:enigma
:灰葉スミオ


「決められた運命なんか変えてやる」
それが高校生となった今ではすっかりお決まりな、灰葉スミオの口癖だった。

「この出会いは運命だ!ケッコンしよう!」
そしてこれもまた運命から抗いたいが故なのか、彼のよく言う台詞だった。だったのだが、近頃は出会い頭に女性を口説くなんてのはなくなり、的はすっかり一点に絞られていた。そんな被害者は隣のクラスの依泉である。

依泉の事をスミオは運命の相手だと思っていた。一目惚れとはよく言うが、学校の廊下ですれ違い笑顔を見ただけの運命の出会いは気持ちの比喩じゃなく確かに全身を電気が駆け抜けたような感覚と衝撃を受けたのだ。
一直線に思った事を実行し、ストレートに気持ちを伝える。毎日毎日性懲りもなく会いに行き、その光景は最早依泉のクラスでは休憩時間の恒例行事となっていたのに、彼がある日突然にそれを止めたのには勿論訳がある。


「今まで付きまとって悪かったなっ」
「……急にどうしたの?」

もしかしたらこの子が運命の相手かもしれない。そうやって迷いなく今まで求婚という行為を繰り返してきた。
この子が運命の相手に決まってる。そう思ったのは今目の前にいる彼女が初めてだったのに。
彼には近付かないという“選択”しか残っていなかったのだ。

「今日僕の一番大切な人が死にました。僕と一緒にいたせいです」

発した声の紡ぐ言葉は絵日記に書かれた文面を読み上げただけ。けれどよく知っている、この日記から目を反らせばその的中率は絶対だ。
今までこの奇怪な予知は全て、行動によって回避してきた。けれどこんな時に限って行動を起こせばアウトだとは。
怒りなのか悔しさなのか声が震える。けれども絵日記の示した“今日”さえ何事もなしにやり過ごせれば、それが無効な事も知っている。明日になれば問題ないのだ。依泉が死ぬなんて馬鹿な話はなくなってしまう。

それが甘かった事を知ったのは、翌日の早朝だった。目が覚めたスミオの左手には、キツくシャーペンが握られていた。握りすぎて手のひらに爪の跡が残るくらいだ。
いや、そんな事は全くどうだって良い。問題は寝てる間にペンを取ったという事で、それはつまり彼が彼自身の能力によって日記に予知を書いた合図である。

「……うそだろ」

重い瞼を持ち上げたスミオはその文面を見て、一瞬見るページを間違えたのかと思った。同じだったのだ、昨日書いた酷い予言と一字一句まで変わらずに。違うのは日付が今日付けになっている事だけ。

「きょうぼくのいちばんたいせつなひとがしにました。ぼくといっしょにいたせいです」

1日だけでも習慣を強制的に止められるのは多大なストレスだったというのに、もう1日同じ事を始めからやり直せと言うのか。それに加えて彼にとってはこの日記に翻弄されるという事実が何より腹立たしいのだから、ストレスも倍増える。



「最近のスミオ君変だよね」

もう今日で何日目だろうか。日記を見れば分かる事だが、毎日繰り返される悪夢の予言を誰が二度と見たがるものか。いや、今朝はそういえば見てすらいない。
朝ペンを握ったまま目を覚ました、見るまでもなく内容は同じ事だろう。日に日に積もる終わりの見えないストレスはスミオの人格にも支障をきたした。

「私も避けられてるとは思ってたんだけど、最近はそれ以上だよね」

机に突っ伏しているスミオには、廊下での幼馴染みと意中の人の会話は聞こえはしなかった。けれども言わなくても皆が感じている変化である事はよく分かっている。
最初の日はただただ依泉といる事を避けた。けれど二度目の予知の日から、万が一の事を考えて自分の身近な人物を全て避け始めた。一番大事な人と言えば思い浮かぶのは依泉だが、あくまで名指しされた訳じゃない。
もしかしたら男友達で一番仲の良い奴の事かもしれないし、一番付き合いの長い人の事かもしれない、親の可能性だってなくはない。

そうしているとバカ騒ぎばかりしていた休み時間も自分の席から離れる事をしなくなっていったのはスミオ自身が自覚の内だ。口数も笑う事すら極端に減っていき、イライラは募るばかりだし声はもっぱら低音で発して多分睨むような視線をしている。
気付けば彼は、たったひとつの日記の文章によって孤立していた。



変化のない予知の内容。それに終止符を打ったのは危惧していた依泉だった。

「ねぇスミオ君、私君の事が好き」

呼び出されたりしても行ける訳がないが、依泉は早々に学校を出るようになったスミオを追いかけてきたのか道中声をかけ、そのまま堂々とそう言った。

これは、非常に、マズイ。
話の内容に久々に思える嬉しさが込み上げてきたと思えば、次には大変な事態である事を思い出した。
なんと言っても「いちばんたいせつなひと」だ。恋人同士なんてものになれば予知の相手は今度こそ依泉にほぼ確定する事になる。それは今よりきっともっと辛い。
いや、それ以前に今この状況が何よりマズイ。予知は裏を返せば一緒にいさえしなければ良いんだと、これまでたくさんの関わりを断ってきたのに今、もしかしたら全部が水の泡になったかもしれない。

「……すまん!」

色々な事が駆け巡る間はどれくらい時間が過ぎたかなんて知りはしない。スミオは一言断りの言葉でもあり、謝罪の言葉でもあるそれを叫んで、同時に走り出していた。一刻も早くここを離れなければ。

「だからねスミオ君、悩み事は話してよ。私にできる事なら助けるし、しげるも皆も心配してる。気持ちが落ち着いてからでも、メールとかでも良いからさ」

背中に投げられた声は自分には思いもつかない事で、そうかその手があったかなんて名案に振り返るのと、その先で曲がり角から飛び出してきたバイクと依泉がぶつかるのとはぴったり同時刻だった。


じわりと赤い色が浮かんで見えて、依泉のグレーの制服を血の色に染めていく。その色がやけに現実味もなく鮮やかで、必死で駆け寄って触れた手が赤く染まったのも、バイクの運転手が震える手と喉で救急車を呼ぶのも、そして力なく目を閉じた依泉の姿も、全てが現実からかけ離れていた。自分が駆け寄った事で予知はこのまま本物になるんじゃないか、なんてそんな事を思う余裕は微塵もない。

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