科学班内がシンと静まり返る。ようやく我に帰った私は、今更になって自分のしでかした事に恐怖を覚え、身体を震え上がらせた。途端に走った痛みに、足首をカップの破片で切ってしまったと気付いた。けれどそんな事よりも今は他に考えるべき事がある。私は最低な事をした。
「あ……リナ、」
「リナリー!」
動揺したまま話しかけようとした私は、迷いなく彼女の元へ向かった室長に突き飛ばされた。足の力が抜けた私はリナリーと同じ体勢になる。
硬直していた皆が動く事を思い出したように歩き出す。駆け寄る先は勿論私ではなく、リナリーだった。
「大丈夫か!?リナリー」
ズキンッと身体の何処かが唐突に痛みを訴え出す。怪我の痛みじゃなくて、これはもっと違う他のなにか。じゃあ、一体何の痛み?
「リナリー、怪我してないかい!?」
「大丈夫。あの、それより依泉ちゃ……」
「痛い所は?」
「念の為医務室に」
その痛みはどんどん酷くなっていくようで、遂には抉るような感覚に怪我の痛みなど忘れてしまう。正体不明のそれに耐えるように、私は身体を小さくしてうずくまった。耳を塞ぎたい、という衝動に襲われる。
痛いよ。皆気付いて。誰か助けて。私はここにいるよ。身体中全部ズキズキして痛いよ。そうだ、足からだって血が出てるんだよ。ねえ、誰か。
こんな時でも頭の中で私は科学班の皆に助けを求めてるようで。
「行こう、リナリー」
ぼんやりと群れとなっている場所を見つめていれば、身体がゾワリとして震え上がった。リナリーを引き連れて歩き出そうとした室長に、強く睨まれた気がした。それはほんの一瞬の出来事で、2人がいなくなった部屋は再び静まり返る。
「リナリー……大丈夫かな」
一人の言葉を合図に、向けられる視線。突き刺さるようなそれはきっと、軽蔑の意味。
「おい依泉、一体どうしたんだよ」
「やっとリナリー、元気になって教団にも慣れてきたのに」
何よ、リナリーリナリーって。最近皆そればっかりじゃない。
「依泉があんな事する奴だったなんて」
やっぱり、皆私の事怒るんだね。怪我にすら気付いてくれない。それは私が要らない子だから?
「おい、ちょっと待てよ皆」
「リーバー班長……」
そうなんだ、皆私を要らなかったんだ。
「知らない」
必要となんてしてくれない。
「依泉。お前怪我して、」
「リナリーなんて皆なんて、知らない!」
そう言って私は、怪我なんてお構いなしに科学班を飛び出した。
「おい、コムイ。任務の報告書……」
前を見てる余裕なんてない。そのせいで出入り口付近で人にぶつかってしまったけれど、やっぱり確認なんてしてる余裕はない。
「ちっ、誰……依泉?お前それ……」
「っごめんなさい」
相手が何か言ってるように聞こえたけれどそれも気にかけず、鼻声っぽい謝罪をして私はそのまま走り続けた。失礼極まりないながらも顔すら上げなかったのは、今私の頬に伝ってるこの感触は血か涙のどちらかだろうから、見せる訳にはいかないと思っていたからだと思う。とにかく一刻も早く、あの目から逃げ出したかった。ズキンズキンと再び腹痛のような痛みが酷くなる。ようやく分かった。これは、胸が痛むんだ。
「おい、依泉!」
まだ誰か気にかけて追ってきてくれている人がいる。一度も止まる所か振り返りもしないクセにそれに安堵している私は何だろう。
それにしても頭がまだ混乱しているのか、知っている筈のこの声が誰のものだったか分からない。さっきぶつかった人の声。科学班にいただろうか。
「待てって言ってんだろうが!」
小さな舌打ちが聞こえたと思ったら、いつの間にか追いつかれてしまったらしくグイと腕を掴まれた。反動で後ろを向かされる。私はそこでそう、ようやくその人が誰かを知った。
「っ神田?」
どうやらさっきぶつかってしまったのは神田だったらしい。そういえばそろそろ任務から帰ってくる時間と言っていたっけ。どうやら頬の生温い感触は涙だったらしく、無理矢理に出した「おかえり」は完璧に鼻声だ。
「……じゃねーよ。なにしてんだよ?」
なんで泣いてるのかとか、なんで逃げたのかとか、一応気にかけてくれての言葉らしい。神田の口から発されるとは思いもしない台詞に少し驚くけれど、追いかけてきたのは神田だけのよう。科学班の皆は、仕事に戻ったのかな。なんて虚しい。
「それにその足……」
もう放っといてよ。神田だってどうせリナリーしか見てないんでしょ、なんて。神田の普段ない心遣いすらも今の私には無意味なのか。返した言葉は心境通りの素っ気ない「ほっといて」。
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