以外のことであんなふうに落ち込むなど見たことがなかった。きっとあやめは心許せる数少ないきり丸にとっての特別な相手なのだろう。
「あとこんなことは今後はないからね。きちんと毎日返すんだよ。あたしゃ地獄まで追いかけるからね」
「おりんばあさんが言うと冗談に聞こえないな」
「なにをいう、そもそもお前が小さかった頃はな…」
ぞっとしているきり丸を他所におりんはあやめに過去のきり丸の悪行を語り始めたのに彼はますます慌てて二人を止めに入った。彼にとっておりんは頭の上がらない存在であった。
「そういや、あんたの家に人が来てたよ。ほら、仲のいいあの二人…」
「二人?乱太郎としんべヱか?」
二人はおりんばあに挨拶した後、急いで長屋に戻るとなぜかいい香りが自分の部屋から漂っている。二人が部屋を覗き込むと土井、乱太郎、しんべヱがなぜか輪を囲んで夕餉を作っていた。その材料をみてあっときり丸の顔は渋くなる。
「あー!俺の米!勝手に使ったな!?」
勢いよく上がり込んで三人に怒鳴るとしんべヱが笑顔で首を振った。
「全部僕が持ってきたの」
「しんべヱちゃま大好き」
手のひらをコロリと返してしんべヱに寄り添うきり丸に他の者はずっこける。土井が呆れつつ、あやめと共に帰ってきたきり丸を微笑ましげに見ていた。
しかしなぜしんべヱと乱太郎が来ているのだろうときり丸は二人を見た。
「私は土井先生に用事があって…」「僕は乱太郎に用事があったの」
「そして私はきり丸の家にいたので自然と二人がここに集まってしまったのだ。そこで…」
『煮物パーティーをすることにしました』
何故か三人が笑顔で鍋を見せるとそこには芋や大根、こんにゃくなどが湯気をたててぐつぐつ煮えている。三人集まってなぜ煮物パーティーなのかよくはわからなかったが腹は空いていたのできり丸とあやめは大人しく輪の中に入った。
「練り物は入れてないよな?」
「もちろん入ってますよ土井先生」
「やめてくれー!」
そんなことを皆で賑やかに話しながら煮物をつつきあう団らんした一時にあやめは幸せを感じた。きり丸となら借金があっても、貧乏でもきっとうまく行くだろうと思った。
乱太郎がそうだときり丸に何気なく聞いてみる。
「きり丸、今どれぐらいお金返せてるの?」
「3分の1ぐらい。まだまだだぜ」
山盛りのおでんを頬張りながらしんべヱが思ったことをきり丸に言ってみる。
「この先、お金返したらどーなるの?あやめさん」
「え?そうね…どうしようかな」
あやめは返済でバイト漬けといえど今の暮らしに満足しているのでその後のことは考えていなかった。借金を返せば一応きり丸は自由の身だ。しかし彼はきっぱりと言い切った。
「何勝手に決めてんの。お前は俺が買ったんだぜ?500文で借金して」
「うん」
「返済したら完全に俺のもんだ。勝手に他人事にされちゃ困る」
その意味を知って乱太郎と土井としんべヱは何故か照れて視線を漂わせている。あやめだけが意味がわからずキョトンとしていた。
「きりちゃん、やるぅ」
「へっ、よせやい」
「意味は伝わってないようだがな」
なんだか不思議な雰囲気の中、きり丸はそうだと笑う。懐からびっしり文字が書かれた紙を取り出したきり丸は四人をぎらりと見た。
「せっかく集まってくれたんだから、ゆっくりしてけよ」
「きり丸それって」
乱太郎がジト目できり丸の紙を指差す。三人は長年きり丸とともにいただけ、その用紙がなんなのかすぐに察した。ご察しのとおり!ときり丸は四人にその用紙をばばんと見せた。
「きりちゃんの内職リストだー!皆朝まで手伝ってもらうぜ」
「やっぱり…」
その紙にはあらゆる所からのお店からの備品制作の依頼が書かれておりどれも大量だ。隙きあらばバイトの手伝いをさせられていた三人はうなだれる。しかしこれがきり丸らしいといえばらしいのだった。
きり丸は隣に座ったあやめの肩をぐいと寄せて陽気に笑う。そして高らかに言い放つのであった。
「俺が儲けない日なんざないぜ。毎日欠かさず汗水かいて、咲かせてみせよう銭の花ー!」
『なんのこっちゃあ』
二人の返済生活はまだまだつづく。彼らは手を取り合って最後まで笑って生きていこうとあやめときり丸は互いに笑いあったのだった。
銭の花 −完−
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