:D,Gray-man
:アレン・ウォーカー


「アレン君と任務を被せないでほしいぃ?」

深刻な面持ちで黒の教団本部の司令室……もとい室長室を訪れた少女を前にして、その部屋の主は自分に宛てられた俄かに信じ難い言葉を、口の端を歪ませながら復唱した。

「どうしたんだい依泉ちゃん。これまでは散々アレン君と一緒じゃなきゃ行かないとか、任務前に駄々こねまくっていたじゃないか」

ずけずけと吐き出された言葉達はごもっともという他ない。ぐっと言葉に詰まる思いでそれを受け止めた依泉は、これまで己が言いたい放題に言ってきていたという自覚はきちんとあった。とは言えそのワガママが通っていたかというと、元々ペアで組まれていた時以外、基本的に通る事は無かったが。
それが今度は真逆の要求をしているのだから、驚かれるのも無理はない。

「なになに?君ら喧嘩でもしたの?」
「してません」
「アレン君に変なことでもされた?」
「されてません」
「まさか……別れちゃったの?」
「別れてません!」

コムイからの不躾な問いかけに、少女の真剣な表情をどんどん苛立ちが占拠していく。遂には語気を荒げて反論したが、直後我に返ったようにその覇気は失われ、あからさまに視線を泳がせた。
具体的なことを極力言いたくないのだろう事を察したコムイだが、エクソシストの心のカウンスも役割のひとつだ。円満解決の可能性だってあるのに、理由を聞かずに二つ返事を返すほどお役所仕事をするつもりもない。ふっと小さく一息つくと、その笑顔がおちゃらけたものから打って変わり優しい表情に変わる。

「理由を聞いても良いかい?君は余程の事が無ければそんな事言わないだろう」
「…………他の人からしたらどうか分かりませんけど、私にとっては死活問題なんです」

我儘は言えども人を不用意に傷付けるような子ではない事は、団員なら誰もが知るところだ。
うん、と返事をしたコムイのその言葉とおふざけモードを脱した表情を確認すると、依泉はおずおずと重い口を開いた。

「私、足手纏いにも役立たずにもなりたくない」
「依泉ちゃん……もしかして、中国での事を気にしているのかい?」

突然抑揚を絞った声に変わったコムイ。その言葉に反応した依泉の肩が震える。膝の上に揃えた拳に力が篭るのは図星だからというよりは、あれが苦い苦い記憶だからだった。


元帥一時帰還の為の道中護衛。それは元帥未満の全員と言っても間違いないエクソシスト総出での大規模任務だった。
加速するイノセンス狩りの中、真っ先に狙われるのは適合者のいないイノセンスをも複数所持する元帥達。5人の内一番高齢だったイェーガー元帥が奇襲の為に息を引き取った事をきっかけにそれは始まった。
残り4人の元帥の内、己の師であるクラウド元帥を驚く程の早さで黒の教団まで送り届けた依泉は応援の為に別部隊、最難関であるクロス・マリアン部隊に後から追いかける形で合流する事となった。中国まで移動していた彼らは更に東の小さな島国へと渡航の準備を進めていたところだった。道中予期せぬトラブルがあったらしく、スピードが自慢のイノセンスを持つ依泉が追いつくのには訳がなかった。
中国へと降り立った彼女は、クロス部隊との合流よりも先にこれまで見たことがない程大群のアクマと対峙する事となる。
それらを薙ぎ倒しながらも、数が物を言い少しずつそれの進行方向に流されて行った先には、咎落ちとなったかつての仲間の無惨な姿があった。そして同時に、それを助けようとしたらしい恋人の姿も。

結果として咎落ちから仲間を救う事は叶わず、それに尽力したアレンも力を使い果たした上で、天敵であるノアに遭遇してしまい瀕死の危機に陥った。スーマンの暴走したイノセンスから逃れたアクマの残党を何とか一掃し、竹林の中に伏したアレンと息絶えたスーマンを依泉が見つけたのは、全てが終わってからだった。
搬送された彼と共に中国支部に残ると散々駄々を捏ね、ブックマンや電話越しのコムイにこっぴどく叱られた事はもう遠い事のようにも思える。
日本で起こった千年伯爵やノアとの壮絶な闘いから、クロス元帥にクロス部隊、そして新たな進化を遂げたイノセンスと共に復活したアレンと無事帰還して、エクソシストとして束の間の日常を送っているのが最近の近況となる。
そして確かに依泉の様子が変わったのはその後からの事だった。

「あれは君のせいじゃない。アレン君だってそう言っていただろう?」

依泉はその言葉を言われた場面を頭の中に反芻する。自分のせいであって貴女のせいじゃないとリナリーと傷を舐め合うように言い、言われた。道中適合者と発覚したクロウリーにも申し訳ないと涙された。ラビやブックマンにも同行していたのに不甲斐ないと謝られた。再会後、アレンに至っては耳に胼胝が出来てもおかしくない程に繰り返された。

「それで任務を外せなんて言ったら、余計アレン君は気にしてしまうんじゃないかな。それも内緒で僕に相談して決めようなんて」
「それも無いとは言えませんけど、でも違うんです」

恋人であり、その時までクロス部隊と合流していなかった依泉が気にしていたらみんなが気にしてしまう。けれど当時のことは上っ面ほど割り切れはしないのも事実だった。でも、だからこそそれだけでこんな発言をしているのではない。根本的に違う何かがそこにはあった。
それを口に出す事をもう一度依泉は躊躇う。しかしながら言わなければまたいずれアレンとペアを組まれる日が来てしまうやも知れない。そうなれば自分が周囲を危険に晒す可能性が出てきてしまう。それを考えれば、コムイに伝える事など何も迷う事などない。決意を固めた依泉が、深呼吸してその続く言葉を口にした。

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