トン、と靴のつま先で床を蹴る。
身体を半回転すれば、そこには端座したガーディがこちらをしっかり見据えていた。

「それじゃあ元気でね。私がいない間もお家を守ってね」
「ガウッ」

私がいつものように“ちょっとしたおでかけ”をするんじゃない事をこの子は分かっているんだろうか。それくらい元気に送り出してくれたガーディの頭を撫でると、嬉しそうに擦り寄ってきてくれた。ちょっとだけ緊張で強張っていたらしい顔の力がふにゃりと抜けた気がする。

「うん、心配してないよ。私もがんばるからね!行ってきます」





春、それは新しいことを始める季節。
10歳という節目を迎えた少年少女にとっては、大事な旅立ちの季節でもある。


温かな陽の光が辺りを包み込む。
ここは旅立ちの場所、オーキド研究所の敷地前。
ポケモントレーナーを目指すカントー地方の少年少女が、最初のポケモンをもらいにやってくる場所。

ワンピースにジャケットを羽織り、色素の薄い髪を編み込みとお団子でまとめ上げている。どっしりと中身の詰まった大きな鞄を隣の地面に置いたまま、同じように地面にしゃがみ込んだシイナはひとつ溜息をついた。

「なあシイナ、僕もそろそろ行って良いかな?」
「えっもうちょっと!あとちょっとだけ待たない?」

話しかけてきたのは同じく門柱に背を預ける幼馴染みのシゲルだ。茶髪のツンツン頭と紫のトレーナーだけで何故かキャラが立っていると思うのは、中身の個性が強いからかもしれない。

「待ってられないね。どうして僕がこの大事な門出の日にあんなノロマに合わせてグズグズしてなきゃならないのさ。君もそろそろ諦めたらどうだい?」
「そういう訳にはいかないの!来てくれないと私だって困る……」

もらったばかりのポケモンが入ったモンスターボールを右手で弄びながら、今度はシゲルがやれやれとでも言いたげに嘆息した。

「当面会わない幼馴染みの頼みだからね、もう少しだけ待っててやるのも良いけど……タイムリミットだ」
「……えっ」
「見送りの面々にもそろそろ申し訳ないからね」

ああダメだった。無力感でだらしなく名前を呼ぶと、軽い口調で「悪いね」と返される。
確かにこの状況でシゲルが私の頼みをここまで聞いてくれていただけでも十分有難い事だったのだから、それ以上何も言えなくなって私は閉口した。

「さあ皆さん!お待ちかね!待ち人来たらず、これより僕は旅に、」
「ごめんなさい通してくださーい!っうわあ!」

恒例のシゲルの演説口調が始まったと思ったら、それは途中で綺麗に遮られてしまった。人ごみを掻き分け最後のおまけにシゲルに突進してきたその人物を見て、私は思わず声を洩らした。

「いてて……」
「痛いのはこっちだ!……ん?お前はサトシじゃないか!ほらシイナ!サートシ君のおでましだよ」

現れたのは、今の今まで必死にシゲルを引き留めていた理由、いや原因である遅刻の張本人、私とシゲルの幼馴染みであるサトシだったのだ。

「おっそいサトシ!待っても全然来ないから気が変わっちゃったんじゃないかと思って焦ったよ!」
「全くだ。まさか初っ端から遅刻とはね!」
「シゲル!とあれ?シイナもなんで?」
「なんでじゃないよ、もー」

今日この日にこの場所から同じ志を持って旅立つ4人の内、サトシだけが誰とも顔すら合わせず旅立つことになる事だけはどうやら免れたらしい。
けれどその本人は寝癖だらけの髪にパジャマ姿、裸足にスニーカーとなんとも気の抜けた姿だったとなると、怒りを通り越して私の方が脱力してしまう。

「“シゲル君”だよ、君をつけてくれよ。しかし、今日遅刻するようじゃあ……。僕のライバルとして、すでに君は始めからコケってる」

遅刻というか、一番コケってる要素はその見て呉れだと思うのだけど。

「じゃあ、もう最初のポケモンは……」
「ちゃんともらって、このモンスターボールの中にいる」
「いいぞいいぞシゲル!」
「ありがとう友よ!ガールフレンドよ!」

シゲルの言葉に盛り上がりを見せるチアガールな女の人達に、優越感からか楽しげに言葉を返すシゲルにちょっとウンザリする。良いトコの育ちであるシゲルにはいつもの事ながら、親戚のおじさん方から見送り隊が寄越されたのだろう。修行の旅に出ようとするには華やか過ぎてどうも反応に困る光景だ。

「私はきっとポケモンマスターになって、この町マサラタウンの名前を世界中に広めてみせる!」

孝行なのかそう文字通り声を大にして言い放ったシゲルに、周囲の人々は更に沸き立つ。なんと言ってもド田舎のマサラタウンだ。出身者から誰もが憧れる“ポケモンマスター”が出るのは大変望ましい。
ここには有名なオーキド博士の研究所があることを除けば、特にこれと言って見るところがない。その研究所だってオーキド博士の出身地である事と、ポケモンの研究に都合の良い豊かな自然と土地の広さがあってこそだろう。

1 / 4 | |
|


OOPARTS