準備のできたわかばと留三郎は八方齋にみせるための鍬と鋤を一本ずつ用意した。それをおおきなかごに納め、食満が背負う。その重さはずっしりしていた。

「結構重いじゃないか。お前一人でこれを運ぶのは、難しいぞ」
「ありがとう。トメちゃんがいてくれてよかった〜」

わかばは残った鍛冶屋の男たちに声をかける。わかばが仕事でいない間は彼らで代わる代わる対応するつもりらしい。いっておいで、と男たちに見送られてわかばと留三郎は町を出てドクタケ城を目指していく。いろんな人とすれ違う街道を歩きながらわかばは隣で合わせて歩く食満を見て微笑んだ。

「こうやってトメちゃんと一緒におでかけってはじめてね」
「・・・そうだな。いつも俺が来て修理をお願いするだけだったしな」

留三郎は過去のことを思い出す。わかばとは同い年であり、一年あたりは修理をお願いするついでにわかばと会いにいって店で遊ぶようなものだった。遊びながら先輩に注意されたことを思い出す。あれから先輩も卒業し、自分もその先輩と同じ年になった。あの頃のようにわかばとじゃれあうことはなくなったが、昔の自分を知る数少ない存在なのがわかばだ。

「お前もいつのまにか看板娘なんかやってるし」
「あら、私だってもうれっきとした女性なのよ?お仕事ぐらいはやるわよ〜」

わかばはあの金物屋の一人娘だ。ほかに兄弟もいない彼女はそのうち婿養子を取るのだろう。留三郎は互いに大人も近づく年なのだとしみじみした。・・・が反面実はいつその時が来るのかはらはらしているのだった。

「トメちゃんだって、町の男の人よりもたくましくなって・・・学校に通ってるって言ったけど武芸も習っているの?」
「えーっと・・・それはだな」

わかばは普段こそとてもおっとりしているが時おりこんな風に意図せず鋭いことを聞いてくる。留三郎は忍者の学校に通っているし、武術も好きで鍛練を欠かさない方なので自然と体つきも逞しくなってしまう。一般人である彼女には真実は言えないので適当に濁すことにした。

「あぁ。農民も足軽になる時代、俺ももしかしたら兵士になるかもしれないだろう?まあ、武芸も立派な教養だ」
「そうなの・・・そうよね」

わかばは前を向き直る。その眼差しが少し寂しく見えたのは留三郎の見間違いだろうか。
そんな会話をしているうちに、留三郎にとってはそう珍しくもないドクタケ城の城壁が見えた。門の前に立ちわかばはとんとんと控えめに門の戸を叩き声をかけた。

「すみません。金物屋のものですが、とりつぎお願い致します」

しばらくすると足音が近づいてくる。すると戸がきしんだ音を起てて開く。すると槍がわかばの胸に向けられ彼女は驚き留三郎のそばへと足を引いた。留三郎もわかばを守るように相手をにらむ。

「なんだ、町娘か。金物屋ということは鍬と鋤を持ってきたのか?なら入れ」
「はい」

わかばは城の敷地内に入る。留三郎も続いて入ろうとして兵士に槍で遮られた。なぜそんなことをするのか、留三郎は兵士を見た。兵士は頑なに彼を通そうとしない。

「わるいが、男はなにをするかわからないからな。入れられん」
「なんだと?俺が怪しいって言いたいのか?」
「ああ。いまドクタケは戦の準備で皆緊迫状態だ。ここで待て」

トメちゃん、とわかばは留三郎を見た。彼はそれ以上兵士に逆らうのはやめようと一歩退いて持っていたかごを兵士に渡した。それをわかばに渡してほしいと伝える。兵士はわかったとそのまま門の戸を閉めてしまった。

残された留三郎は門の外で腕を組んだ。あの兵士の言葉が本当ならドクタケは本気でどこかの城と喧嘩をするつもりだろう。そんな企みを知ってなにも調べずに帰ることなどできないし、第一、一人でわかばがドクタケ城に行ってしまったのだ。華奢でか弱い女性一人が野郎どもの中に入って無事でいられるのだろうか・・・最悪なことを考えてしまいますます留三郎は心配になりその場を離れられずにいた。

「やはりわかばの側にいなければ・・・」

留三郎はそんなことをぽつりと呟き高い城壁を見上げた。

一方わかばは初めて城の中に入ったもので行き交う兵士や剣士が珍しくぼんやりと眺めながら見てしまう。しかし不思議なことにすれ違う男達のほとんどの顔に生気がなく、やるせなさを感じるのだ。わかばは城の兵士とはそんなものなのだろうがと疑問を持っていた。
そんなことを思いながらわかばは兵士にここで待つように言われた間の入り口で待つ。しばらく一人で待っていると一人の赤い忍び姿の男がやってくる。男はサングラスをしており素顔はわからないが、わかばをみつけると声をかけた。

「お待ちしていました。金物屋さんですよね?今担当の稗田は打ち合わせ中でして・・・よろしければ客間でお待ちいただけないかと思いまして探しておりました」

男は注文をした八方斎の部下に見えた。打ち合わせ中ならしかたないとわかばは頷き男に案内されるまま客間の前へいく。そこですれ違う者・・・やはりどの顔も暗くやつれている。わかばはそんな者達を無視できないととうとう案内する男に尋ねた。

「あの、みなさんとてもやつれてますね。どうなさったのでしょう?」

男はまたひとりすれ違った兵士の顔を見て、あぁ、となにか知っている風に見ていた。わかばは昔から困っている者を見捨てておけない献身的な一面がある。男は言おうか迷ったが、秘密にするほどでもないだろうとその理由を話した。

「見ての通り、ドクタケは戦の準備で忙しい。この戦をおそれて家事をする女中がみんなやめてしまってな。飯も満足に食えないんだ」
「まあ。それは苦しいでしょうに・・・じゃあまともなご飯もたべてないの?」
「そうかもしれんな。俺は忍者だからまともな飯が食えなくともしのげるが・・・」

わかばは考えた。八方斎はしばらく打ち合わせでこれない。こんな状況の中満足に食事もとれない兵士達を不憫に思った。どうせこのままおとなしく客間にいるよりも、彼らの為になることがしたい、わかばは男に頭をペコリと下げる。急に頭を下げたわかばに男は戸惑った。

「あの、私でよければ食事を作らせてください」
「え?えぇ?なにを言い出すんだあんた。いきなりうちに来て飯をつくるって・・・鋤や鍬を見せにきたんだろう?」
「そうですけど・・・みなさんの顔を見てたら放っておけませんわ。打ち合わせが終わるにはまだかかるのでしたら、やらせてください。今お昼前ですし・・・お願いします」

再度頭を下げるわかばに男は困ったと腕を組み考えた。たしかに今は女中も少なく人手が足りていない。このままでは兵の士気はさがるばかりであるのも問題だ。男はうなずいてわかばに答えた。

「わかった。客人に手伝わせるのは気が引けるが、そういってもらえるなら頼みたい。厨房に案内する」

男は客間から厨房へと行き先を変えて案内する。ドクタケ城の調理場は広く設備も整っていたが男の言ったように女中がみんなやめてしまったのでがらがらであった。わかばは食料庫にある食材をみて献立を考えている。男はそれを心配そうにみていた。

「あれと〜・・・あぁ、あれもいいわねえ」
「おい・・・大丈夫か?一人でたくさん作ることになるぞ?」

わかばはのほほんとした朗らかな笑みを男に返す。そして両手を合わせて小首をかしげた。

「お手伝い、していただけます?」
「はあ、やっぱりくると思ったぜ」

なぜかわかばの言いそうなことを予期していた男は、彼女の笑顔をみてまあいいか、と思ってしまうのだった。



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