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広い畑、連なる田んぼ、側には緩やかな川が流れる町から離れた小道。そのなかにあるぽつぽつとある農家の一軒家に、きり丸はいた。
「どしたのきり丸。いきなりうちにくるなんて」
目の前で囲炉裏に火をつけて朝飯を作るのはきり丸の友人である乱太郎。彼は普段は農家を行っているが本業はきり丸と同じ忍者。忍の道を共に学んだ彼の心許せる友人の一人である。
「なんとなく」
「きりちゃんがなんとなくでいきなり来るわけないでしょ。なんかあったの?」
長年共に過ごしてきた乱太郎は、あの親友でさえも気を使うほどの独立心の強いきり丸がふらりと人の家に来て居座ることはない。乱太郎が優しく問いただすと、きり丸はそっぽ向いたまま呟いた。
「出ていけって言われたから」
「大家さんに?家賃払わなかったの?」
「・・・居候してる奴がいるんだよ」
きり丸は言おうか言うまいか迷って溜め込んだあと、息をもらすように答えた。乱太郎はきり丸の言葉に意外そうな顔をする。
「え?居候してる?きりちゃんの家に誰かいるの?」
「うん・・・女の子なんだけど」
それを聞いて乱太郎は手に持っていた味噌壺をまるごと鍋にいれる。二人は悲鳴をあげてあわてて味噌壺を取り出した。
「ききき、きり丸その子とどんな関係なの」
「俺が身売りされそうになったその子を買ったんだよ。借金して」
「身売り!?借金!?」
次は焼くつもりの魚を火のなかに放りそうになる。乱太郎は普段ならあまり聞かない言葉に頭が追い付いていかない。
「そいつ・・・あやめを助けるには俺が借金するしかなかったんだよ。そしたら帰る場所が無いってんで俺んちに居候してる」
「じゃぁきりちゃんいまその子とお金返して暮らしてるの?」
きり丸は頷く。乱太郎は改めてあのきり丸が借金・・・女の子と同居、と驚きを隠せないようだった。でも、と彼ははたと思う。
「なんで長屋を追い出されたの?」
「・・・しょーもねぇ喧嘩だよ」
喧嘩?と乱太郎は繰り返す。ここまで話してしまえば隠すこともないときり丸はあったことをすべて話す。
「俺が忍者の仕事してるってことは言ってないからさ、夜でるとあいつ、俺が夜遊びしてると思って怒るんだよ」
「そりゃ、まっくらな夜中に外に出ても普通の仕事は出来ないから」
「でも言えないからさ、ごまかしたらさらに怒っちゃって。俺が借りてる部屋なのに出ていけって滅茶苦茶言うんだぜ?」
乱太郎は苦笑いする。彼も独身ではあるが女性の時おり見せる理屈のない怒りは男がよく振り回されるもののひとつだ。しかし、乱太郎は彼女の気持ちになって考える。
「きり丸、その子に仕事のこと話したくないの?」
「・・・言っても困るだけだろ?知ったってわからないことは言わない方が楽じゃん」
「その子のことどれだけ想ってるの?仕方がなく一緒に暮らしてるだけ?」
乱太郎の真剣な眼差しにきり丸の息がつまる。数日前、初めて彼女に出会ったときの事を思い出した。そう、あのとき自分が借金をしたのは仕方がないこと。こうして一緒に住んでいるのも彼女に行き場がないからなのだ、そう自分は思っていた。
──しかし、本当にそれだけなのだろうか。それとも彼女を哀れに思ったのだろうか。それも違うときり丸は思う。
「あいつの気持ち、なんとなくわかるから・・・どうしようもなくて、どうしたらいいかわからないことは、人にはあるんだ。俺はそれが他人事だなんて思ってない・・・助けたいとか、可哀想だとかも思ってない」
きり丸は囲炉裏の火をまっすぐ見つめて拳を握った。
「仕方なくじゃなくて、俺がそう望んだんだ。あやめは昔の俺みたいで・・・」
きり丸は考える。あやめは今はきり丸しか頼れるものがいない。そんな彼女が言えない事を抱えている自分の姿を見て不安になるのは当然だ。ましてやあやめは親に大変な思いをされてきたのだ。人を信じきれないし、怖さもあったかもしれない。
「あやめちゃん、きっときり丸のこと好きなんじゃないかな」
「好きぃ?俺のこと?まさか」
きり丸は普段のあやめの態度を振り返る。いつも愛想のない口振り、きり丸の事を鬼だのなんだのといってぶーたれている姿。好意を持たれているだろうなどと思ったことがなかった。
「好きだから、隠し事されると怖くなるし、悲しいんだよ。私はあやめちゃんにほんとの事を話してもいいと思うな」
「そうかねぇ」
きり丸は友人でもない他人に自分が忍者だと明かしたことはない。
それを伝えて彼女が安心するなら、きり丸はあやめには言っても良いかもしれないと思う。
実は普段は無愛想でつっけんどんな彼女だが、何だかんだで家事を手伝ったり真面目に彼の持ってきたアルバイトをする姿はきり丸への感謝の気持ちであるのだ。きり丸もそんなことに気づかないほど鈍感ではない。
「しゃーない。面倒だけど説明するかぁ」
素直になったきり丸をみて微笑む乱太郎。彼の顔にすすのこけた煙があがる。乱太郎は咳き込み囲炉裏に視線を下げると半分焦げている魚があった。
げっ!ときり丸はその半分焦げている魚を取り上げた。
「半分焦げたぞ」
「ごめん、話に夢中になってしまった」
てへへ、と笑ってごまかそうとする乱太郎の器に素早くその焦げた魚をいれる。それをみて乱太郎はあっと声をあげた。
「これはきり丸の分でしょ!」
「焦がしたのは乱太郎だろ!」
焦げた魚をお互い押し付けあうなど他愛もないやりとりをする。そのやりとりは最後には笑いになっていった。
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