:荒川アンダーザブリッジ
:河川敷住人
*現実荒川時事ネタ(その2)


雲一つないとは言わないけれど、そこそこ快晴が広がっている。太陽の日射しが荒川の水面を美しく光らせる。

「おはようニノ。朝だよ晴れたよ!」

カーテンを勢いつけて開ければ、レールから中々キレの良い音がした。入ってきた光の量に満足を覚えて、口元が緩むのはきっとこの日を逃せば当面なかっただろう。
晴れた遠足の日のような懐かしい気分となんとなく似ている。今日は2012年6月6日。そう、記念すべき金星の日面通過の日だ。


「台風綺麗に去ってったねー」

ニノと空を見上げながら足を進める。時期的にもちょうど発生していた台風3号の本島直撃を懸念していたニュースは散々な程に聞いていたけれど、どうやら当の台風は空気を呼んでくれたらしい。順路は見事に逸れ、予報で言っていたような天候の気配は微塵もない。
短い行き道も気持ち早歩きなのは観測場所へ早く到着したいのは勿論、そんな嬉しい誤報のおかげでもあるかもしれない。

ジャージのポケットに手を突っ込んで手ぶらなニノと違って、ガチャガチャと機材を運ぶ私にニノは手伝うでもなくただそのまま「重そうだな」と感想だけを口にした。
命の次に大切と言っても過言じゃないくらい大切で大切なカメラやらの仕事道具を人に渡す訳にはいかないので、手伝って欲しい訳でもなかった私は同じようにこれまた普通の返事をした。



そうこうしてる内に集合場所に着けば、ちらほら河川敷の住人達が集まっていて、既にグラスを手に入れた人は試しに空を覗いたりしている。予定の時刻まではもう少々時間がある。
その中心にいてなにやら箱の中身を支給している人物を見つけて、ニノが心なしか足を早めた。無意識っぽいけど、貴重品な手荷物いっぱいの私はそれ以上速度を速める気になれず、ニノが彼の元に到着して私がそこに加わるまでは多少のタイムラグがあった。それにしてもその彼ことリク君の今の姿は、ワイシャツにネクタイでなければさながら駅前のティッシュ配りのアルバイターのようだ。

「早起きだな、リク」
「ニノさん!おはようございます」
「おはようリク君、晴れたね」
「おはようございます。本当、台風はさすがにヒヤヒヤしましたよ」

挨拶もそこそこ、日食グラスの用意は?とまあおおよその返答は分かっているものの早々に聞けば、したり顔したリク君が語りはじめた。もう分かっているかと思うけど、彼が配っていたのは観測に不可欠の日食グラスである。

「勿論完璧ですよ!ニノさんとこの生前最後の金星日面通過を観る為に、市ノ宮の名に懸けてどの他社製をも凌駕する目の安全性を誇りかつ限りなく肉眼に近い色調で観れるものを用意しましたからね!」

ほとんど息継ぎなしと言っても良いような勢いに、一瞬聞いてるこちらまで息が詰まりそうな気がした。ああでも、こう格好いい事言ってるけど、本命は勿論先月あったばかりの金環日食の方だったろうに。
あろう事かニノはその日、よりにもよってそんなビッグ天体ショーの日に限って寝坊してしまったのだ。あの時はなんでニノがいないんだってリク君と星君コンビがぎゃあぎゃあ言っていてロマンチックさは大分半減した苦い思い出がある。あれさえなければ最高の時間だったろうに。勿論ニノには後から私が写真でのプチ天体ショーを開催して見せた。
そんな訳でニノにとってなら確かに今日が本番と言っても良い。何より、今日はニノの星だしね。

ただリク君にちょっとどうでも良い事を言うなら、保護メガネはせっかく皆に配付したんだから、ニノの為だけと言わず兄弟の課外授業とか言って欲しかったなあ。先生なんだし。
しかし兄弟はどうやって日食グラス使うんだろう。いや、恐らく普通に鉄仮面の上からかざすんだろうけど。ビジュアルだけでなら、あの鉄仮面で全部防げそうな気もする。
そんな無駄らしい思考回路の巡りを止めると共に、ちょうどカメラの設置も無事に終えた。

「どうだ依泉。良い写真は撮れそうか」
「シスター!」

どうやってその巨躯で誰にも気付かれずに背後をとったのか、なんて疑問は確実にこの人相手には愚問だろう。
リク君が少し大袈裟なくらいのリアクションを取ってくれたので、私は間違ってもカメラにぶつかったりしないよう慎重に振り返る。
そこには平時通り、長くて黒光りするいかにも重そうな銃器を米俵でも担ぐように肩に乗せたシスターがいた。と思ったけれどよく見たら、今日は銃器じゃなくて望遠鏡だった。そんなもの持ってたの……と思ったけど、それこそいつでも戦場のように気を張るシスターに投げる疑問じゃなかった事に気付いた。うん、やっぱりいつも通りだ。

「見くびっちゃ駄目だよシスター。今日という日の為にとっておきの超望遠レンズも、カメラ保護は勿論写真映りまでばっちり計算した日食フィルタも、がっしり三脚も全て準備は万端です!」

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