「私、貴方のご主人と一緒に旅をすることになったシイナ。これからよろしくね!」
「ぴっか!」

そんな挨拶と共に小さな黄色い手と握手を交わしたのはほんの20分ほど前。
そして今はサトシと共にマサラタウンを出て10分は経った頃だろうか。


「はぁあ……ピカチュウ可愛いなあ。ペットにって考えた人の気持ちが分かる愛らしさだよねぇ」

その可愛さに道中にこにこしてしまうけど、そう言うと前を歩いていたサトシはピタッと足を止めて分かりやすく不満を滲ませた顔で振り返った。それに伴い地面を放さないピカチュウの足がずるずる嫌そうな音を出していたのも止んだ。

「そうかあ?なつかないペットってどうかと思う」
「サトシってば何か不満が?」

抵抗するピカチュウを洗濯紐で逃げないようにくくってリード代わりに引きずって、全く自分で歩かないピカチュウを強制的に進ませる。電撃を出されても大丈夫なようにピンクのゴム手袋をしたサトシには既に十分ツッコミ済みである。
なので私は不満と言えばこのピカチュウの態度だろう分かりきった質問を、ちょっとばかり意地悪心で投げかける。

「悪いのは俺だ。ピカチュウに不満なんかあるもんか」

そうだよね、と満足いく返事が返ってきてにこりとすると、サトシがじとっとこれまた不満気に見てきたけれど、私が何か言う前にサトシはピカチュウの前に片膝をついてしゃがんだ。

「ピカチュウ……そんなに俺が嫌い?」

こくん。って頷かれちゃったよサトシ。私には愛らしい笑顔で挨拶を返してくれたピカチュウは、自分の主人であるサトシに対してはどうも反抗心剥き出しだ。
俺は君が好きだよ。と小さい子を相手する時みたいに優しい口調でちゃんと目線を下げて話すサトシに意外な一面を垣間見た気分。だなんて思ってると、あれれ。ピカチュウが何故だか主であるサトシにそっぽを向いて、私に擦り寄って来た。
えっこれってサトシに対しての嫌がらせなのかな。それともまさか私、ポケモンに好かれる方だったりするのかな?意外な一面?
「ちゃあ」だとか言いながら足に引っ付くピカチュウは見た目の可愛さ相まってそりゃもう可愛くて可愛くて。ひょいと抱き上げると一層嬉しそうに胸に引っ付いてきた。

「かわいい……!」
「こらピカチュウ!お前のトレーナーはシイナじゃなくて俺だってば!」
「あははっ前途多難だねーサトシ」
「……なんで嬉しそうなんだよ」

可笑しくて思わず笑ってしまうとサトシにジト目で見られた。これはそろそろちょっと怒ってる。

「嬉しい?喜んでるとしたらサトシが困ってるのがじゃなくて、ピカチュウが懐いてくれてる事だけだよ」

ああもう、ホント可愛いなあ。ピカチュウの頭を撫でてやると、また嬉しそうに目を細めたのでそんな思いが積み重なる。

「俺は嫌われてるのに……」
「ねっねえねえサトシ!嫌われてるならこのピカチュウ私がもらっちゃダメかな?」

この時腕の中にいるピカチュウが会話に反応したのかピン!と耳を立てた。それが頬にぺたと当たって何だかこそばゆい。

「へ?……ってダメに決まってるだろ!シイナは写真家、俺はポケモントレーナー!俺の唯一のポケモンをシイナに渡してどうするんだよ」
「はは……だよねー」
「もう、返せよ俺のポケモン!」

ピカチュウの耳がちょっと下がった。残念、ってところかな。
我ながら今のはテンションが上がって調子に乗った勢いで言っちゃって、しまったとはちょっとだけ思ってる。そうだった、春の日に旅立ったって私はポケモントレーナーじゃない。

「はい、ちゃんとお返ししまーす」
「うわっ!ちょっと待ってシイナ」

慌てるサトシの肩に問答無用でピカチュウを乗せると、もれなく電撃が走ったのは私のせいじゃない。サトシが返せって言ったんだから。

「いてて……」

展開が分かりきってたのにと恨めし気に言われたけれど、とにもかくにも今サトシが相手にするべきは私じゃなくピカチュウであって。それを示唆するとサトシは電撃の後素早く地面に降り、我関せずと毛繕いをしだしたピカチュウに再び向き直った。

「はあ……ピカチュウ、一応君は俺に飼われているポケモンなんだから、少しは話を聞いてくれても良いんじゃない?」

サトシがそう言うと、ピカチュウは欠伸でもするんじゃないかという程大きく口を開けた。それにより見えた歯並びは獣らしく八重歯が立派だ。

「歯はある……歯なしじゃない?話したくないってこと?」
「ぴか」
「でもさ、ポケモンはポケモンらしくモンスターボールに入ってくれても良いだろ。このポケモン図鑑にも書いてあるじゃん」

サトシがオーキド研究所でもらった赤いボディの四角い機械、ポケモン図鑑。確認されているポケモンについて音声で教えてくれる優れものであり、ポケモンに関連する事であれば大抵の事はデータにある。ポーン、と特有の起動音がして、賢い機械はモンスターボールの知識を簡単に教えてくれた。

≪人に飼われているポケモンは、普通モンスターボールの中に入っている≫

「ってね!」
「ぴかっ!」

≪何事にも例外はある。狭いところが大嫌いなポケモンもいる≫

器用にジャンプしながらボタンを押したピカチュウが、続きの説明を読み上げさせれば言い返す言葉は簡単に見つからない。

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