「まあ、入るのが普通って言っても、そんなの人が作ったルールだしね」
したり顔で私の言葉に頷いたピカチュウに、サトシは少し考えた後、何かを閃いたようにパッと顔色を明るくした。
「分かった!だったら仲良くしよう。これもヤメだ」
ピカチュウの体に結んでいた洗濯紐を解いて、ゴム手袋を外した人差し指を差し出し握手。既に何度も電撃を受けていながらサトシらしいな、と思ったけれど、それでも変わらずピカチュウは応じるつもりはないと言わんばかりの知らんぷり。さすがのサトシもそろそろ手の打ちようがなく、思わず深い溜息をついた。
ガサリ。そんな物音と共に脇の草むらから何かが一本道へ顔を出した。反射的に全員がそちらに顔を向けると、そこにいたのはピカチュウと同じくらいの背丈の鳥型のポケモン、ポッポだった。
ポケモン図鑑曰くことりポケモンのポッポは、空を飛ぶポケモンの中では最も穏やかな性格をしていて捕まえやすいので、初心者トレーナーの小手調べに最適、だそうだ。地面をちょんちょんとくちばしで突くのは、ご飯でも探しているのだろうか。
「よーしピカチュウいけ!あいつを捕まえよう」
「ちゅーう」
「協力してくれないのかい?」
「ちゅ」
「……どうしても?」
サトシの言葉に相変わらずソッポを向いたままのピカチュウは返事の代わりに手近な木に登って、太い枝の上でひとつ欠伸をした。高見の見物、勝手にやってくれって事なんだろう。
「分かった!そうかよ!そうなんですね!よーし、お前がその気なら俺が捕まえる」
「えっ捕まえるってどうやって……」
聞いている内にもサトシは背中に背負ったリュックサックを私に押し付ける。折角の初陣となるんだから、私だってカメラを構えたいのに。
研究所でもらったモンスターボールはいつの間にやら腰に装着するホルダーに着けていたらしく、空のモンスターボールをひとつ手に取ったサトシは、ゴルフボール程度の大きさであるそれの中央のボタンを一押しする。すると持ち運びに便利なサイズに縮小していたボールが一瞬にして手の中でテニスボールサイズに戻る。
「そうさ、俺は全世界のポケモンに宣言するんだ。俺は決めた、最強のポケモンマスター、それは俺だ。その俺がポッポ1羽捕まえられなくてどうする!」
大それた事をひとりごとのように、というか1人の世界に入ってしまったように話すサトシになんだかこちらが聞いていて恥ずかしい。そういう思考は心の中でやってほしい。
気合を入れる為かキャップ帽の唾を後ろに回して、サトシは野球の要領で振りかぶる。
「モンスターボール!いけぇ!」
綺麗な弧を描いてポッポに向かったモンスターボールは一度その頭にぶつかり、赤い光でポッポを包み込んだかと思うと、小さな球体の中にその姿を吸い込んだ。
指を鳴らしてやった!とサトシが顔を綻ばせるも、モンスターボールはその場で身動ぎする。ポッポが抜け出そうと暴れているのだ。
「……あーあ」
2人でじっとモンスターボールの動きが止まるのを見守っていたけれど、次の瞬間ボールは開き、サトシの手元に戻ってくる。元いた場所に光と共に今度は現れたポッポを見て、サトシは酷く落胆する。残念ながらゲット失敗だ。
抵抗する力が残っていると早々捕まえる事は叶わないので、モンスターボールを投げる前には普通、ポケモン同士で戦わせる必要がある。
ポケモン図鑑がご丁寧に教えてくれたけど、そんな事はサトシどころか私だって周知の事実だ。けれど当のサトシのポケモンであるピカチュウは、この光景を見て腹を抱えて笑っているのだからどうしたものか。それに更に気分を害したらしいサトシだったが、フとこちらを見たかと思うと次の瞬間顔がパッと明るくなる。何か閃いたらしい。
「シイナ!俺のリュック貸して!」
自分の鞄をかけてない方の肩に背負っていたリュックサックを言われた通りサトシに返す。ガサゴソと中身を探るサトシが取り出したのは先ほどまで着ていたパジャマで、ピカチュウの電撃を何度か受けて汚れてかなり傷んでいる。それを持って抜き足差し足でポッポに気付かれないように近付く辺り、どうやら袋代わりにでもするらしい。
射程距離内に入るか入らないかのところで、ポッポがサトシに気付き、お互いの目が合う。咄嗟にパジャマを被せてポッポが逃げられないように逃げ道を塞いだサトシは、正規の方法でゲットできないにしてももう最初から間違っている気がする。
突然の暗闇から抜け出そうと暴れるポッポと、パジャマを必死に抑えるサトシ。一体ここからどうやってモンスターボールに入れるんだろう。なんて思っていると、パジャマが膨れ上がり、風が起きたかと思うとサトシが吹っ飛ばされる。どうやらポッポの得意技である“風おこし”を使って脱出したらしい。
くたびれたパジャマがその風に乗せられて高く飛んで行ってしまい追おうか迷っていると、今度は“砂かけ”攻撃で辺り一面が砂煙に覆われる。ほんの短い間だったが煙が晴れた頃にはパジャマの影は何処にもなく、間近で攻撃を受けたサトシは砂だらけになっていた。
「……時計のポッポとは違うんだ」
「そりゃそうだよ」
そういえばそんな目覚まし時計を使っていたな、とサトシの部屋の様子を思い浮かべる。今日はどうやら目覚まし時計だろうと徹底的にポケモンに見放される日らしい。
ふとピカチュウの笑い声に後ろを振り向くと、カメラを構える為に木の近くに置いていたリュックがガサガサ音を立てて揺れていた。サトシもそれに気付いたらしく食べ物を探っていたらしいコラッタを追い払う。
≪森のポケモン、コラッタ。たまに迂闊な旅人の食糧を狙って、野原に出てくる事もある≫
「……迂闊って、俺のこと?」
ポケモン図鑑も何やら辛口発言だ。
ピカチュウは捩れそうなほど遠慮なく笑い転げているけれど、さて私はどう反応して良いものか。苦笑を浮かべていると、逃げたポッポの代わりに数羽のポッポが少し離れた場所から顔を出した。
「ちょっとサトシ!?」
どうもまだこちらに気付いていないらしいポッポに対して、ムキになったのか足元にあった小石を拾ったサトシはそのままそれを投げつけた。勢い付いただけで狙いもちゃんと定めなかったらしい小石は簡単にポッポ達に躱され、そのまま飛び立っていく。
がっくりきていたサトシの視界に、まだ遠くの方で1羽逃げていなかったのが目に入る。
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