山田利吉×土井半助 Unofficial Fan fiction
「山田先生!」
「どうした?半助」
「明日からの休み、私も山田先生と一緒に氷ノ山に帰る予定だったのですが、学園長先生に新火薬の実験に協力するよう頼まれてしまいまして…」
「なに?!またか」
「はい…」
「じゃあ半助は、この休みは氷ノ山に帰らないのか?」
「いや、学園長先生に実験内容を詳しく聞いたところ、さほど面倒な実験ではなさそうだったので明日の夜には氷ノ山に帰れそうです!」
「そうか!それなら良かった!」
「はい!」
「お前さんが帰らないと利吉が拗ねるからな」
「ふふっ!利吉くんも帰って来るのですよね!私も久々に利吉くんに会えるのが楽しみです!きっとまた大きくなっているんでしょうね!」
「アイツももう14か… まったく図体と態度ばかりデカくなりよって」
そうは言いつつも、目を細めながら話す伝蔵が微笑ましくて半助がニコニコ笑うと、ポンと半助の肩に大きくて温かい手がのせられた。
「儂は明日の朝、先に氷ノ山に帰っているから、お前さんもはやく氷ノ山に帰ってきなさい。待っておるぞ!」
「はい!ありがとうございます!」
新火薬の実験は思ったより早く終わり、半助はふんふんと鼻歌を歌いながら氷ノ山への帰路に着いた。
「これなら夕方頃には氷ノ山に着けそうだ!」
街を歩いていると、なにやらわいわいと人集りが出来ており、見れば南蛮菓子を売る新しい店が出来ていた。
「ほぉ!山田先生御一家になにかお土産を買っていくか!」
半助は乙女色の店内に足を踏み入れると、色彩豊かな菓子の数々に目移りした。
「カステイラにボウロ、ビスカウト、うーんどれにしようかなぁ」
色々と手にとって悩んでいると、一際鮮やかな色を放つ品に目が惹かれた。
「ん?ああ!金平糖!」
まるで空の星々のようにきらきらとしているそれが自分を兄のように慕ってくれた可愛い彼の子と重なった。
「利吉くんとよく星を見に行ったな…」
なによりも輝く大きな瞳に魅せられて空を見上げる彼ばかり見ていた、と半助もまた利吉を想い目を細めるとそれとカステイラを手に持ってウキウキと帳場に向かった。
「ただいま帰りました!」
「おかえりなさい」
半助が山田家に帰ると奥方が温かく半助を迎えた。だがウキウキ顔も束の間、居間に入ると、伝蔵がむくれ顔で囲炉裏の前に座っていた。
「あの、山田先生?どうかされましたか?」
「おお半助!帰ったか!」
「はい!思いの外はやく火薬の実験が終わりまして!」
「それは良かった!まあ座れ!」
「はい!…ところで利吉くんは?姿が見えないのですが、まだ帰ってきていないのでしょうか?」
半助の問いに再びむくれた伝蔵に代わり、茶を持ってきた奥方が口を開いた。
「それが、この人と喧嘩をして…朝に家を飛び出したっきり帰って来ないんです」
「ええ?!」
「喧嘩ではないわ!アヤツときたら未だに反抗期なんだ!」
「朝に飛び出したきりって、もう夕方ですよ?!私、利吉くんを探してきます!」
「放っておけ!腹が減ったらそのうち帰ってくる!」
「ですが…」
「半助、お前も腹が減っただろ。夕餉にしよう。」
夕餉を終えて半助と奥方が土間に並び後片付けをしていると、奥方がそわそわと外を気にしている。それはそうだ、もう夜も遅いのに一人息子が帰って来ないのだから。半助も先ほどからずっと胸がざわざわとして落ち着かない。
「利吉くん、心配ですね」
「そうね。でもあの子ももう14。あの人の言う通りほとぼりが冷めたらそのうち、ふらっと帰ってくると思うんだけど…」
「…私、やっぱり利吉くんを探してきます」
「貴方も久々に帰ったばかりなのに悪いわ。夜中になっても帰って来なかったら私が辺りを少し見てきます」
「いえ、私に今から探しに行かせて下さい!どこかで動けなくなっていたら大変ですし!」
「でも…」
「それに、私もはやく利吉くんに会いたいですから!」
「…そう?じゃあお願いしてもいいかしら?」
「はい!お任せ下さい!」
朝から何も食べていないという利吉のために、おにぎりを拵えてもらって、半助は利吉の捜索に出かけた。利吉の居場所を考えてふと空を見上げれば、半助の頭上に満天の星空が果てしなく広がっていた。半助は口元を緩めると勢いよく駆け出した。
「あれ、利吉くんいないな」
深い林を抜けた先に広がる緩やかな丘。2人が仲良くなって間もない頃に利吉が半助に教えた、空がよく見える利吉のお気に入りスポット。
「星が綺麗な夜だから、絶対ここにいると思ったんだけどなぁ…」
真っ先に浮かんだ2人の思い出の場所をくるくると見渡したが、今はガランとしていた。半助はポツネンと寂しく思ったが、そんなことを思っている場合ではない。踵を返すと半助はその場をあとにした。
「利吉くんはどこにいるんだ…?」
それから、あちこち思い当たる場所を手当たり次第探しているが一向に見つからない。そうこうしているうちにずいぶんと山深いところにまで来てしまった。
「すれ違いで家に帰った?それとも、もっと別の場所にいる?でも…」
北辰だけは見失わないようにと、半助は空に意識を向けたとき、ふとなんだか懐かしい気配を辺りから感じる気がした。己の直感を信じて神経を研ぎ澄ませれば、梟の夜鳴や小夜風に混じって、カサリと不自然に草木が揺れる音が聞こえる。音がした方に視線を向ければ熊の後ろ姿を見つけて、半助はすぐさま近くの木に飛びのった。だが熊の隣に、ずっと探していた想い焦がれた彼の姿が目に飛び込んで、半助の心の臓がドクリと大きく跳ね上がった。
「利吉くん!!!!!」
見つけた瞬間に、半助は彼めがけて思い切り木を蹴っていた。着地する前に苦無を手に持ち身構える。最悪の考えが脳裏を過りかけたが、自分の声に振り返った彼を見て、半助は胸を撫で下ろした。
「え?お兄ちゃん?!」
「大丈夫かい?!!?!」
熊の隣になぜか三角座りをしている利吉は、驚いて固まってはいるもののその身は無事で、半助はもう一度深く安堵のため息を吐いた。だが、熊が牙を剥く前にはやくここから立ち去らないと、半助は利吉の手を引いて立ち上がらせようとしたが利吉は動こうとしなかった。
「ほら、早く逃げよう!!」
「大丈夫です。その熊は私が討伐しました。」
「討伐?!」
「はい。なのでもう動きません」
半助は利吉の言葉に絶句したが、下を向いたままの利吉の隣に膝をついてその顔を覗き込んだ。
「こんなに傷だらけになって」
傷ついた頬を半助が両手で包むと、利吉は泣き出しそうに顔を歪めてすぐに目を逸らした。
「他に怪我はないかい?」
「…大丈夫です」
一瞬間のある返答に、半助は眉を下げると利吉の頭に手を置いた。
「嘘だろ?どこを怪我しているんだい?」
「…」
そっぽを向き、だんまりを続ける利吉に半助は眉を下げたままで微笑むと、頭に置いた手を移動した。
「じゃあ、あちこち触ってみるから痛いところがあったら教えてね」
先ほどから僅かに気にしてる素振りを見せる右の足首にそっと触れると、利吉は少しだけ息を詰めた。
「ここだね。ちょっと診せて」
「大丈夫です。」
半助が裾を捲ろうとすると、利吉は足を引っ込めた。珍しく半助にも不貞腐れた態度をとる利吉に、半助も一度手を引っ込めると改めて利吉と向き直った。
「お父上もお母上も君を心配していたよ」
「…」
「私も、熊の隣に君を見つけたときは生きた心地がしなかったよ」
「…」
「とにかく君が無事でよかった」
「…よくこの場所がわかりましたね」
「君は私の青星だからね!」
懐かしい言葉が利吉のささくれた心をふわりと撫でる。
「どこにいたって必ず利吉くんを見つけてみせるって言ったでしょ!」
優しくて力強い声に導かれるように顔を上げれば、変わらない優しい眼差しが自分を見つめていた。
「はやく利吉くんに会いたくて、ずっと探していたんだ!」
今し方酷い態度をとって、八つ当たりしてしまったのに…
「…ごめんなさい」
「いいんだよ」
謝罪の言葉が自然と口をつけば、あたりまえのように許される。今の利吉にはその眼差しは眩しすぎて再び下を向けば、半助は涙を必死に我慢するその瞳にウィンクを一つ飛ばした。
「だけど、足は診せてね!動けなくなったら利吉くんも困るだろう?」
半助の飛ばしたウィンクに利吉はおずおずと足を差し出すと、温かい手がそこに触れた。
「はい、手当て終わり!ちょっとだけここで待ってて」
ちょっと松。
半助は一度利吉の側を離れると隣の熊の前に立った。見れば、半助は熊に手を合わせて念仏を唱えていた。
「この子も生きていたからね」
視線に気がついた半助の、利吉を見るその柔らかな微笑みが美しくも切なくて、ぼんやりと見惚れていたらいつのまにか利吉の前にスっと大きな手が差し伸べられた。
「今から星を見に行かないかい?」
全てを見透かすようなその瞳の後ろに、仄かに光る星を見つけて思わず手を伸ばせば、温かい手がぎゅっと利吉の冷たい手を包み込んだ。
「ほら、私の背に乗って?」
「え」
「足が痛むだろう?」
いまだに惚ける利吉は、理解が追いつかなくて腑抜けた声がでた。数回瞬きをすれば、今し方まで見あげていた瞳が自分のすぐ目の前で緩やかに弧を描いた。
「あの場所へ星を見にいこう?」
大好きなお兄ちゃんと手を繋いで、よく星を見に行ったあの場所。懐かしくもまだ近くにある思い出が、利吉の色を失った瞳に彩りを添えた。
「はい…私も久しぶりに行きたいです…」
「うん!じゃあ行こ!」
だけど14歳の利吉はその背中に手が届かなくて
「おんぶは大丈夫です。私ももう子どもじゃありませんから」
そう言って立ち上がれば、クスリと困ったように笑って半助も立ち上がった。
「そうだね!利吉くんはすっかり背も伸びて、体も随分と逞しくなったもんね!」
「はい…これでも自分なりに努力を重ねているつもりだったんですけど…」
利吉の悔しげに唇を噛む仕草に、半助は先の伝蔵の様子を思い出した。
「山田先生になにか言われたのかい?」
「まだまだ努力が足りないって…」
「そっか、でも利吉くんの体を見れば、毎日どれどけ利吉くんが鍛錬を頑張っているかわかるよ。きっと山田先生もわかってらっしゃるよ」
「父上だけじゃないんです。最近何をやっても調子がでなくて…今の私の師にも本当に忍になる気があるのかと問われてしまって…」
ぽつり、ぽつりと呟きながら、しょんぼりと肩を落とす利吉に半助は再び眉を下げると、もう一度利吉の前に膝をついた。
「まあ!まずはほら、はやく星を見に行こう!」
「はい…でも、歩けますから!」
「だけどもっと怪我が悪化して、明日から鍛錬ができなくなったら困るだろう?それに、はやく行かないともう夜が明けてしまう」
半ば無理やり利吉を背にのせて半助は立ち上がると、あの頃と同じ歩幅で歩き出した。
「しっかり掴まっていてね」
徐々にスピードを上げるその背中にぎゅっとしがみつけば、あの頃とちっとも変わらない体温に酷く安心して、今度こそ堪えきれなかった涙が利吉の頬を温かく濡らした。
「やっぱりここから眺める星は綺麗だね」
満天の星夜の下、あの頃と同じように2人並んで空を見上げる。
「でも青星は見えませんね」
「先週までは、まだ西の方にいたのだけどね」
「でもその代わりに麦星に、真珠星に、樋掛け星」
「おお!よく勉強しているね!」
「はい、おに…土井先生に星を教わってから興味が出て、自分でもいろいろと調べたんです。青星は冬の間しか見られないことも知りました…」
利吉の瞳から一粒の涙が光を纏いながらはらはらと零れて、半助は思わず息をのんだ。
「利吉くん…」
「青星は冬以外はどこで何をしているんですかね。どこかで怠けているのかな。でも、青星がいなくても他にも一等星の星たちがたくさん輝いていますから、青星の代わりなんていくらでもいる。それこそ星の数ほど」
大きな瞳は相変わらずに星明かりを反射する。だけど今日は幾筋もの涙が滲んで星朧だ。半助は視線を空に移すと、利吉に初めて青星のことを話した日を思い出した。
「でも、青星は全天の中でも一際輝く、1番大きな星だと教えたはずだよ。青星の代わりなんてどこにもいやしない」
「だけど今はどこにも見えない。1番大きくて輝いていたって、見えなければ意味がないじゃないですか」
「そんなことはないさ。それに青星は今頃、大活躍しているかもしれないよ。私たちの目に見えないところで、私たちと同じ忍のようにね」
利吉が半助を見れば、半助はまっすぐに空を見ていた。
「普段はその姿をどこかに隠しているけど、たまに顔を見せて、誰よりも1番に大きく輝いて、眺める皆を魅了する。やっぱり青星はかっこいいな!ね!利吉くん!」
半助の笑顔がいつだって利吉の心を明るく照らす。こんな情けない姿をこの人にだけは見られたくなかった。だけど、この人の言葉が、声が、笑顔が、どうしようもなく愛おしくて堪らない。利吉も視線を空に移すと半助と同じ日を思い出して目を細めた。
「そう…ですね」
それから暫く無言の時間が続いたが、くしゅんと利吉がくしゃみをした。
「冷えてしまったかな?私の腕の中に来るかい?」
半助は、利吉に向かって腕を広げたところで、先ほど"もう子どもじゃない"と言われたことを思い出した。
「あ!ごめん、別に利吉くんを子ども扱いしているとかじゃないんだ。ただ、夜は少し冷えるから、利吉くんが腕の中に来てくれたら私も温かいし…」
半助があれやこれやと弁解を考えていると、利吉は顔を赤らめながらも大人しく半助の腕の中に収まった。
「あれ?」
「ダメでした?」
「ダメじゃない!温かいよ!ありがとう利吉くん!」
あの頃みたいに素直に甘えてくれた利吉に半助の目にも嬉し涙が浮かぶ。冷えきっている利吉の体をはやく温めてあげたくて抱きしめようとしたが、半助の懐に入っている物が邪魔をした。
「ん?」
「ん?あ!」
「なんです?」
「そうだ!奥方様に、利吉くん用のおにぎりを握ってもらっていたんだ!」
半助は懐から弁当箱を取り出すと、蓋を開けて利吉に手渡した。
「朝から何も食べていないんだったね?お腹空いちゃったよね、ごめんね!すっかり忘れていた!」
「ああ、そういえば…」
半助に差し出されたおにぎりを受け取ったが、利吉は手に持ったそれを見つめた。
「どうしたんだい?お食べ?」
「いや、ちょっと…食べられそうになくて…」
利吉は持っていたおにぎりを戻すと、ぱたりと弁当箱の蓋を閉じた。
「食欲ないかい?」
「はい…」
「どこか具合が悪いかい?」
「いいえ、ただ今はあまりお腹が空いてなくて…せっかく持ってきていただいたのにすみません…」
心配そうに自分を見る半助に利吉は心底申し訳なく思うと、半助は利吉に微笑んだ。
「そういう日もあるよね」
「ごめんなさい」
「いいんだよ」
どこまでも安心する大好きな"お兄ちゃん"の腕の中は酷く温かくて、素直に甘えていたあの頃の自分が羨ましくてしょうがない。心の中でまだ幼い自分とはやく大人になりたい自分が喧嘩している。だけど今はまだ、この無性の温かさに甘えていたくて…きゅっと控えめに腕を抱けば、ぎゅっと抱きしめられた。
顔を上げれば変わらずに垂れ目がちな瞳がまっすぐに利吉を見ていて、すり減った心が満たされていく。でもやっぱり、14歳の利吉には眩しくて、ふと目を逸らせば半助の後ろに仄かに光る星を見つけた。
「おに…土井先生」
「お兄ちゃんでいいよ」
半助がそう利吉に笑いかけると、利吉はより一層顔を赤らめて小さく呟いた。
「…お兄ちゃん」
「ふふっ!」
「すみません…ここで2人で座って星を見ているとあの頃に戻ったようで、つい…」
「全然いいよ!私はずっと利吉くんのお兄ちゃんなんだから、お兄ちゃんでいいんだよ!」
「でも父上が、これからは土井先生と呼ぶようにと…」
「私は、利吉くんに"お兄ちゃん"と呼ばれるのが好きなんだ!」
半助がそう伝えれば、利吉の顔に少しずつ笑顔が戻りはじめて、半助はニッコリと笑った。
「で、なんだい?利吉くん!」
「私は、北極星が好きです」
「北極星…北辰をかい?」
「はい。道に迷う時にいつも私の標になってくれます」
「そうだね。私も知らない街や山の中でいつもお世話になっているよ」
「はい。そして知らない土地で氷ノ山が恋しくなったときも、北極星を見れば氷ノ山がある方角をすぐに教えてくれて、いつでも父上と母上とお兄ちゃんのことを思い出させてくれます」
「利吉くん…」
「ずっと動かずにいつもそこにいて、優しい光で私を導き、静かに見守ってくれる。そんな北極星が私は大好きです。皆から頼りにされる北極星が、私はとても憧れです…」
「北極星が羨ましいな」
「え?」
「利吉くんに、そんなふうに言ってもらえて、きっと北極星も喜んでいるよ」
「そうですかね。でも、私ももっと精進しないと北極星に笑われてしまいますね」
「利吉くんは、北極星が、初めから北極星じゃなかったことは知っている?」
「そうなんですか?!」
「うん!遠い昔は別の星が北極星だったそうだよ」
「じゃあ今の北極星は2代目ということですか?」
「今の北極星が何代目なのからわからないけど、どんどんとその役割を他の星に受け継いでいっているのは確かだね」
「初めて知りました…」
「どういうふうに北極星になるのかはわからないけど、今の北極星はきっと、長い年月を経てゆっくり皆から頼られる立派な北極星になっていったんだろう」
「そう…なんですね」
「私や山田先生、利吉くんの師も同じだよ。皆最初から忍だったわけじゃない。色んな修行をして、色んな経験を積んで失敗をなんども繰り返して、今の利吉くんのようにたくさん悩みながら忍になったんだ」
半助は豆だらけの利吉の手をとると、労わるようにゆっくりと撫でた。
「ただ、忍の世界は厳しいから、つい山田先生も利吉くんの師も利吉くんに強く言ってしまうんじゃないかな」
「厳しいのはわかっているつもりです…」
「利吉くんは山田先生と奥方様をみて育ったものね。でもそれだけじゃない。山田先生も利吉くんの師も何より大事なのは君の命だよ。皆、利吉くんの命を守りたくて必死なんだ。いつまでも君に生きていてほしいから、ついつい煩く説教をしてしまう。もちろん私もね」
「…はい」
「大丈夫。きっと利吉くんは皆から頼りにされる立派な忍になるよ。私が保証する。だって、利吉くんは私の青星だから!」
半助の満面の笑顔が、あの時と同じように利吉を照らした。霞がすっかり晴れた利吉の瞳の中で、パチパチと星が弾けると一際輝く青い一等星が、明かに宿った。利吉は星を取り戻した瞳で半助をまっすぐに見ると、少しだけこそばゆそうに、だけどあの頃に負けない笑顔でニッコリと笑った。
また暫く二人で空を見上げていると、星が一つ流れた。
「あ!夜這い星!」
「あ!そうだ!」
「なんです?」
「これ!利吉くんにお土産!」
半助は懐から包みを取り出すと、開いて利吉に見せた。
「え、これ星ですか?!お兄ちゃんは星を捕まえたのですか?!」
包みの中には、きらきらとした星のようなものがいくつも転がっていて、利吉は大きく目を見開いた。
「これは金平糖という南蛮由来のお菓子なんだ」
「え?!これお菓子なんですか?!」
利吉の煌めく瞳をもっと煌めかせたくて、半助は包みの中から一つ摘むと目の前に持って行った。
「1つ食べてみるかい?」
「いいんですか?!」
「もちろん!はい、あーん!」
「あーん!」
「どう?甘いかな?」
「おいしい!!こんなに甘いものは生まれて初めて食べました!!」
瞳をめいいっぱい煌めかせて喜ぶ利吉に半助の心も満たされていく。
「よかった!」
「本当にお菓子なんですね てっきりお兄ちゃんが星を捕まえたのかと思ってビックリしました!」
「私は星なんて捕まえられないよ!それに星を捕まえるのは利吉くんだろ!」
「お兄ちゃんでも無理なら、私なんてもっと無理ですよ」
「いいや、わからないよ!利吉くんならいつか本当に星を捕まえられるかもしれないよ!」
半助の笑顔が三たび利吉を照らした。利吉はとびきり瞳を輝かせると大きく頷いた。
「はい!その日が来たら必ず、お兄ちゃんに真っ先に見せに行きますね!」
そのとき頭上に二つの星が流れた。それは彼の日旅立っていった二つの星のようで、仲良さそうに空を翔るその星たちを半助は目を細めて見送った。
「ねえ、お兄ちゃん」
「ん?なんだい?」
「金平糖をもう1つ食べてもいいですか?」
自分を見上げるその瞳にも星が流れて、半助はあの頃とちっとも変わらない愛らしさに顔を綻ばせると、包みごと利吉に差し出した。
「いいよいいよ!!全部お食べ!!」
「そうしたら、お兄ちゃんの分なくなってしまうじゃないですか」
「これは利吉くんへのお土産にと買ってきたんだ!だから全部利吉くんのものだよ!」
「お兄ちゃんが私にと買って下さったものならば、ぜひ!お兄ちゃんと一緒に食べたいです!」
変わらずに自分を慕ってくれる利吉の、あまりの愛おしさに半助の瞳からついに涙が零れると、利吉は心配そうに首を傾げた。
「お兄ちゃん?どうしたんですか?やっぱり金平糖お返ししますか?」
「ううん!じゃあ一緒に食べようか!」
涙を拭いて半助が笑顔を向けると、利吉も笑顔で金平糖を星空にかざした。
「うわぁ!本当に星みたい!」
「綺麗だね!」
「うん!お兄ちゃん!はい、あーん!」
「あーん!」
利吉に差し出されて口を開ければ、半助の口にころんと小さな粒が転がった。
「おいしいよ!利吉くん、ありがとう!」
口に広がる甘い幸せと、腕に抱く温かな倖せに半助がホクホクと浸っていると、利吉が半助の耳にこしょこしょと囁いた。
「お兄ちゃんは私の北極星です」
続き