鬼銭の正体1
あやめは戸の隙間からもれる朝日で目が覚める。布団も敷かないまま眠ってしまったらしい。あちこちの体を痛めながらゆっくりと体を起こす。おぼつかない足取りで誰もいない井戸へいき顔を洗う。
冷たい水で幾分か意識が覚めてきた。部屋にはきり丸は帰っていない。軽くため息をついてあやめが長屋に戻ろうとしたとき、町のほうからガタガタと音がした。
振り返ると白んだ朝の空のした、牛がゆっくり歩いてきてあやめは二度見する。よく見るとその牛は大きな車を引いている。牛車だ。あやめは話にしか聞いたことのないそれを呆然とみていた。徐々に迫ってきたその牛車はあろうことかきり丸の部屋、つまりあやめの前で止まった。
「きり丸ー、起きてる〜?」
車の中から間延びした男性の声が聞こえる。あやめが黙ってみているとその人物がゆっくりと降りてきた。体の大きなふくよかな男と目があって、お互い沈黙する。
「・・・あれ?きり丸、見ない間に女の子らしくなったねぇ」
にこり、と表裏のない柔和な笑顔。とても親しみやすいその男の空気にあやめも飲まれてしまう。
「い、いえ。私きり丸じゃないです・・・」
「えぇ?きり丸じゃないのぉ?んーと」
男はずいぶんとおっとりした仕草で考える。あっと手をうって再び笑顔を向けた。
「結婚したんだ。奥さん?」
「してません。違います」
「ええ?違うの?僕もうわかんないよ・・・クイズの答えを教えてよ〜」
クイズをした覚えもない。どうやらちょっと、いやだいぶんずれているマイペースな性格らしい。
「私はあやめです。きり丸とは、色々あっていま同居しているんです」
その言葉に男は丸い瞳をさらに大きくさせた。
「ええっ、あのきり丸が女の子とすんでるの?!あのどケチなきり丸が人と住んでるなんて」
その人物はきり丸の事をよく知っている人物らしい。信じられないと言った風にあやめを見ている。
この男、牛車で現れその身なりからしてかなり常識はずれな裕福な者には間違いない。それがあの質素な生活一筋のきり丸の知り合いだというのだろうか?
怪しんでみつめていると、やはり男は同じ笑顔であやめをみた。
「そんなに睨まないでよ。僕、きり丸の昔からの友達。堺にいる福富しんべヱ」
「堺?海があるところ?」
あやめは海を見たことがない。昔両親の連れてきた粗忽の悪い男が堺にいた頃の話をしていたことがある。賑やかで交易の盛んな海の港がある町らしい。
「うん。そこで交易商してるの。きり丸はいないの?」
しんべヱの言葉にあやめは昨晩の事を思い出してそっぽを向く。
「真夜中から明け方まで仕事だって」
「そっかぁ。仕事か〜」
「福富さんはおかしいと思わないんですか?真夜中から明け方まで外で仕事なんて。真っ暗でなにも見えないのに仕事なんてできるの?」
あやめの疑問できり丸は彼女に忍者の仕事をしているとは言っていないようだと察した。
「いけない仕事なんじゃないの?・・・ってそんなこと聞いてもわかりませんよね」
「わかるよ」
あやめの目付きが変わる。しんべヱに食い寄ってあやめは昨日からずっと不安だったことを訪ねた。
「きり丸、遊んでるの?賭け事とか、色んな女の人と・・・」
あやめの様子に彼女は冗談で聞いているようではないと、鈍いしんべヱにもわかった。きり丸や自分の仕事は人に多言できるものではない。きっときり丸はうまくごまかせなかったのだと思った。
しんべヱは長屋の部屋の中を指差した。
「中で話そう」
そういってしんべヱは本人のことわりもなく勝手にきり丸の部屋へと上がり込んだ。
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