:Are you Alice?
:89人目のアリス
※知識漫画からのみ。話が設定に負けてます。若干ネタバレ


「こんにちは、アリス」

青と白を基調とした洋モノコーデ。フンワリスカート。ついでに金髪とかできればバンダナやカチューシャ。この国でそれらを満たすものが「アリス」を除いて他にいるだろうか。久々に人前に下ろした足はバンダナを除いて大体そんな格好で。そして目の前にいる男の子もやっぱり青と白を纏っている。

「ゲームは結構順調みたいね?」

にこと微笑してみれば、アリスと呼ばれた少年はたじろぐ。それは彼女の接し方が他の人間とはまるで違う事に驚いたのか、それともその笑顔自体に動揺したのか。

「……アンタは俺を避けないのかよ?」
「別に何も、避けたりしないけど?貴方には興味があるし」

興味がある。だからお話がしたい。
好奇心よりは基本理性の勝てる方な筈の今の私の行動は、ただそれだけの単純な理由であって。わざわざ自分からこんな危険を犯しているなんて珍しいのだ。

「ふぅん……」

意味深な相槌を打ったアリスの反応は別に気にしていない。元より意気投合できるとも警戒を解いてもらえるとも思ってないのだから。

「ねえアリス、この国は気に入った?帽子屋さんとは折り合いついてる?猫には……気に入られてる方だったね」
「そんな事より、アンタ誰だ?一体なんなんだ」

困ったな。話を丸々放られてしまった。何よりこちらに返された言葉に正しい返事ができそうにない。

「敵意はない、と言えば良いかな。それと、名乗る名前もない」

名前がない、それに反応するのはここが不思議の国だからだなんて事はきっとないんだろう。怪訝な顔をしたアリスは幸いな事にどうやらまだ私の正体には気付かないでくれるらしい。

「まあそんな事は置いておいて、少しお話しましょうよ」

縦長でパステルカラーな家々が軒を連ねる。ちょうど後ろには目に優しそうな緑色の建物があって、私は話しながらそれに背を預ける。

「不思議の国は好きになりそう?」

肯定してほしいのか否定してほしいのか、そんな事を考えてみても分からない。そもそも彼はアリスで、肯定するのが普通というか最早当然。いや、大前提。ゲームの商品にここでの生活保証と言うのだから尚の事。
まあでも否定された暁には、一緒に脱走でも謀ります?なんて。個人的にはそれを望んでるのかもしれない。

「んー……まあ、ぼちぼちじゃねぇの」

というかこの国の女はそういう質問が好きなのか?なんて、そんなけったいな質問前は一体誰に言われたのやら。自然と零れた笑みはきっと久々だった気がする。何せ笑うようなイベント自体が久々なのだ。
そんな事を思えば、今まで止まっていた時間が急に動き出したかのように、今まで開く事をしなかった口からはすらすらと色んな話が溢れた。アリスもアリスで段々と警戒なんて忘れたように表情と口調が解れてきて、私のおしゃべりはそれで更に加速する事になる。本人も止まるまで気付かないくらい瞬く間に時間と話題は過ぎていった。それはもう、初めて話した相手とは到底思えないほど。
けれどそれも、当然ながら永遠の時とはいかなかった。

「っ大変!帽子屋さんが来ちゃったみたい」
「え?オイ、」
「じゃあねアリス、これからも応援してる」

突然余裕をなくして足踏みまでして今にも走り出す準備をしだした私の行動を見たアリスが何事かと困惑する。彼にはイカレ帽子屋の登場と私の退散はどうしても結びつかないだろうけど、私の急ぎようからなんとか状況を理解する努力をしてくれたようだ。

「なあ、また会えんのか?」
「……そうだね。君がひとりになる機会があるなら、またね?」

言いたい事だけ言って去ろうとする私を引き留めようとしてくれたアリスの手は何も掴む事はなく、ただ茫然と曖昧ないつかの約束を受け入れる。今その手に捕まる事ができたら、そうでなくても私がその手を引っ張れたらどんなにか良い事だろう、だなんて私は大分末期らしい。
なんてそれも今更な話か、と自嘲しておっかない彼の用心棒が姿を現すより前に私はアリスの視界から去る事にした。


未練らしくさっさと真っ黒な靄の塊みたく消えてしまえば早いのに、なんて誰かの嘲笑う声が聞こえてきそうで嫌だ。現アリスにはそんな醜い姿は見せられないし、悟られるわけにもいかないんだから。
そう、何を隠そう私は未練だ。未練となる前は、不思議の国のアリスをしていた。彼より2つ先輩の、87人目のアリスをしていた。

「あー危なかったー危うくアリスとのお喋りに夢中になりすぎて帽子屋さんに撃たれるとこだった」
「それは大変だったねー。あれ、痛いんだよね」

いかにも未練が好みそうな暗い物陰での独り言だったが、自分が同類なだけに別にそこにいたって何ら恐怖はない。けれど未練の癖にまだアリスの時の感覚を引きずりまくっている私は、どうも未練と同じようにアリスを妬んだり暗闇を好んだりする事ができそうにない。
そんな大きな独り言だった台詞も、返されてしまえばそれは会話になる訳で。

「チェシャ猫!」
「久しぶりー」

片手を上げて陽気に笑ったその掴めない笑顔は、この国で恐らく彼の特有だろう。「世代交代以来?全然顔見せてくれないから」と続けた久々の姿に、懐かしさがこみ上げてきて少し嬉しかった。
頭に猫耳の生えた男チェシャ猫は、私が生前パートナーだった帽子屋さんよりもずっと意気投合もお世話にもなった人物だから。

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