「ねえアレン〜この部屋退屈じゃない?」

 アレンってば部屋でヒマなときにする事といえば、おやつ食べてるか筋トレしてるかぼーっとしてるかお金数えてるかしかないじゃん。

 ミーアがそうこぼしたのは、彼女との再会を果たした日から1週間が経ったころだった。
 この数日僕の記憶では圧倒的にミーアと話す時間が長かったと思ったけど、ミーアからすればそうでもなかったらしい。現に今僕はお昼ご飯のおまけで料理長のジェリーさんからもらった袋いっぱいのビスケットを無心でパクつきながら、ぼーっと壁の染みを眺めていたところだったのだからなにも言えない。
 不満を指先から解消していこうとするかのように、つんつんとミーアはティム・キャンピーのまんまるなボディを小突く。もちろん触れられはしないので、ティムからの反応はないものの「ティムもそう思うでしょ?」と同意を求められれば鳴き声をあげる。どうも僕はあっけなく売られたらしい。

「ところでそれなに?」
 そう言って先日、とつぜん現れたミーアとの身の振りかたについての話に決着がついたあと、ずっと気になっていたのかベッドでくつろぐティムを指差して彼女が問うた。僕に劣らず怖がりなところのあるティムは、ミーアと出会ったあの日は終始服の下に隠れていたから、彼女の目に留まるのはとうぜんこの時がはじめてだった。
 あのあとからティムとミーアはすっかり仲良しだ。ティムにもおそらく視えてはいないけど、なんとなく場所や雰囲気は読み取っているようすだ。


 この短い共同生活のあいだにいくつか分かった事がある。
 ひとつは、やっぱり僕以外にミーアの姿が視える人はいないらしいこと。
 彼女が現れてからというもの、食堂や医務室に向かう時はバレやしないかとヒヤヒヤして仕方がなかった。なるべく人気の少ない時間を狙ったりと気にしているのは僕だけのようで、物珍しげにあちこち見回す彼女に反応を示す人物はどこにもいなかった。

 そしてふたつめは、僕のそばを離れられないという話だったミーアは、けっして四六時中僕の周囲にいるわけではないということだ。
 それは気がつけばいなくなっていたり目が覚めたらいなかったりと、彼女の意思で歩いてどこかへ行くのかそうじゃないのかはその瞬間を見た事がないので分からない。
 強いていうなら村ではじめて会ったとき、話半ばで消えてしまったのを思い出す。事実、戻ってくる時には1週間前にさんざん見たのと同じで、まるで電気でも点くかのようにぱっと目の前に現れる現象が起こるからいなくなる時も瞬時に消えているのかもしれない。
 どこに行っているのか聞いても曖昧にはぐらかされて、いまいち回答らしき回答が得られないのであきらめる事にした。


 そんな彼女も一日の大半を僕の傍らで過ごしている。
 僕らのあいだではそろそろ話題に事欠かないとは言えないのが正直なところで、それはなにに触れる事もできず存在を勘づかれないよう気を配る現状と相まって、ミーアのなかで不満というかたちで募りはじめていたらしい。


「娯楽がほしいなあ」

 吐露した彼女に、娯楽ですかと僕も復唱する。ひと口にそう言われてみると難しい。今室内でできそうな事をいくつか思い浮かべてみるけれど、結果はどれも却下となる。

「でも、君の手じゃカードに触れませんよね?本を読むにもページをめくれないじゃないですか」

 彼女の分も僕がカードを動かすんじゃなにも面白くないし、まさか本を読むのに1ページずつめくれとは言わないだろう。かわりに読めと言われたとしても、正直若干自信がない。科学班のジョニーからチェスでも借りてこようか?

「テレビとかラジオってないの?」
「てれびとからじお?」

 はて。てれびなんて遊びはあっただろうか。
 なじみのない言葉に気をとられて知っているはずのラジオまで一緒くたに発音してしまったけど、残念ながらラジオだって僕の持ち物には入っていない。

「ラジオは……教団のなかを探せば持っている人もいるでしょうけど」

 そうだとして高価な機械をそう易々と貸してもらえるだろうか。それも一日だけというわけではないだろうし。
 心境の漏れ出たむずかしい顔でもしてしまっていたのか、ミーアはそれ以上の返答を待つ事はしなかった。

「じゃあ、歌っててもいい?うるさくないようになるべく離れるから」

 たいして離れられないんだけどね、と笑った彼女からの代案は予想外で、けれど僕にとってはなんの不都合もない提案だった。むしろ願ってもない事だったので、せっかくならぜひとも拝聴させてもらいたいところだ。
 そんな気持ちを隠す理由はひとつもなく、思ったとおりの言葉が口をつく。

「ここでいいじゃないですか。うるさいだなんて思いませんよ。聴いてみたいです、君の歌」

 だって結局あの村では聴けず仕舞いだったし、そのあともバレやしないかと緊張が完全には解れないでいた数日間ではそんな事を提案する事も、そもそも思いつきもしなかった。姿が見えなくとも声は聞こえるようだから、だれかがいるところでは軽率に歌えないだろう。
 そう思って言うと、ミーアは嬉しそうに満面の笑みを見せてくれた。

「そう?じゃあ、特別だよ!」

 言い終わった傍から発声練習をはじめたミーアをベッドに腰かけて見つめる。地声がいつの間にか裏声ほど高くなっていくのを静観していると、ああ彼女は歌手は歌手でもオペラ歌手だったのだと気がつく。

「オペラではけっこういろんな役に挑戦する機会に恵まれててね。うーん、なに歌おうかな。得意なの、直近で演じたの、練習中なの。どれがいい?」
「ええ?そうですね……直近で演じたもの、とか?」

 ひと通り発声練習が終わったらしいミーアが唐突に質問を繰りだす。ほんの少し考えてからそれに答えた。
 どれが正解なのかは分からないけれど、少なくとも死者の魂であるらしい彼女に練習中のもの、と言うのはなんだか憚られた。

「アレンってば!そこは得意なものにしてくれないと」
「じゃあ聞かないでくださいよっ」
「ふふん。うそうそ。直近でやった役にはね、女優を目指してて、自分を売りこむって流れではじまる歌があるから、いろんな表情の声が出せてけっこう自己紹介に向いてるんだよ。ナイスチョイスだね!」
「なんなんですか一体……」

4 / 5 | |

|


OOPARTS