「……えっ?」
光の中から現れたポケモンは照明の明るさに慣れる為か2度瞬きをした後、目の前のサトシに目を向けて、鳴いた。
「ぴかちゅう」
「ピカチュウというポケモンじゃ」
あまりの愛らしさに、何とか押したシャッターに心はなく、ちゃんとフレームにその姿を収めたのかも怪しい。サトシはサトシで突然その小さな体を抱き上げた。
「か……かわいいっ!サトシ、ピカチュウだよ!」
「ホントだ!博士、最高じゃないですか!」
「そかな」
「そうですよ!ピカチュウよろしく!」
ぎゅっとそのまま小さな体を抱きしめたサトシは気付かないけれど、若干ピカチュウが怒った顔をしたように見えた私は、いきなりでびっくりしたのかなーとのほほんと考えかけた。けれどその時。
「……ぴか」
ビリリリリ!と鋭い音と共にサトシを黄色い光が包んだ。どう見てもそれは稲光であり、生身の人間であるサトシが受けて何ともない訳がない。
「サ……サトシ!?」
案の定サトシはピカチュウを抱えたまま声にもならない悲鳴を上げ、電撃がやんでもプスプスと黒い煙を出して固まってしまっている。
「通称電気ネズミ。恥ずかしがり屋のクセに人に慣れにくく、下手に触るとそうなる」
そういう事は先に言うべきだったんじゃ……と私が思ったように、サトシもなんとか呂律が回らないままツッコむ。
「餞別じゃ。ポケモン図鑑とモンスターボール」
「どうもありがとうござ……」
博士の差し出したそれらを受け取ろうとサトシが手を伸ばすと、ピカチュウはまたしても電撃を放ち、オーキド博士もろともサトシに追い討ちをかけた。博士にも懐いてないんだ、ピカチュウ……。
「ちゃあ〜」
その光景をとりあえずカメラに収めていると、シャッター音が気になったのかピカチュウがこちらを向いた。
一瞬ちょっとばかりギクッとしてしまったけれど、どうやら2人を黒焦げにして満足したらしい。目元を吊り上げていたピカチュウが元の可愛らしい顔でスリ、と私の足に擦り寄ってきた。
「わあ……!ピカチュウが私に歩み寄ってくれた!ねえねえ見てサトシ!」
「そ、そりゃ良かったな……」
頭を撫でて普通に喜んでしまったけれど、私の発言にツッコむ余裕すら見せないサトシにさすがに心配が戻ってきた。
いつものノリなら「なんでだよ!お前のトレーナーはシイナじゃなくて俺なのに!」くらい言いそうなものなのに。
「だ、大丈夫サトシ……?博士も平気ですか?」
「ヘーキヘーキ……」
やせ我慢とも取れない感じで言われれば、何と返したら良いのか困ってしまった。オーキド博士に至っては「ポケモンの研究をしておる以上これも経験じゃ」みたいな感じの事を言われたので、もう何も言うまい。
「最後の最後まで世話をかけさせるんだから……」
黒焦げの2人と共に研究所を出ると、そこにはサトシの旅立ちを一目見ようと見知った面々が勢揃いしていた。小太鼓にぱふぱふラッパ、がんばれサトシの文字が書かれた応援幕を持った人達の中には、私の見送りにもう随分前から待機してくれていた人達もいたりする。
その先頭に立つサトシのママは、寝坊の事をいつもより軽めに諭した後、別れを惜しむ気持ちを押し込めるように困り顔をしたまま口角を上げた。
押っ取り刀のサトシの為に、旅の道具をリュックに詰めて持ってきてくれたらしい。
今すぐ必要な着替えをまずサトシに渡したかと思うと、そのまま非常食やら炊事用のゴム手袋に洗濯紐までをその上に滞りなく積み上げていく。荷物を持つサトシの表情が隠れるくらいまで積み上げられた頃に、彼はさすがに慌てて放っておけばまだまだ止まりそうにない自分の母親を制止した。
けれどサトシが猪突猛進だとすると、サトシママは究極のマイペース。話はそこで終わらなかった。今度はキッと顔つきを変えたかと思うと、リュックを抱えるサトシの肩に手を置いた。
「良いサトシ、ポケモンも連れてない女の子と一緒に旅をするんだからね?男のあんたがしっかり守ってあげるのよ!」
「分かってるよママ……」
サトシママの真剣そのものな表情に、サトシの苦笑いがこちらにも移ってしまった。
自分の身はなるべく自分で守る覚悟だけど、知らない場所での旅は何が起こるか分からない。きっと危険が付き物だから、あんまり偉そうに訂正したりはしないでおこう。
「シイナちゃん。こんな子だけどサトシの事、宜しく頼むわね」
「はい!今日みたく寝坊するようなら、ちゃんと叩き起こしますからご心配なく!」
「そうしてやって」
しっかり者のシイナちゃんが一緒なら、サトシの旅路も安心ね!とサトシママが言うので、私はそれに応える様に笑顔で返した。信頼を得ている事がちょっと誇らしい。
「俺はひとりでも平気だよ!」
威勢だけは良く口答えしたサトシに、一同から笑いが起こる。
「……ん?そのポケモンは?」
「俺のポケモンさ。なっ?」
サトシママが、サトシの足元にいたピカチュウにやっと反応を示した事で、次の話題の中心が変わる。本当にマイペースだなあ、との言葉は心の中だけに秘めておく。
話しかけるとプイッと言うように「ぴっ!」と声に出してソッポを向いたピカチュウに、サトシの顔が引きつる。けれどそれも一瞬で、皆に心配をかけまいとすぐにその表情を引き締め、ついでに拳も握り締めた。
「俺はこのピカチュウで、世界中のポケモンをゲットだぜ!」
人間に飼われているポケモンは、普段はモンスターボールに入っているのが一般常識だ。けれどサトシのポケモンとなったこのピカチュウは現在、目の前にいる。一体どうしてなのか?
カッコつけたサトシに対して、サトシママはピカチュウに感じたままの疑問をぶつける。
「あー……と、そうだよね。ピカチュウ。これに入るんだ!」
素早く取り出したモンスターボールをサトシがピカチュウに軽く投げると、ずっとソッポを向いたままだったピカチュウがチラッとそちらを見て、近付いてきたボールをギザギザのしっぽで跳ね返した。それは綺麗にサトシの利き手に戻ってきて、ムッとしたサトシがもう一度ボールを投げるもピカチュウはそれを上手に返していく。
そんな事を数回繰り返すもんだから、その微笑ましさに私は頬を緩ませずにはいられない。サトシママも「キャッチボールだなんて仲良しなのね!」と嬉しそうに手を合わせた。
それに面食らったようにしたサトシだったけど、気を良くしたように今度はピカチュウを抱き上げる。
「そうさ!ピカチュウと俺は友達だ。なっ?」
「でも……ヘンなポケモンねぇ?」
「ヘン?……げっ」
ピカチュウが気分を害した様子なのはすぐに気付いた。けれどその先まで思い至らなかった私と違って、その危険を身を持って体験済みのサトシとオーキド博士はすぐさま次の瞬間に降りかかる危険を察知したらしい。グイッと横から誰かに引っ張られたかと思うと、またしてもあの黄色い光が視界を覆った。
気付いていてもピカチュウを抱えていたサトシに回避する術はなく、サトシママ諸共見送りの人全員が電撃の餌食になった。私はと言うと石の門柱の影に隠れて何ともならずに済んだ。勿論、咄嗟の判断ができたサトシ以外の唯一の人物である、オーキド博士の機転がなければ私も今頃黒焦げだ。
「ありがとうございます……オーキド博士」
目の前に伏せる大人数の人達にドキドキしながら声をかける。
少なくとも、ゴム手袋は役に立ちそうじゃな。柱の影からそう呟いた博士に、サトシが何とか返事をする。
「ゴムは電気を通さん」
満足そうに笑顔で鳴いたピカチュウは、なかなかどうして厄介かもしれない。
2013.07.24.wed
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