「こわかった!」
所々が破壊された校舎の渡り廊下で足を伸ばして、やけに明るい声を発したのは蓮菜だった。
「どうなるかって冷や汗ものだよ」
アキはもうちょっと賢く戦うべきだね!と先ほど行われた戦闘を思い出してご意見。それはたった今電話で報告を受けた文科省の人間も全く同意見だったろう。
バクは退治した。狭い廊下だったのが幸を奏したのか、平和ボケでもしていたのか、とにかく今回は校舎以外ほとんど無傷でスピーディーに事を終える事ができた。
「にしてもまた先生に化けてるとはな。子どもの集まる場所にいる為ってか、ちょっとは賢いって事?オレらとしちゃむしろ分かりやすいけど」
「芸がないって事でしょ」
蓮菜に倣いぺたっと足を伸ばして座った哲勝が笑う。ふたりの談笑はしかしそれ以上は続かなかった。哲勝から蓮菜を挟んで反対側に座り込んでいるのは依泉だ。ひとり体育座りをして腕に顔を埋めている。
己の夢を奪ったバクが倒され、依泉は夢を取り戻した。以前、絵描きを目指していた夢を。
「ずっと、何年も思い出せないままだった夢が分かって、今すごくほっとしてる」
独り言のように呟かれた言葉が、決して喜びからだけのものじゃない事を哲勝も蓮菜も気付いていた。依泉は今、相当に困惑している。
「でも辛いよ。私今、やっと新しい夢見つけたのに」
彼女の口から聞いていた「新しい夢」の存在。それまでの夢を強制的に忘れさせられていた中で、心にできた穴を埋めるように追っていたそれは、決していい加減な気持ちじゃない。
そして勿論忘れていた夢も心から目指していたものだ。思い出せないもどかしさや苦しみから、むしろ当時以上に大切な存在になっていても何ら可笑しくはない。
「絵も描きたいけど、今の私には作詞家って夢があるんだよ?」
普通にふたつの夢が同時に出来てしまうのとは訳が違う。大切な目標同士が心の中でぶつかり合っては依泉を動揺させる。そしてその極点で、冷静を殺した。
「アキ君は良いよね、長く夢を忘れていても新しい夢を持たないんだもの」
「何言ってんの、依泉!」
行き過ぎた発言への反応は哲勝以上に蓮菜の方が大きかった。頭の中が赤いインクで塗り潰されたような感覚がして、考えるより先に右手が依泉の顔を上げさせていた。その先に見えた泣き顔にも、今の蓮菜は動じない。
「夢を無くした絶望も、夢を見つけた喜びも、アンタはよく知ってるはずでしょ!」
「蓮!オレは良いから」
「うっさいアキ!言わなきゃ私の気が収まんないの!」
哲勝の制止も聞かず声を荒げる蓮菜に、依泉は涙を拭う事も忘れて耳を傾ける。
「私が夢をなくしたのはほんのちょっとの間だったけど、それでもすごく辛くて、悲しくて、嫌だった」
事件から日が浅いせいか思い出すのと同時に目の奥がじんと熱くなった。一筋涙の道を作るのがこんなにも容易い程なんだ、依泉は勿論未だに夢を無くしたままの哲勝はどれだけ辛い気持ちを味わってきただろう。その規模はきっと誰にだって計り得ないけれど。
「私は嫌だった。その気持ちはアキも一緒なはずだよ。依泉は違うの?」
「……違わないよ」
ごめんなさい、と溢してまた泣き出した依泉と蓮菜を見て、哲勝は何を思ったのかふたりの髪をくしゃりと一往復撫でた。彼らが校舎を出るのは、もうしばらく後になる。
数日後の休日白昼の事。哲勝と蓮菜は連絡を受けて依泉の家に集合していた。先日のお礼にとお茶の誘いでもあり、纏まらないで終わった思考整理の結果発表でもあるらしい。
「この前は本当にありがとう、アキ君。蓮ちゃんも」
しんみりしたまま別れた依泉だったが、今日は会ってから一度も笑顔を絶やしていない。付き合いが極端に浅いとは言えこんなに笑っている姿を初見した哲勝は内心呆気にとられていた。ここまで徹底的だと逆に不安だ、との蓮菜の心配もどうやら杞憂だったらしい。
「私ね、決めたよ。私の夢は絵描きと物書き、両方!今時アイドルだってバラエティーとか歌とかしてるし、何もひとつに絞る事ないって気付いたの。絵を描きながら、作詞もするんだ。あ、でもそしたら絵本作家とかも良いよね。漫画家はちょっと絵的に向いてないかなぁ、ペンより筆派だし」
その止まらないおしゃべりに長年友達をしてきた蓮菜ですらもたじたじだ。人柄的に物凄く珍しい光景である事は、哲勝にもすぐに分かった。と同時に、彼女にも曇りのない本当の笑顔が戻ってきたんだと思うと自然口元が緩んだのは、誰も気付いていない。
「なんかむしろ夢増えてない?」
「子どもは夢に貪欲じゃなくっちゃね。がんばろっ」
無邪気な笑顔を筆頭に、その日は夕方まで3人の明るい声が絶える事はなかった。
Greedy guts
end.
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Greedy guts:食いしん坊
長文読破お疲れ様でした。自分でもこんなになるとは予想してませんでしたが、ストーリーをみっちり書く分仕方ないのかな。
原作を読んで「じゃあ哲勝君の言った通りに新しい夢を持った子はどうなるのか?」を疑問に思った結果こうなりました。
哲勝君の名言?「オレのこと嫌いなのかよ?」を入れたかったけどタイミングがありませんでした。ちょっと不完全燃焼。
途中詰まって放置した期間があるとは言え、制作は5ヵ月位かかったんじゃないかなぁ…長い。
お気付きかもしれませんが梦杙先生、単にゆめくいを変換しただけっていう(笑)
基本どうでも良いオリキャラの名前は適当につけます。続き物で長く登場するならもうちょっと真剣に考えますが。
そんな感じで連載もの以外を原作に書いたの初めてでした。新鮮。
作者の方には是非デビューして頂きたいなあ。私現在コミックス派なのでデビューの情報があればどなたか一報下さい。(笑)ジャンプ買います。
2011.03.08.tue
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