「以前  を止めたって聞いたけど、その理由を答えてもらえる?」

何度となく感じた空虚感が久々に私を襲った。あぁまただ。また聞こえない。なんて言ったの?ちゃんと教えてよ。

「……よく分からないけど、ふたつめではないよ。だって、私今夢を追いかけてるもの」
「え……そうなの!?」

依泉の出した答えに一拍の間の後、気の抜けた表情をした蓮菜が間の抜けた声を発した。その口端は数秒遅れて持ち上がりかける。いや、文句なく持ち上がっていただろう、次に続く言葉がなければ。

「1年くらい前からね、詩を書いてるの。私の今の夢は物書き……というか、作詞家になる事かな」

今はノートに書き溜めてるだけだけどね、と微笑した依泉に何を思ったか表情を険しくした蓮菜が飛び掛かる。襟首をきゅっと握り、その勢いだけで言うなら今に殴りかからんとする程だ。

「違う、でしょ!依泉がなりたかったものとか……私詳しく知らないけど。でも、違う。だってあんなに」

あんなに  が好きだったのに!

「やめて!」

つんざくような声に、蓮菜の手の力が弱まる。一歩距離を置いた依泉が大きく開いた唇をいつもの調子に戻した。

「やめてよ。蓮ちゃんが何言ってるか分かんない……もうずっと、肝心なとこが聞こえないんだもん」

親が昔話してても、昔の作文を見ても、私には分からない。聞こえない。見えない。

「決まりだ」

今に泣き出しそうな依泉と、それに負けず辛そうな表情の蓮菜。重苦しい空気を押し退けたのはきっぱりとした哲勝の声だった。

「……え?」

同時にふたりから視線を向けられた哲勝は真剣さを含んだ笑顔を返す。
依泉は言った、「聞こえない」んだと。哲勝はよく知るその症状を耳敏く聞き逃さなかった。証拠はそれだけで十分だ。

「バクの仕業に、決まりだ」


ふたりは依泉に夢を忘れてしまった理由を説明して、思い当たる節を聴取する。勿論手掛かりがそう簡単に見つかるはずもなく、質問攻めも一通り終わった後の沈黙を破って、ぽつりと依泉が口にした言葉はきっとずっと考えていた事だろう。

「犯人が分かってももう私、夢を長く忘れちゃってるんだよ。ちゃんと思い出すのかなあ」
「大丈夫。夢は取り戻せるよ」

自信たっぷりの哲勝は勿論根拠あっての台詞なのだが、蓮菜が加えて何度も頷く事で依泉はようやく安堵の表情を浮かべた。

「そういえば一個疑問だったんだけどさ、バクの仕業なら何でこんな長い間文科省は動かないの?アキが知らなかったのっておかしくない?」

私の時は気付いたのがアキといる時だったからってだけで普通は文科省に連絡いくんでしょ。
どこまでも何気なく、思いつきで言ったような蓮菜の言葉に、哲勝は思いの外反応した。

「それだッ!」



「ご無沙汰してます、梦杙先生」

翌日の放課後、3人は依泉の通っていた小学校を訪ねた。出迎えてくれたのはちょうど当時お世話になった担任の先生で、依泉が一番慕っていた人物でもある。人の良さそうな顔つきをした小太りの女性で、生徒からの人気は一番だ。

「早速なんですけど、今日来たのは先生に用があるんです。先生に、私の夢を返してもらおうと思って」
「……いきなり何の話?」

世間話は早々に切り上げて、本題に触れた依泉の目は梦杙先生の挙動を探る。それは久々の生徒の訪問を喜ぶ笑顔が消えて、表情が硬くなったのをハッキリと捉えた。依泉は昨日聞いた情報を頭の中でもう一度整理して、ゆっくりと口を動かし始めた。

バクは人の「夢」を喰らう。標的を見つけるまでは人に混じって息を潜めて。そうして眠っている間に夢を奪って、また次の標的が見つかるまで人間社会に溶け込んでいる。

「先生、覚えてますか?私親の都合で転校してきたから進路アンケートカード書いてないんです」
「だから教室の後ろの掲示板に皆が貼り出してるのとは別に、先生は個人的に質問した」
「あの当時あの土地で私の夢を知ってるのは、先生だけなんです」

当時の景色を思い出し語り終えた依泉が閉口してから数秒の間。誰かの唾を飲む音が聞こえて3秒の間が過ぎ、沈黙を静かに破ったのは先生の声だった。

「そう。識っちゃったのね」

母性漂う教師の皮を捨て現れた巨大な図体は、間違いなく化け物のものだった。

2 / 3 | |

|


OOPARTS