:D,Gray-man
:リナリー・リー


本格的に梅雨入りしたらしい此処しばらく。昼間でも暗い空、鼻をつく独特な雨の匂い、窓を打つ雨粒。屋内からほとんど出ない私達教団員ですらもその毒気にやられてしまったらしい。
とは言えこれからお送りする話はそんな言い訳の利かない、全ては私の未熟でちっぽけな心から来る事件なのだけど。



私は黒の教団において、特に必要不可欠な存在という訳ではない。エクソシストのように神様に選ばれた使者でもなければ、それをサポートする探索部隊でもない。そして教団お抱え科学者という訳でもなく、名を与えるとすれば科学班の二軍研究家である。
書類整理なども少しはするが、仕事尽くめの科学班員のお手伝いさんという辺りが性に合ってるかもしれない。
それは私が中途半端に科学者の才能だけを持ち、他には何もできないただの子どもだから。アクマに肉親を亡くされ拠り所の無い私は、教団に入団したのではなく保護されたのだ。
それでも優しい仲間のいる、楽しい職場。今の私にとってもう教団の皆は無くてはならない存在だった。


そんな折。軽やかなステップが廊下を駆け、科学班に飛び込んできた少女。花のような笑顔で彼女は少し前に変わった新米室長のコムイさんに飛び付いた。私の2つお姉さんである、室長の妹でありエクソシストのリナリーだった。

数年前、アクマの手によって両親を殺されたリナリーは、直後適合者と分かり無理矢理教団に連れてこられた一人である。唯一残った肉親である兄とも離ればなれになり、彼女はどれほどの孤独を思い知ったろう。その2年後、ちょうど彼女と同じ年の頃に私も似た境遇を味わい黒の教団に足を踏み入れる事になるので、その心境はよく分かるつもりだ。逃げ出したい気持ちだって分かる。ただ、帰る場所も手段も勇気もなかった当時の私は行動に移さなかったというだけで。

逃げる度に捕まって、また捕まって、それでも彼女は逃げ出した。牢獄からたった一人の家族の元に帰る為に。遂には身動きも取れないような拘束をされ、とうとう彼女の瞳が絶望に染まった頃、救世主は現れた。遅くなってごめんねと愛しそうに彼女を見つめて。

「ただいまリナリー」



そんな事があって今、彼女は幸せそうに室長に満面の笑みを見せている。
なにがこんなにも彼女を変えたのか?それはやっぱり兄であるコムイ室長で、その人はリナリーの為に数年をかけて科学班室長という地位まで登り詰めたようだった。

勿論当時もお手伝い係であったといえど私が教団の裏事情や秘密裏に触れる事はなかった。そこには私の知らないところでリーバー班長達の努力があったらしい。「幼いエクソシスト」「心の病んでしまった少女」などと小耳に聞いた事はあったけれど、実際にリナリーを初めて見たのはコムイ室長の登場後の事だった。
いいなあ。とはその話を聞き不意に口をついて出た言葉で、やっぱり兄弟はおろか一人の家族もいない私にはとても羨ましい光景だった。これは他の団員達にも言えた事かもしれない。
けれど特別幼くして使徒の宿命を背負わされた彼女を妬む者など、この場所にはおらず。

笑顔を取り戻したリナリーは幸せの顔をしていた。深く刻まれていた隈はもう分からない程薄れ、脱走の度に増えた全身の傷も次第に治っていった。
そしていつのまにか、身も心もボロボロだったエクソシストは愛らしい少女の居出立ちを取り戻した。

誰にも笑顔を見せなかった彼女は、今誰にでも笑顔を向けている。リナリーは私とも仲良くしてくれたけど、それは私にとって嬉しいと同時、辛かった。多分その頃から持ち始めた嫌な感情。
まるで私の居場所がなくなっていくようだと。



室長がいるから。きっとそれだけのただ純粋な気持ちでリナリーは室長の助手になったんだと思う。
けれども科学班員でもある室長の手伝いというのはつまり、当然科学班にもいるって事で。

「今日から兄さんの助手として、科学班のお手伝いをさせて頂きます!」

皆の顔が自然と綻ぶのに気付いた私の笑顔は、既に少し作ったものだったかもしれない。皆は私よりリナリーに話しかけて気にかけて、笑顔を向けながら「可愛いな」なんて。馬鹿みたい。
そんな黒い気持ちが渦巻いたまま、ある日私がいつものように科学班員のコーヒーの準備をしていた時の事。いつの間にいたのか後ろから覗くようにするリナリーに声をかけられ、「コーヒーなら私が淹れるよ」と手を伸ばされた。頭の中は一瞬でパンク状態に陥ってしまったらしい。
いやだいやだ取らないで。科学班は私の仕事場。私の居場所。私には、ここしかないの。

「……ッいや!」

渇いた音がした。私がリナリーのか細い手を払い除けていたのだ。軽い尻餅をつく音が届く。破壊音がした。その反動でカップまでを叩いてしまい、それが地面に落ちたのだ。けれどそんな事気にも止めず、私はリナリーを睨み付けて叫んでいた。

室長と一緒にいたいなら勝手にいれば良い。室長とだけ一緒にいれば良いのに、どうして取るの?皆を返して、私から何も奪わないで!
溢れた言葉は止まる事を知らず、ましてや彼女が私を呼ぶ声なんか耳に入る訳がない。

「エクソシストでしょ?だったら任務にでも行ってれば良いじゃない」

言うつもりは愚か今まで考えたつもりなんてなかった事までが言葉となって武器となる。

「リナリーなんか大嫌い!」

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