とらきち騒動1


忍術学園は本日はお休み。宿題も前日に終わらせた小梅。いつも休日は実技の練習や図書室で勉強など学園で過ごすことが多いが、今日は少し違っていた。素朴な小袖姿に鮮やかな羽織を着て忍術学園の近くにある賑やかな町へ向かっている途中だ。

『小梅先輩、忍者の勉強も良いけど、たまには潤いもなくっちゃダメですよっ!』

昨日夕御飯ご飯を食堂で食べようと席に座ると同じくくのいち教室の後輩のユキが隣にやってきて、明日の休みはどうするのか、聞いてきた。小梅はいつも通り自主勉強と答えるとユキが『だめです!』っと迫ってきて先程の言葉を言ったのだ。

「潤いって・・・なに?」
「おしゃれしたり、おいしいお茶屋さんにいったり、友達と恋の話をしたり〜!」

小梅はユキの話を聞きながら漬け物を口にいれる。ぽりぽりと食べながら小梅はユキの言ったことを考える。昔からやんちゃで女の子らしいことなどはあまりしたことがない小梅。荒い男のようにがさつという訳でもないが、ユキの言う「潤い」などはあまりしたことがない。

「勉強する小梅先輩の姿も素敵ですけど・・・女の子らしい小梅先輩も良いと思うんですっ!」
「そうかぁ。考えたこともなかった・・・。そうね、明日は町でお買い物しようかなぁ」

是非!なんなら付き合います!と気の良いことを言ってくれるユキ。ユキと一緒なら楽しい休みになるだろうと想像する。しかしせっかくの休みに後輩が自分に気を使うのは大変だろうと小梅は遠慮した。

「そうですかぁ・・・私は構いませんのに」
「ありがとう。また誘うよ。くのいち教室のお土産、買ってくるから」

お土産、という言葉にユキは目を輝かす。

「うふふ、楽しみにしてます」

そうしてユキの言ったとおりに町へ買い物に来た小梅。小梅はあくまで日用品で足りないものがあれば買い付ける気持ち程度の外出であった。田んぼ道を抜けると人々が行き交う街道へでる。小梅は通行人をよぎり、歩いていると、町の方から一人の男が走ってきた。男は特に変鉄もない普通の男に見えたが、小梅が注目したのは男が胸にかかえている一匹の子猫。
 
「そこの娘!頼みがある!」

あろうことかその男に声をかけられる。小梅は足を止めて男を見た。
息を切らした男は突然小猫を渡してくる。とっさに生き物を渡され理由もなしに受け取ってしまう小梅。猫はとてもおとなしかった。

「しばらく預かってほしい。夕方前に、町の大きな桟橋で待っててくれ!必ず取りに来る!」
「えっ!ま、まままって・・・!」 

小梅はそのままどこかへ行きそうな男をあわてて呼び止める。男は小梅の話を聞くどころではないのか、一言言った。

「そいつの名前は・・・そうだな、とらきちだ!頼むぜ!」
「ええー!」

そのまま嵐のように去っていった男をなす統べなく見送ってしまう。残された小梅は呆然と手のなかにあるあたたかい、まだ小さな体の茶とら猫をみつめる。首には布で丁寧に縫われた首輪に小さな銅の鈴が下げてある。ころん、と微かな音を立ててその茶とら猫、とらきちは小梅を見つめていた。

「・・・ど、どうしよ。置いていくのは絶対できないし。あの人、町の桟橋で引き取りにくるのよね。それまで預かって欲しいってことよね」

起きたことを整理するうちに小梅は町へつく。とりあえずとらきちは小梅の羽織のなかにくるんで前でだっこしながら歩いていた。とらきちは人見知りしないのか怯える様子もなく小梅にくるまれたまま町の様子を興味深げに眺めていた。

予想外のことが起きたものの猫を預かっているのだと割りきり小梅は町の店を歩きながら買い物を楽しむ。筆や本、たまに見かける美しい髪飾りや小物にも目が奪われる。その時、後ろからおずおずと声がかけられた。

「あの、ちょっとごめん。その猫・・・少し見せてもらえるかな?」

小梅は猫と聞いて自分のことかと振り替える。そこには自分と同じぐらいの男の子。体つきがいい少し大柄な男で、ボサボサの髷を高く結っている。彼は愛想のよい笑顔で小梅の前に立った。

「茶とらに銅鈴・・・」

男は小梅の胸に顔を寄せてじっと抱かれている猫をみつめる。思わず一歩引くと男は慌てて頭を上げた。

「あぁ、すみません。逃げた猫を探していて・・・っ!」

男は小梅と目があった瞬間固まった。ばっと体を離してなぜか起立する。

「あっ・・・えっと、俺・・・いや私は竹谷八左ヱ門と申します!きみ、じゃなくて、貴方の名前は?」
「小梅です」

竹谷はなぜかたじたじとして頬を赤く染めて小梅を見つめた。じっと見つめられて小梅は首をかしげる。

「かっ、かわいいですね」
「ええ。この子今私が預かってるんです」
「へっ?・・・あ、あぁその猫もかわいいけど・・・そうだ!猫!」

竹谷は偶然出会ったこの少女に胸をときめせた。素朴ながらにありのままでいるような姿、芯のある瞳。すべてが彼の視線の虜にしたのだ。

竹谷はそんな彼女のことを「かわいい」と無意識にぽろっといったのだが小梅は抱いたねこの事を誉めたのだと思ったようだった。

しかし彼には一つの任務があった。それは小梅と同じ忍術学園、大川学園長に渡された任務だった。

時は本日の朝に先上る。休みということで朝には実家に帰る生徒もおおいなか、竹谷は学園長に呼ばれて庵のなか、大川の前で頭を下げていた。

「竹谷八左ヱ門」
「はい」

竹谷はゆっくりと頭をあげる。すると学園長は彼にひとつの任務を与えた。

「わしと交流のあるD城の殿様の愛猫が盗まれた」
「猫?」

竹谷は首をかしげる。D城は猫を飼っていたのか、とそれぐらいの気持ちで竹谷は聞き流していた。大川はとじた瞳をあげて竹谷を見据える。

「その猫を取り返して欲しい」
「いいですが・・・なぜ僕が、なんでしょうか・・・」

素朴な疑問だった。竹谷が何気なく聞くとさも当然というように大川は答える。

「生き物探しといえばお主じゃろう?」
「いやっ!僕好きで生き物探してるわけではなくてですね!孫兵がいつも逃がしているのを仕方なく・・・」

大川はいつも生き物を逃がしては捜索している生物委員を生き物探しのエキスパートと勘違いしているようで、竹谷は心外だと落ち込んだ。しかし、改めて大川の相談を思い返す。城で飼われていた殿様の愛猫が盗まれたと言っていた。なぜ脱走を疑わないのか。

「逃げたのではないのですか?」
「至るところを探したが足跡がなかった。代わりに別の人間の足跡が見つかったのだ」
「そうですか」

竹谷は考える。生物は責任をもって最後まで世話をする事がモットーである竹谷。殿様の猫が盗まれたとあってはその猫の命は今頃どうなっているのか・・・。ふと竹谷はなぜその猫が狙われたのか、疑問を持った。

「その猫はなぜ狙われたのか・・・」
「それはな、あの猫の鈴のなかに、極秘情報の密書を隠してあるのだ」
「ええっ!?猫の鈴に?それまたやっかいな所に隠しましたね」

大ぶりの鈴であれば、小さな密書を細かく折って入れれば入らないこともない。あとは猫の鈴を割って取り出せば密書を手にいれることができる。恐らく猫に密書があると見破った者がその殿様の猫を連れ去ったのだろうと思った。

「猫は茶とら柄に銅鈴をつけておる。見つけられるか?」
「わかりました。竹谷八左ヱ門、忍術学園の生徒として、生物委員として、無事に猫と密書を取り戻して参ります!」

そうしてまずは調査としてD城の城下町にあたるこの町を調査していたのだった。
お互い忍術学園の忍たま、くのたまであるのだが偶然にも小梅と竹谷は顔を知らなかった。竹谷の方は小梅の名前は知っていたが、そのくのたまの小梅と目の前にいる彼女が同一人物とは、思わなかったのだ。

「小梅さん、この猫は貴女の猫ですか?」
「いえ、この子は別の方の猫なんです。何だか急用みたいでしばらく預かって欲しいって渡されたんですよ」

小梅はとらきちのおでこを揉むと気持ち良さそうに目を細めていた。その姿に竹谷も和みそうになるが、すぐに気を取り直した。この猫は大川学園長から聞いた猫とよく似ている。

「名前は?」
「とらきちです。とっても大人しくていい子なの。あの、竹谷さんは猫を探しているのですよね」

小梅は先程竹谷から聞いた気になる言葉を思い出す。逃げた猫を探していると言っていた。
彼はその言葉にぎこちなく頷く。

「よければ、私も探します」
「えぇ?でも小梅さんはお買い物の途中なのでは」
「いいんです。元々気分転換のつもりで大した用はなくて。それよりも竹谷さんの猫ちゃんがいなくなった方が心配ですから」

そういって心配そうに覗き込む小梅の眼差しに竹谷はどきりとして再び頬を赤らめる。竹谷から見れば彼女は殿様の愛猫らしき猫を持つ、猫を盗んだかもしれない怪しい人物なのだ。しかし、そんなことを思っていても一目惚れをしえしまった彼女にはどきどきしてしまう。

「小梅さんはこの町の人じゃないんですか?」
「いえ、私はここからちょっと離れてる・・・かな?」

小梅も忍術学園のことは言えないのでとりあえず曖昧な返事をする。それをますます竹谷は怪しむことになってしまうのだが。

彼女の明るい雰囲気や態度から、とても相手の猫をだまって奪うような人柄には見えない。できれば自分の予想は外れて欲しい。そう竹谷は願いながら小梅にお願いした。

「俺の探してる猫は茶とらで、銅鈴をつけているんだ」
「あれ、だったらこの子にそっくりだなぁ・・・」

小梅はとらきちの丸い瞳をみつめた。ころん、と銅鈴が鳴る。しかし、これは男性から預かってほしいと言われた猫なので彼とは飼い主が違う。とらきちによく似た猫を探すと良さそうだ。

竹谷に向き直って小梅は笑顔を向けた。彼はきっとこの町の住人だろう。元より困っている人を見過ごせない小梅は快く竹谷の猫探しに協力するのだった。

竹谷はその笑顔に再び見とれてしまう。偶然であったこの素敵な彼女と町を歩けることが、本来の任務とは違うこととわかりつつも、嬉しくあるのだった。



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