今日という日が来るのをそれはそれは楽しみにしていた。

親友であり幼馴染みの奏と数日前から同じ逸る気持ちを分かち合い、いつも通りに学校が終わると次の予定に支障を来さないよう急ぎ足で、帰り道から少し逸れたところにある商店街の本屋へ2人駆け込んだ。
そう、今日は何と言っても大好きな本の最新巻が発売される日。続きが気になって今日の昼休みなんかはその話題ばかりしてしまっていた。
山のように積まれた彩り豊かなたくさんの本の中で、2人同時に目的のものを見つければ自然と頬が緩む。
D,Gray-man、最近私と奏がお気に入りの漫画だ。
それは少年誌に掲載された所謂少年漫画に分類されるのだけれど、彼女に勧められて読み始めれば、普段漫画を多く読まない私もいつの間にやらすっかりハマってしまっていた。それはもう、勧めてきた張本人以上に熱を上げているほどだった。執心と云う言葉を使うのが適切なくらいかもしれない。

お会計を済ませ、奏を待つ間に財布と紙袋を肩に掛けた学生鞄に仕舞い込む。高校の入学祝いにもらった、左手首でピンクゴールドに輝く細身の腕時計を確認すると、あまり時間に余裕はないようだった。
これから2人でうちの父が師範を務める剣道場での稽古がある。これは殆ど毎日の事で最早日課であり、生活の一部となっている。奏に関してはこれの他にも色々な稽古を付けられており、幼い頃から多芸多才なところで感心せずにはいられなかったし、その腕前と優しさに何度となく助けられてきていた。
例えば、まさに今この時のように。

「あのっ!いつもうちに本を買いに来てくれてありがとう」
「えっ?ええ。こちらこそお世話になってます」
「いつもは小説なのに、その漫画好きなんだね。実は俺も好きで」
「はあ。そうなんですか」

たった今まで慣れた様子でレジ打ちをしていたお兄さんに声をかけられた。今しがたレジを終えて私の前まで来た奏ではなく、それは私への言葉だったらしい。そう認識すると共に、途端ヒヤリとしたものが身体を巡って小さく身震いする。
いつもタイミング悪くレジが混み出して話しかけられなかった。
そう照れたように笑う彼の視線が床に落ちているのを良い事に、段々と奏の背に身を隠すように後退るのはダメだと分かっている。分かっているけど、どうしても苦手なものは苦手だし、最早恒例の流れとなってしまっているのでつい甘えてしまう。

「君のことずっと気になってて。もし良かったら週末どこか、」
「すみません、オニーサン」

見兼ねた奏が仲介役を引き受けてくれる頃には私は完全に自分より小柄な彼女の影になっていて、その声に顔を上げたレジのお兄さんが一瞬私を見失ったように辺りに視線を彷徨わせた。

「この子男性苦手なんで、そんなんで落とせないですよ。それじゃ、あたし達急ぐんで」

行こう、と奏に手を取られるままお店の立ち並ぶ大通りを足早に通り過ぎる。呼び止める声が確かに背中に届いたけれど聞こえないフリをする。
急ぎ足になるのは気まずい場所から一刻も早く去る為というのもあるけれど、どちらかと言うと稽古の前に息を整える余裕が欲しいという理由に軍配が上がる。それでも足を動かしながらおしゃべりをしてしまうのだから矛盾しているけれど。

「ごめんね、今日も任せきりにしちゃって。いつもありがとう」
「なんの。あの本屋、今後ひとりであんまり行かないようにね」

ああ、今度はちょっと本屋に寄る事も億劫になってしまうんだろうか。
別の少し遠い本屋さんに変えようか。ううん、その方がより彼女を心配させてしまうに違いない。

幼馴染みから相当過保護にされている自覚はあった。
彼女はとても強い。剣道も柔道もその他色んな武術をも身に付けていて、それでも個々の実力は大会で名を馳せるほど申し分ない。武道に関しては剣道一本である私でも、簡単には勝たせてもらえない。
けれどだからこそ、今回は庇ってくれた彼女へ武力行使を働くような気配が無くて本当に良かったと思う。
武道に限った話ではなく、その強さが喧嘩でも遺憾無く発揮される事が判明したのは、他でもなく私のせいだろう。

「今の人は優しそうだったけどね」

けらけらと笑った彼女に返す言葉もない。
暴力どころか凄く温厚そうな人だったようには思う。けれど最早男の人にそういう目をして声をかけられると、ヒヤリとした冷たさと悪寒のような気持ち悪さが付き物となってしまって、どうしても逃げ出したくなってしまうのだから自分でも相当だとは思う。

でもまあ、用心に越した事はないからね。
そう付け足した奏の言葉に思い当たる節はある。
最後に聞いた声の語尾への違和感が、何となく今も耳にこびり付いているようだった。その時の表情を彼女は見ていたのかもしれない。
何よりこういう事が今日に限った話ではないのが何よりの不安要素となる。過去にはお断りした途端に逆上され、私の当時腰近くまで伸ばした黒髪を引っ掴まれた経験もある。というよりその件が決定打となり、それまでも少しずつ膨らんでいた私の男性への意識が完全に変わるのだけれど、それをも助けて、切ってしまおうかと思った長髪に待ったをかけたのが彼女だった。
もうこんな事にはならないよう護るからと言われて、何度も思い起こされる恐怖と彼女の肌に幾つか貼られた湿布や絆創膏を見て泣きに泣き晴らした顔で私は頷いたのだった。
ちなみにその湿布のひとつは、奏に稽古を付けた張本人である私の父のお叱りだったりする。

以来こんな関係が今日まで変わりなく続き、どこへ行くにも私と奏は一緒だった。
私の髪も順調に伸びて今では少し癖のある毛先がそろそろ脚の付け根にまで達しようとしている。稽古の前に纏めるのに少し時間がかかっても、もしもまた掴まれる事があったとしても、私はきっと彼女との約束を思い出してあの当時よりも短く切る事はないだろう。

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