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その後花園屋は全員やって来た役人に取り押さえられた。小間物屋を装い風俗店を営んでいた花園屋は不当に不埒な商売をしていたとしてすみやかに営業停止となったのだっ
た。
夕方前、すっかり陽も暮れかかった頃三人はきり丸の長屋の前で立ち止まった。土井があやめときり丸と向き合う。
「まったく、お前と関わると色んな事件に深入りしてしまうな。あやめさんも大変だろう」
「あやめもどっちかってと俺と同じトラブルメーカーですけど」
「否定できないかも」
苦笑いしてところで、とあやめは土井をみる。
「土井さんはなぜこちらに?」
「いや、花園屋の件が気になって来てたんだ・・・ついでにきり丸にも協力してもらってあんなことをしたのさ」
本当はきり丸があやめの件で土井の元を訪ねた流れであやめの身の安全のため花園屋へいったのだが、それは言わず土井は笑う。
「だから私はもう帰るよ」
「はい。助けていただいてありがとうございました。お気をつけて」
あやめは頭をペコリと下げる。きり丸はちょっと気まずげだった。
土井はそんなきり丸に肩をぽんと置いて笑顔で踵を返した。二人はその背中姿を見送る。土井の姿が遠のいたころ、ぽつりときり丸は遠くを見ながらつぶやく。
「あのさ、これからも、ここにいろよ」
「え?」
ひとり言かと思ったその言葉は自分に投げかけられているのかわからず、あやめはきり丸の方を向いて聞き返す。
「ここにっていうか、俺のとこに」
きり丸は少し頬が赤くなっていた。素直に理由を言えないきり丸はやはり直接気持ちを伝えることができなかった。あやめはその言葉に口を尖らせた。
「どうせ、家事を分担できるとか、忍者の仕事しながらバイト頼めるとか、そーゆーことでしょ」
あやめはそういって面白くなさそうにきり丸に言った。しかしきり丸は真面目な顔して首を横に振る。彼女とともにいたいという理由はそういう事ではなかった。彼は言おうか言うまいか躊躇していたが、意を決してきり丸はあやめに向いた。
「ちがうんだよ。俺、君と一緒にいたい。昔は貧乏だったし今でもドケチな俺だけど、この気持ちは本当なんだよ。あやめが自立したいなら、本当は俺も手伝うべきなんだろうけどさ、・・・それよりもお前と離れるのが嫌なんだ!」
きり丸はこんな風に人に素直に気持ちを伝えることはあまりしなかった。それこそ自分の家族にしか言わない。彼にとってあやめは家族同然なのだと思った。あやめははじめてきり丸の本心を聞いて、一瞬冗談かからかっているのかと思ったがその真剣な眼差しに返そうとしていた皮肉が言えなくなり、黙り込んでしまう。その姿に、きり丸はやはり彼女は自立がしたいのだと思ってしまった。とっさにきり丸はぎこちなく笑ってごまかす。
「・・・な、なーんてな。ごめん、そんなマジな顔すんなよ」
「きり丸」
きり丸はあやめの呼びかけを聞き流してあやめに背を向けた。かっこわりー、と一言呟いて。
「きり丸ってば・・・きいてよ」
「なんだよ。バカにしたいならしろ」
「しないって。ちょっと驚いてたの。いつもなら絶対余計な一言言うでしょ」
あやめはきり丸の袖をちょんちょんと引っ張る。こっちを向けという意味らしい。きり丸はごしごしと目元をこすりいつものように振舞うようにして向き直った。
「私、世間知らずでしょ?初めてきり丸に会ったときはね、周りが知らない人ばかりでとっても怖かったけど、でも・・・今は出会ったのがきり丸でよかったなって思うの」
「うん・・・」
「だから、今日はちょっと不安だったんだ。だってお金返したら、きり丸と一緒にいる理由、なくなっちゃうから。それにずっときり丸にお世話になるのも悪いと思ったから・・・」
しかしあやめも本当はきり丸と同じ気持ちだった。もしこの生活が続けられるなら、あやめはそれでも幸せだった。しかしそうなるときり丸との関係はどうなるのだろうと思ったのだ。それを聞くのを躊躇ったあやめは、やはり自立すべきなのだと思った。
「なら、そういう関係はもうおしまいにしようよ」
きり丸はまっすぐあやめをみた。
「今日から、俺たち、家族になるんだ」
「家族?」
きり丸はうなずいた。今まで見たこともない優しい少年のような笑みを浮かべる。
「うん。俺が帰ったらお前がただいまっていって、今日あったこと話して、まぁケンカもしたりしてさ・・・それが死ぬまで続くんだ。俺、そういうのにずっと・・・憧れてた」
きり丸は少し目を伏せた。彼は幼い頃に家族を失くし、かつてあったものをどこかでいつも欲していた。
「それ、ここにきてからやってる、いつものことだよ。その相手がずーっと、私でいいの?」
「うん・・・・・あやめがいい」
「きり丸」
やけに素直なきり丸はどこか自信がなかった。そんな彼をあやすようにあやめは背伸びしてきり丸の頭を撫でた。そのままきり丸はあやめの腰に手をまわして引き寄せる。
「ちょっと、なにしてんの」
「いやぁ、ちょうどあったもんで」
「”セクハラ”ていうんでしょ。こーゆーの」
「そんな時代違いな言葉どこで覚えんだ」
きり丸は彼女を抱きしめてなんとも言えない暖かな気持ちになった。土井といたころと似ているような、陽だまりにいるような感覚。もう二度と手にする事はないと思っていた家族の存在。絶対無くすまいと思ったきり丸はそっと引き寄せた。
「もうおれのもんだ。あやめ」
「お金を拾ったときと同じ言葉じゃん」
「いや、銭が一番・・・いてて!」
あやめはきり丸の頬をつねる。この期に及んで自分より金だと言おうとするきり丸を睨んだ。いつもの癖が出てしまったきり丸は謝りながらあやめから離れつねられた頬をさすった。
「これからは銭とお前が一番ってことにする」
「銭と一緒って・・・もう、きり丸嫌い」
そっぽ向いてしまうあやめ。しかしこれはきり丸の照れ隠しだった。鬼銭のきり丸と言えどさすがに人と金は比べられない。きり丸はごまかしたように笑ってお腹に手をやった。
「あー、腹減った。飯にしようぜ」
「今朝とった山菜が残ってるから今日も雑炊ね」
「今日はおばちゃんから一夜干しの鯵をもらったんだよ。ちょっと豪勢だ」
「あら珍しいわね」
そういって二人は自分達の部屋へと戻っていく。居候という関係から家族に変わった後も二人の関係は相変わらず慎ましやかだった。山菜を取り出すあやめの姿を見てきり丸は思い出す。
──であった頃は厄介なことに巻き込まれたときり丸は思っていた。無愛想で口を開けば可愛くない言葉。言い合いなんてしょっちゅうだったというのに、いつの間にか家族にしたいなんて言ってしまうほどにきり丸はあやめにはまっていた。彼はあやめを助けると同時に心の中で求めていた故郷のようなあやめという存在を見つけていたのだ。
自然ときり丸は口を開いた。
「結局救われたのは、俺の方だったりして」
「?なにいってんの?」
「なあんでもない」
きり丸は将来の妻ににっこり笑って手を振った。
三百文の嫁
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