程なくして、ミーアと僕はコムイさんに連れられヘブラスカの間へ向かう昇降機のうえに立っていた。
 ミーアと僕というと語弊があるかもしれない。物に触れられないミーアはもちろん昇降機の床に足をつける事ができないので、昇降機が動いている間もそれっぽく僕らのまわりを漂っていた。

 白くおおきな異形の姿をしたヘブラスカは彼女の人柄を知らない初見ならどうしても驚いてしまうのは避けられない。僕の時にはコムイさんからなんの説明もなかったために心の準備ができていなかったけれど、僕は女性に優しい紳士なので移動の間にミーアにあらかじめ助言をしておく。
 もっとも、おなじく異形である僕の左腕の対アクマ武器を見てもイヤな顔のひとつもしなかったミーアにはよけいな気遣いかもしれないけれど。

「そういえば検査ってどうするの?私のこと見えてる?」
「視えてはいない……だが、イノセンスの在り処は……分かる」

 助言が功を奏したのか、ミーアはヘブラスカにも物怖じせずにいつもの調子で話しかける。言葉のとおり一直線にミーアの元へとヘブラスカの無数の腕が伸ばされていくのを、僕はコムイさんのとなりで見守っていた。
 僕のときには通信で大元帥と呼ばれる人たちにも見られていたが、約束どおり秘密にしてくれたのだろう。団服をまとい鎮座する人形たちはスポットライトに照らされてはおらず、どの辺りにあるのかも分からない。

「……っ」

 じっと事の成り行きを見守っていると、ふいにミーアの表情が苦悶にゆがむ。見る見るうちにその目尻には薄っすらと涙がにじみはじめた。
 僕も経験した事があるからその感覚がけっして気持ちのいいものではない事は知っているけれど、ほんとうにそれだけと言ってもいいものだろうか?だってそう、あれではまるで――

「っ待ってヘブラスカ!」
「……アレン?どうか……した、のか?」

 耐えきれず発した僕の声にヘブラスカの腕が緩む。実体がないせいか咳きこむようすはないミーアの表情はすこし和らいだけれど、今度は僕を見るヘブラスカと、そしてコムイさんの表情が怪訝なものとなってしまった。

「ヘブラスカ、そこにイノセンスがあるんですか?」
「ああ……ここだ。これは、間違いなく、イ……イノセンスだ。だがこれは……」

 尻すぼみになった先はまだ確信がもてないのか言うのを躊躇しているようだ。
 ヘブラスカが迷いなくミーアに手を伸ばした時にはもう分かっていたけれど、やっぱり彼女のなかにはイノセンスが宿っているらしい。
 もちろんそれも重要だが、今はそれ以上に見過ごせない事がある。僕はよりいっそう声を荒げた。

「でもっ!それでも首を絞めるだなんて見ていられませんよ。ミーアも、苦しそうです……し?」

 あれっ苦しそうって事はヘブラスカはもしかしてイノセンスだけじゃなくミーアに触れられるのか?視えてはいないのに?

 着眼点がそれた僕に反して、僕の言葉にふたりがぎょっとした顔をする。
 聞くなりすまない、と視えない相手のようすを伺うヘブラスカに、ミーアからは声による反応がすぐには返ってこなかった。
 湧きあがった疑問を思考するのをやめて彼女のほうを見ると、先ほどまで苦しそうにしていた喉元に手を当てて、けれどその表情はもう苦しげではなく、ぽかんと至極不思議そうにしていた。

「そっか……イノセンスは、喉にあるんだね」

 視えないぶん慎重になっているのかコムイさんは声を発さない。ヘブラスカもすこし慌てているように見えたけれど、反応が返ってくるのを待つ事にしたらしい。
 一方2人を気にした素振りも見せないでいたミーアは程なくしてぽつりと呟く。そこからまたすこしの間を置いて、正面にいるおおきなヘブラスカの目隠しをされているかのように見えない目と目を合わせるように向き直った。お互いに相手の瞳の位置を知らないでいるのに、僕からすればきちんと視線が絡んでいるように見えるのがなんだか不思議だ。
 けど分からない。なんだかミーア、うれしそう?

「ヘブラスカ、まだ調べてる途中なんでしょ?私は大丈夫だから続けて」
「平気、か……?」
「うん。だから気にしないで」

 分かったと短く返事をして、もう一度ミーアのほうへおずおずと手を伸ばしたヘブラスカ。すこしの後彼女が発した言葉は僕にとって、完全に予想外の事だった。

「ミーア……は、イノセンスと適合、している」
「………………え?」

 さっきの室長室と違って、今回間抜けな声を発したのは僕ひとりだったようだ。反芻し、言葉を理解するまでにそれだけ時間がかかった。
 これは都合のいい夢なんだろうか?
 ヘブラスカが嘘や冗談をいうとは思わないけれど、確認せずにはいられなかった。

「ヘブラスカ……ほんとに?」
「ああ……ほんとうだ」
「ミーアは、適合者なんですか?」
「そうだ」
「ミーアからイノセンスを取りだす必要はない?」
「そういう、事だ」
「………………」

 その可能性に今までどうして思い至らなかったんだろう。
 イノセンスが彼女に協力的なら、けっしてあり得ない話ではなかったじゃないか。どうも悪いほうにばかり思考してしまっていたようだ。
 繰り返された肯定の言葉にようやくホッと胸を撫でおろした。それならば彼女とイノセンスが引き離されてしまう事はないんだ。ミーアだってこれからは、堂々と教団で過ごせる。なにもかも、万事解決だ。

「ミーア……!」

 じわじわとようやく追いついてきた歓喜にまかせてミーアのほうを向くと、彼女はハッとしたように一瞬遅れて僕のほうを見て微笑んだ。けれど声をかける瞬間の無表情も、今の笑顔もなんだか違和感を覚えた。ふと不安になる。
 ミーア、もしやエクソシストになるのは嫌?

「おめでとう!これで君たちの懸念は解消だ」

 ようすを伺うのにもう一度声をかけようとしたところで、コムイさんが明るく言い放った言葉に遮られた。

「あらためてミーアちゃん。新たな神の使徒として君を、黒の教団一同歓迎するよ」
「ありがとう?……ええと、アレンと同じエクソシストになるってことだよね?」
「そうだよ」
「……そっか」

 安堵の笑みをたたえたコムイさんが、諭すように言葉をかえす。ちなみにまだヘブラスカの前にいるミーアに対して、残念ながら今回もコムイさんの視線は微妙に合っていない。
 どちらかというとまだ実感が追いついていない感じだろうか。若干小首をかしげながら返したミーアは戸惑っているのか口数が少ない。さっきの僕もきっとこんなだったんだろう。

「そうと決まればさっそく君のことを迎えにいくよ」
「迎えに?」
「そうだよ。視えない触れないじゃ闘えないだろう?教団での生活にも支障があるんじゃないかな。教えてくれるね?君の身体は今どこにいるんだい?」

 コムイさんの言葉にどきりとする。
 ミーアは今だって僕の目の前にいるのに、迎えにいくだなんてふしぎな気分だ。
 ミーアが幽体離脱というなら、もちろんどこかで肉体も生きている。考えないわけじゃなかったけど、そういえばあまり追求しようと思った事はなかった。ミーアはされる事を望んでいないような気がしたから。

「あー……それはダメ」
「申し訳ない、エクソシストの入団は強制でね」

 眉を八の字にして眉間に皺まで寄せたコムイさんが、申し訳なさそうにする。コムイさん自身ほんとうは、強制なんて言葉で縛りつける事はしたくないのだろう。けれどそんな事を言っている場合ではない、世界の命運が僕らにはかかっているんだ。どんなに危険な立場でも、エクソシストが戦線離脱してしまっては世界が終わる。
 いっしょにいられる。ただその一点だけで喜んでしまった僕は軽率だ。僕だってミーアが危険な戦場に立つことを喜ぶ事はできないけれど、それを阻止できないかと考える事だって十分に軽率なんだ。

 「そうじゃなくて。ダメっていうより、ムリって言ったほうが正しいかな」

 その言い換えにいったいどんな意図があるのか、考えてみても分かりそうにない。
 ヘブラスカからはなれて昇降機のうえに立つ僕のとなりまで戻ってきたミーアはもごもごと言うべきか迷っているかのように歯切れの悪いようすで、その手はいつの間にか波打つ長い髪のひと束を手ぐしで何度も整えるようにもてあそんでいる。
 コムイさんたちには視えないとはいえあからさまだったその態度も長くは続かず、僕のほうにちらりと視線を向けたかと思えば、隠してても仕方ないよねと独り言のように呟く。

 ミーアが落としていた視線を上げると、そこには意志の固さを表すような迷いのない瞳があった。そのまま僕とコムイさん、そしてヘブラスカを一巡して、最後にもう一度コムイさんへとフォーカスする。

「こればっかりは諦めてもらうしかないの。私の身体はいま、集中治療室から外には出られないから」


2021.09.02.thu
2023.11.26.sun 修正

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