獅子竹城の忍


獅子竹城は崩落寸前だ。辺りで兵士が叫ぶ声が聞こえる。辺りは騒がしいほどだというのに、今福彦四郎は獅子竹城の切腹の間の中で冷たいほど静かな時間を過ごしていた。目の前には腹を切るための一式が備えられていた。

この城には獅子竹城の城主である清之助と彼の唯一の側近であり隠密であった忍者、彦四郎二人だけだ。重苦しい空気のなか、清之助は右肩と腹を出しままぽつりと呟いた。

「すまない。彦四郎、私なんぞに仕えた結果、これだ」
「・・・・・・」

彦四郎は黙って長年使えてきた城主の言葉を聞く。清之助とは忍者の学舎、忍術学園を卒業してこの獅子竹城の忍者になった彦四郎が初めて務めた城の城主の事だ。その清之助は恐ろしく用心深い性格で、家臣もおらず、ほんのごく一部の者にだけ内政を打ち明け進めていた。彦四郎はその中の筆頭であり、清之助にも信頼されていた。清之助はいやに素直で、いつも少し自信無げな彦四郎の一面をなぜか気に入ったらしく、唯一の忍者として表向きは兵士の一人に紛れ込み仕えさせていた。

「本当に自刃するおつもりで?」
「俺はここまでしかできん男だった。ここで生き延びても周りに恥をさらすのみだ」
「私は、どんな逆境でも貴方についていきます」

彦四郎は切腹の意思を頑なに崩さない清之助へ、感情をもらすまいと押し殺して話す。彦四郎の言葉に清之助は笑った。

「お前のその、バカに真っ直ぐな所が好きだった。彦四郎、お前は忍びの仕事向いとらんのではないか」
「・・・・・・」

軽く笑って、清之助の醸し出す空気が変わる。覚悟を決めたようだった。彦四郎は小刀を抜く。苦痛をすぐに終わらせたいと、とどめを刺すためだった。
事がおこなわれ、呻く声を聞きながら彦四郎はひたすら呪詛のように心である言葉を唱えて、持っていた小刀を清之助の首めがけて一気に刺した。

"いやだ"

暗闇のなかで彦四郎が唱えるその声はなんどもなんども響いて、彦四郎は叫んだ。

「いやだ!」

体がはねて飛び起きる。ここは平和な町にある塾、今福塾の自室だ。彦四郎は布団から起きて肩で息をしている。背中から首にかけて汗をかいていた。

──またあの夢か。

だがそれは夢ではない。自分が十八だった二年前、勤めていた獅子竹城は敵国に攻められて落城した。側近として城主の清之助が自刃する最後の最後まで共にいたのが自分だったのだ。

「はぁ、嫌なことを思い出した」

ため息をついて彦四郎は部屋を見渡す。獅子竹城を出て彦四郎は忍者をやめた。そして町で塾を開き教師となったのだ。彦四郎は幼い頃から大変勤勉な性格で、まだ二十という若さだが教養や知識はしっかりと身についていたのだ。それを生かして町で読み書きから算術、世間の道徳など、十歳あたりまでの子供たちに教えている。

僕はこの夢を一生見るのだろうか

まだ治まらない動悸に胸を手にあてて彦四郎は瞳をつむる。忠誠を誓った城主の「忍者に向いていない」という言葉がよみがえる。城主が失くなったということから縛られ、忍びの仕事につけずにいた自分の臆病さに彦四郎は自分であきれていた。再び眠る気にもなれず彦四郎は立ち上がり寝巻きのまま戸を開ける。雀たちがさえずる音と、木々から飛び立つかさかさというざわめきが聞こえた。空はしらんでおり、朝を迎えようとしていた。


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