「交渉決裂か。じゃあ僕は行くよ」
「あっシゲル!シゲルもありがとうね」
シゲルは説得に苦戦していた私を見兼ねてわざと割って入ってくれたのだ。いや、最初は本当に邪魔されたんじゃないかと思ったけれど。疑った事を申し訳なく思いながら心からの感謝を笑顔と言葉にこめる。
最近はぐんと減っていたとは言え、普段からサトシ同様シゲルに小馬鹿にされてきた事を考えると、疑うのもちょっと仕方ないなんて今はどうでも良い話。
「なに、“お餞別”だよシイナ君。僕達も頑張るんだから、君もマサラ出身者として恥じないよう。まさか、辛い長旅に折れたりするなよ」
「もちろん!」
「じゃあな」と短い別れの挨拶を告げて、シゲルは私の話の間まで静かに待ってくれていたらしいお見送りの人達に今度こそ最後になる演説を始めた。
「見送りの皆様ご苦労様です!オーキド・シゲル、ただいまよりポケモントレーナーの修行に行って参ります!」
修行の割に初っ端から華々しく真っ赤なオープンカーで旅立ったシゲルに、彼の取り巻きがぞろぞろと後ろに続く。その人達にしろ車にしろ、一体どこまで見送るんだろう。
嵐が去った。後に残った静けさはそんな感じだ。なんだか隣で悔しそうに地団駄を踏んだサトシの気持ちはなんとなく分からなくもないので、見ないフリをしておく事にする。
ちなみに、今朝出立したのは彼らだけじゃない。
他にもサトシが来るのを待たずして2人がもう随分と前にマサラタウンを出た。というかシゲルが暇つぶしにいきなりバトルを吹っかけてこてんぱんに倒してしまったから、慌てて行っちゃったというのが正解だったりする。
とは言え面識もほとんどないのでどっちにしろ待ってはくれなかっただろう。バトルの件はシゲルにサトシを待つよう頼んだ張本人として、ちょっとだけ申し訳ないと思ってる。
私としてはシゲルだけじゃなく、その2人も入れた4人でスタートって写真を本当は撮りたかったのだけど。
まあこういうのもアリかもしれない、とパジャマ姿の幼馴染みを見てちょっとだけ思う。前途多難で面白い絵が撮れそう。
「おや?サトシ君じゃないか。シイナ君もまだおったのか」
玄関前でガヤガヤ騒いでいたせいか、偶然なのか、ひょっこりと研究所の主が姿を現した。それにすかさずサトシが反応して、身を翻す一瞬の間に、孫に向けていた眉間の皺から何事もなかったようにその祖父である人物に笑顔を向けた。
「オーキド博士!俺のポケモンは?」
「ボウヤのポケモン?」
「です!俺のポケモン!」
ポケモンマスターになる為の旅に、まずはパートナーとなるポケモンがいないんじゃ話にならない。
けれどもオーキド博士の方はと言うと、「そういえば」と言って今日旅立つ予定の人数が4人であった事を失念していたようだった。何となくそれに胸騒ぎを覚えたけれど、特に根拠もないので忘れる事にした。
とにもかくにも、私達はオーキド研究所の敷地に足を踏み入れた。門扉から玄関までは少し距離がある。ポケモン達の生態を調べたり、旅立ったトレーナー達のポケモンを預かったりするのも認定された研究所の役目でもあるので、土地としては全体でかなりの面積があるのだ。
「それで、サトシはどの子をもらうの?」
「うーん……それが、どのポケモンも選びがたくてさ」
昨晩も就寝前まで悩んでいたという事を聞けば、寝坊の理由は十分理解できる。つまり気持ちが高ぶって寝付けなかった訳で、サトシにとって昨晩は遠足前日だったわけだ。
「うるさいなー。そうだよそーですよ!なんだよシイナに迷惑かけてないだろ」
「やだツレないなあ。迷惑?迷惑ならかかってるかかってる」
けらけら笑いながら半分冗談半分嫌味で言ってやる。
ポケモンをもらいに来ないなんて、まさかサトシともあろうものが夢を諦めたんじゃないかって、ほんのちょっと真面目に考えて焦ったり心配したりした。それにそうだとしたら私の旅の計画もおじゃんになってたかもしれない不安も勿論あった。
そんなことを考えながら待ってた時間は長くて、まだ旅が始まってすらないのにちょっと気疲れしてしまっていたのだ。
そんな事は口に出したりしないし、私としては同行にOKをもらえた時点で十分すぎるお返しなので恨んだりなんて勿論しない。
そうこうしている内に研究所に着き、ゆったりと階段を昇った先の部屋に案内したオーキド博士の後ろから、待ちきれないとばかりに飛び出したサトシ。
先の3人よりも早くから研究所に待機していた私にとってはこの部屋に入るのは今日だけで既に2回目だ。
部屋の中央にある、それぞれ最初の3匹の名前が刻まれたモンスターボールを乗せた装置を見るなり彼は一等目を輝かせた。
「俺、ずっと迷ってたけどもう決めました。ゼニガメ!俺のポケモンは…君に決めた!」
「えっ待ってサトシ、それは」
「……あれ?」
まさかの選択に慌てて止めに入ろうとしたけれど、サトシが手に取ったモンスターボールの中身は空っぽで何も出てこなかった。
「それは遅刻しなかった子が持って行った」
「あちゃ……悪いのは遅刻した俺だ」
そういえば、既に旅立った3人はぞれぞれ違うポケモンを連れ立って行った。そして今目の前にあるモンスターボールは3つ。その内の1つ、ゼニガメが入っていたモンスターボールが空という事は、他のボールもさっき一度シゲル達と訪れた時のままだったりして…?
そんな予感は見事当たり、次々とモンスターボールを手に取るサトシは結局3匹のどれとも対面を果たせなかった。
「……あの、オーキド博士?」
「……うぉっほん!通勤電車もポケモンも、1秒の遅れが人生を変える」
私の少しばかり冷ややかな視線を取り繕うように大きく咳払いしたオーキド博士。1秒どころじゃないけれど、その台詞はシャレになってなくてさすがにちょっと可哀想だ。案の定物凄く困惑した様子でいるサトシがオーキド博士に詰め寄る。
「じゃあ俺は、ポケモンなしで出かけるんですか!?」
「うむ……もう1匹いるにはいるんじゃが」
「そっそれを下さい!」
開いたままのモンスターボールが戻されていた台の真ん中が開いて、もうひとつ、今度は名前じゃなく稲妻のマークが書かれたモンスターボールが現れた。でんきタイプのポケモンが入ってるのかな?と安易な予想をする。安易に予想ができると言うべきなのかもしれない。
「この残りポケモンには、ちと問題があってな」
「俺が遅刻した事にも問題があります」
「ならば!」
あまり気が進んでいない様子で眉を下げたオーキド博士だったが、サトシのその言葉を聞いて掴んだモンスターボールをがっちり力強い動作でサトシに手渡した。すると、途端にモンスターボールが開き、中から眩い光が放たれた。そう、今度こそご対面だ。
息を呑み手の内にあるカメラで、私はそのポケモンを捉えようとしっかり身構えた。
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